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第16話 終節を隠したガラスのオルゴール (No.028)

十二日目の夜が更けゆくにつれ、第1層の路地の濡れた敷石の上に冷たい霧が深く降りてきた。俺は作業台脇の引き出しを開け、真鍮の縁に翼の盾の紋様が陽刻された六角形の牌を一度確認した。昨日の夕暮れ時、第三回収網にかかった真鍮カプセルから白銀の認識票を取り出して名前を刻み、引き換えに受け取った第20層の修繕露店許可牌がその中に収まっていた。いつか第20層へ上がって修繕露店を開けるようにしてくれるギルドの営業約定だった。


引き出しを閉めると、隅の革座布団に伏せていたハルが耳をぴんと立て、作業台下の床板に向かって低く鼻を鳴らした。視線を落とすと、床板の隙間の下、鉛金庫が埋められた場所から白い霜の糸が細く這い出していた。


五日前の朝、傘の結び目に霜を移していた白いボタンを鉛金庫の中に封印しておいたのだが、蝶番の微細な隙間を伝って冷気が再び這い出しているようだった。


俺が床板の蓋を持ち上げ、鉛金庫の中に封印した回収人の雨合羽の白いボタン、No.023の状態を確かめようとした矢先、店の扉の上の真鍮の鐘がチリンと鳴った。


扉を押して入ってきたのは、分厚い羊毛の外套の裾に乾いた雪の染みをつけた中年の男だった。寒い上層の刃のような風を長く浴びてきたのか頬と手の甲が荒くひび割れており、懐には分厚い革箱を両腕で大事そうに抱えていた。


「明かりが点いていたもので入りました。第20層から降りてきた帰りなのですが、ガラス細工も診てもらえますかな?」


「まずは品物を見せてください」


俺が床板の蓋を元の位置に閉じて作業台の前に立つと、客は慎重に革箱を花崗岩の石板の上に下ろした。箱の裏地の羊毛布をめくると、大人の掌ほどの八角形のガラスのオルゴールが一つ姿を現した。二十八番目の修繕依頼品であるガラスのオルゴール、No.028だった。


透明に削り出された水晶ガラスの壁面の向こうに、内部の真鍮シリンダーと鋼鉄の振動板、そしてぜんまい軸の底に噛み合った淡い青色の氷結魔石が一目で見通せた。客が硬くなった指でガラスのオルゴールの側面にある小さな真鍮のぜんまい摘みを指さした。


「元々は澄んだ音で一曲を最後まで演奏する品でした。ところがいつからか、歌が最後の二小節を残したところでピタリと止まってしまうようになりましてな。埃でも詰まったのかと思い、ぜんまいを無理に少し回してみたところ、音は出ずにガラスの壁面に白い霜がパッと咲き上がったのです」


客の声に苦い色が滲んだ。


「それ以来、怖くて手も触れられず抱えて降りてきました。最後の小節まで聴けるように直してもらえますかな?」


「先に内部を拝見します」


俺は真鍮の拡大鏡眼鏡をかけ直し、黒い木綿布で包んだ左手でガラスのオルゴールの下部を軽く支えた。そして素手の右手でぜんまい摘みを半回転だけゆっくりと巻いた。


真鍮シリンダーが静かに回り、鋼鉄の振動板の先端を一つずつ弾いた。ガラスの共鳴筒を伝って、澄み切った透明な旋律が作業室の中に穏やかに広がっていった。冬の山荘の暖炉の火のように落ち着いて続いていた調べは、曲が終盤に差しかかり最後の二小節を目前にした瞬間、カチンという微かな引っかかり音とともにその場で止まった。


シリンダーが止まった場所からガラスの底面の内側へ、糸のような白い霜が五分ほど広がって止まった。俺は拡大鏡眼鏡の向こうで静止した真鍮シリンダーの表面を綿密に覗き込んだ。


最後の二小節の最初の音を弾くはずの微細な真鍮ピン二本が、横方向へ斜めに曲がっていた。歳月が流れて自然に摩耗したり折れたりした形ではなかった。誰かが小さなやっとこのような工具でピン二本の先端を掴み、わざと横へ折り曲げた痕跡だった。


視線をその下のぜんまい軸の底へ移すと、理由が分かった。最後の歯車が一周を完全に回って停止掛け金を打つ位置に嵌め込まれている青い氷結魔石のど真ん中に、髪の毛よりも細い亀裂が深く入っていた。もし曲がったピン二本をまっすぐに戻してシリンダーが最後の二小節まで回り切れば、停止掛け金がひび割れた氷結魔石を正面から打撃し、その場で魔石が爆発する構造だった。


