第2話 三秒を巻き戻す銀の懐中時計と錆びたぜんまい(品番 No.018)
明け方五時半、廃棄物落下口の底から拾ってきた物を麻袋からぶちまけると、作業台の上に鈍い金属音が転がった。
折れた短剣の柄が三本、魔力が抜けきってガラスが白く曇った下級ポーションの空き瓶が七本、そして内側の革が汗と血に漬かって硬くこわばった脛当てが片方。
大半は分解して屑鉄と革の継ぎ当てとして売るしかないがらくただったが、その山のただ中に、ひときわ俺の目を引く物がひとつあった。
大人の掌ほどの大きさの、古びた銀の懐中時計だった。
蓋の表には20層台の攻略隊「白銀の黎明」ギルドの紋章が刻まれていたが、鋭い爪のようなもので深く抉られ、紋章の半分が飛んでいた。蓋を開けるとガラスには蜘蛛の巣のようにひびが入り、時針と分針は11時47分12秒に釘付けになったまま、微動だにしなかった。
俺は拡大鏡の眼鏡をかけ直し、黒い木綿の布を巻いた左手で時計本体を固定してから、右手のピンセットで裏蓋を開けた。
カチリ。
蓋が開くなり、時計の内側の歯車の隙間から、どす黒い灰のような粉がぱらぱらと落ちた。
普通のぜんまい時計ではなかった。中心軸に髪の毛より細い青銅の魔力線が七重に巻かれた、上層偵察班専用の「刹那回帰型アーティファクト」だった。危急の際に竜頭を三度押せば、着用者の位置と身体状態をきっかり三秒前へ戻してくれる、高価な生存装備。
「ぜんまいが切れたわけじゃないな」
俺は作業台の上で丸くなって眠っていた銀色の毛玉、ハルの背の向こうへ視線を移した。
歯車の歯の間に挟まっているのは単なる埃ではなく、誰かの固まった血の跡と……時計の持ち主が死ぬ直前、最後の三秒を何十度も繰り返し巻き戻すうちに過熱で溶けて固着した「時間の滓」だった。
いくら三秒を戻す時計でも、落下する断崖のただ中や心臓を貫かれた直後に作動させれば、死そのものを避けることはできない。ただ死にゆく最後の三秒の苦痛だけを永遠のように繰り返し、魔力線が焼き切れるだけだ。
俺は棚のいちばん下の段から、澄んだ油の入った小皿と、いちばん細い細工用の鑢を取り出した。
左の掌の黒い布の下から、またも冷ややかな寒気が針のように刺してきたが、俺は息を整えながら、歯車の歯にこびりついた炭化の跡を一粒ずつ削ぎ落とした。
単に錆を拭い取る作業ではなかった。
鑢の先が七本目の青銅の魔力線に触れた瞬間、時計の中に閉じこめられていた前の持ち主の最後の感覚が、俺の指先を伝って流れこんだ。
——雨が下へ降らず、上へ噴き上がる灰色の石柱の回廊。
——黒い大聖堂の制服の裾と、背後から飛んできた白い光の槍。
「……また14層の上のほうか」
俺は眉根を寄せ、ピンセットを握る右手に力をこめた。
焼き切れた七本目の魔力線を切り取り、その場所に、先週3層の廃鉱石の山から引き抜いた錬鉄の糸を二重結びで継ぎ足した。本来なら三秒を戻していた機能は消え、これからはただ「来たる三秒後の衝撃の方向を、時針の震えで先に知らせる」無骨な予報時計へと格下げされるはずだった。
だが生きている者には、死んだあとの三秒を戻す時計より、刃が飛んでくる三秒前に手首で先に震えてくれる時計のほうが、はるかに役に立つものだ。
カチ、カチ。
止まっていた秒針が、荒いが規則正しい音を立てて、再び回り始めた。
俺は時計の裏蓋の内側に、自分の修繕の印である小さく丸い結び目の刻印を刻み、台帳第一号の十八行目に万年筆で短く書きつけた。
[品番 No.018]
品名:11時47分で止まった銀の懐中時計(白銀の黎明・偵察班の遺品)
修繕内容:過熱した三秒回帰ぜんまいを除去後、「三秒前振動予報ぜんまい」へ改造。
備考:ぜんまいの隙間から14層逆流回廊の酸性霧の成分を検出。
万年筆のキャップを閉めていた俺の目が、ふと作業台の隅のガラス棚に置かれた四本の古い試薬瓶——[88層]、[62層]、[47層]、[14層]——へ向いた。
昨夜までは瓶の底から一ミリほど浮いていただけの[14層:沈黙の大聖堂]の赤い沈殿物が、今朝は瓶の半ばの高さまでせり上がり、ガラスの栓を軽く叩いていた。
チリン——!
まさにその時、店の表の扉の上に吊られた古い真鍮の鈴が、荒々しく鳴った。
(『塔にただ一軒の古道具屋』第2話 了)
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