「ピンが二本曲がっていますね。自然に壊れたのではありません」


俺が言うと、客は目を見開いて作業台の前へと詰め寄った。


「誰かがわざと曲げたと言うのですか? このオルゴールは第20層の山荘であの人と二人きりで暮らしていた時に使っていた品なのに……」


俺は答える代わりに、黒い木綿布を巻いた左手の指先をガラスのオルゴールの開いた側面の音孔の向こう、曲がった真鍮ピン二本が触れ合う場所にそっと乗せた。


木綿布の下の火傷の傷跡と首席調律師の烙印が重く疼いた。指先を伝って、ガラスと真鍮に染み込んでいた冷たい風の音が視界の中へと押し寄せてきた。


窓の外に吹雪が吹き荒れる第20層の山荘の古い木の卓が見えた。凍傷で赤く腫れ上がった誰かの手が、開いたガラスのオルゴールの上で小さな鉄のやっとこを握り、細かく震えていた。その視線は、ぜんまいの端に噛み合った青い氷結魔石の深いひびに留まっていた。この歌が最後まで演奏されて最後の歯車が回った瞬間、氷結魔石が砕け散ってしまうことに気づいた手だった。その手がやっとこの先で最後の二小節の前の真鍮ピン二本を掴み、力を込めて横へと曲げた。やっとこの先が滑り、シリンダーの表面に短い引っ掻き傷を一つ残した瞬間、視界が閉じた。


三秒足らずの短い記憶が散った。俺は左手をオルゴールから離し、拡大鏡眼鏡越しに客を見つめた。


「第20層の吹雪く山荘の卓の上でした。寒さで手が赤く凍えた方が、小さな鉄のやっとこでこの最後の二小節の前のピン二本を直接曲げておられましたよ」


客の呼吸が荒く揺れた。彼は両手で石板の角を掴んで尋ねた。


「なぜ……なぜ何ともないピンを曲げたのです?」


「ぜんまいの端の停止歯車の下に嵌め込まれた氷結魔石に、深いひびが入っています。歌が最後の小節まで終わって歯車が閉じた瞬間、魔石が弾けて周囲をすべて凍らせてしまったことでしょう。それを知って、歌が永遠に終わらないよう最後の二小節の手前でシリンダーを止められたのです」


客はしばらく言葉を継げぬまま、ガラスの壁面の内側にある小さな氷結魔石と曲がったピン二本を見下ろした。荒くひび割れた彼の手の甲の上に、大粒の水滴が一つ落ちて滲んだ。


「あの人が山荘を去る前の晩に、オルゴールをずっと弄っていたのはそのためだったのか。私はそんなことも知らず……歌が途切れるからと無理にぜんまいを回そうとしたとは」


客は濡れた目元を袖で拭い、顔を上げた。


「ならば店主殿、この品はどうすればよいでしょう?」


俺は右手で真鍮の指針を持ち、オルゴール内部のガラスの共鳴筒と巻き戻しバネを指さした。


「曲がったピン二本をまっすぐに伸ばせば歌は終わりますが、魔石が弾けます。反対に氷結魔石を取り外せば、魔石の冷気で支えられていたガラスの音板全体が砕け落ちてしまいます。ですからピン二本は曲がったままにしておき、シリンダーがそのピンに触れた時に無理に止まらず滑らかに最初へと巻き戻るよう、バネとガラスの共鳴筒だけを調律しなければなりません」


俺は客の目をまっすぐに見つめ、修繕の代価を告げた。


「直さない修繕です。ガラスの壁面に霜が咲くことはなくなり、そこまでの調べは以前のように澄んで響きますが、お客様はこの歌の最後の二小節を永遠に聴けなくなります。それでもお預けになりますか?」


客はガラスのオルゴールをじっと見下ろしていたが、やがてゆっくりと頷いた。


「終わって砕ける歌よりは、終節を隠したまま息をし続ける方があの人の意に適うだろう。そうしてください」


俺はガラスのオルゴールを鹿革を当てた真鍮の固定台にしっかりと噛ませた。左手では固定台の台座を押さえ、右手で薄い調律鑿と艶出し刷毛を手に取った。


曲がった真鍮ピン二本には少しも刃を当てなかった。その代わり、シリンダーが曲がったピンの斜面に触れた瞬間、ぜんまいの残余張力が氷結魔石の方へかからずに巻き戻し歯車へと滑らかに抜けていくよう、右手の指先の感覚だけで引っかかり顎の角度を削り整えた。無理にぜんまいを回した時に霜がついたガラスの共鳴筒内側の微細な結露の通り道も、乾いた絹糸で綺麗に拭き取った。


俺が最後の調律を終え、ガラスの共鳴筒の音高を整えていた時だった。店の壁面の柱時計が十二日目の夜の真夜中を指して低く鳴った。


それと同時に、上の棚から重苦しいガラスの摩擦音が響いた。


ハルがぱっと顔を上げた。棚の上に置かれた第14層の試薬瓶が木の板を引っ掻きながら激しく震えていた。試薬瓶の中の深紅の霧が飢えた獣のように鋭く膨れ上がり、毎分六十六回、66の速い拍動でガラス壁を叩いた。


俺は工具を置いて棚の上を見上げた。激しく立ち昇っていた深紅の霧の上に、突然冷ややかな銀色の霜の気配が一筋掠めるように宿った。すると暴れていた霧が冷たく鎮まり、拍動が一気に六十二回、62の低く重い鼓動へと落ちた。


だが、そこで終わりではなかった。鎮まってから数呼吸も経たないうちに、試薬瓶の内側のガラス壁の上に澄んだ赤い膜が薄く一重広がっていった。その赤い膜が霧を包み込むと、棚を叩いていた試薬瓶の振動音が嘘のように毎分七十二回、72の規則正しい脈拍の音へと変わった。


俺は拡大鏡眼鏡越しに均一な拍動を続ける第14層の試薬瓶をじっと見つめ、低く呟いた。


「人の心臓の音だが、借りてきたように均一だな」


見慣れぬほど均一な響きが試薬瓶のガラス壁に沿って穏やかに続いた。俺は振動が収まるのを確かめてから、再び作業台へと視線を戻した。


オルゴールの底板の角に、最後の輪の端を内側へ小さく巻き込んだ丸い結び目の標識を刻み入れ、固定台から品物を外した。俺がぜんまいを巻いて石板の上に下ろすと、澄んで温かいガラスの鐘の音が店の中を満たした。


旋律は淀みなく流れていき、最後の二小節を残したところで少しの衝撃もなくスッと止まり、ガラスの壁面には霜ひとつ浮かばなかった。そして一拍息を整えたシリンダーが滑らかに巻き戻り、再び最初の小節の音を弾き出した。


客が両手でガラスのオルゴールを包み込んだ。彼の荒れた掌の上で、終わらない歌が澄み渡って続いた。客は懐から銀貨の袋を取り出して石板の上に置き、オルゴールを羊毛革の箱に大切に収めて胸に抱いた。


扉の取っ手を握った第20層の客が、懐のオルゴールの音に耳を傾けながら静かに言った。


「いつか上でまた聴くことになるだろう」


客が夜霧の中へ去った後、俺は静まり返った作業室の真ん中に立ち、床板の下の鉛金庫の蓋を再び開けた。金庫の蝶番の隙間から、No.023の白いボタンの霜が白く芽吹いていた。


俺は今しがた手入れしたオルゴールの曲がったピン二本を思い浮かべた。噛み合わせが最後の顎まで完全に閉まり切らないよう、端をねじって止め置くやり方だった。


俺は引き出しから硬い白銀合金のピンを二本取り出し、右手のやっとこで先端を斜めに曲げた。そして鉛金庫の蝶番の噛み合わせ歯車が最後まで閉まる直前の最後の二つの溝の位置に、その曲がったピン二本を深く打ち込んだ。


カチッという短い金属音とともに、蝶番の最後の歯車が曲がったピンに引っかかって止まった。ぜんまいが最後まで巻かれて破滅に達する直前、最後の二小節を残して息を整えるオルゴールの理そのままに、蝶番が完全に噛み合わないようねじっておくと、金庫の隙間を伝って這い出していた白いボタン、No.023の白い霜がその場で嘘のように止まった。


俺は床板の蓋を閉じて作業台へ戻り、修繕台帳第一号を開いた。二十八行目にNo.028ガラスのオルゴールの修繕内訳と銀貨の受領を短く記録した後、帳簿を閉じた。


(『塔の中の唯一の中古商店』第16話 終わり)

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※第一部・第二部(第1話〜第44話)完全収録オムニバス&機密設定資料集:

・BOOTH(公式書庫): https://spire-archive.booth.pm/items/9073638

・note: https://note.com/seodoyeon_spire/n/n17ce12ece663

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