↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/29

第12話 嘘を呑むほど重くなる銀貨袋(No.024)

昼下がりの広場の方から、呼子笛の音と軍靴の足音が入り乱れて聞こえてきた。上層の昇降場へ通じる北の封鎖線の近くで、朝からギルドの検問隊と警備兵たちが荷車をひっくり返して騒ぎを起こしていたところだった。俺は作業台の上の真鍮ランプの芯を少し下げ、棚の上に並んだ試薬瓶を一度見上げた。14層の試薬瓶は88層、62層、47層の瓶の隣で静かな朱色の鼓動を続けており、研磨パッドの上に伏せたハルは耳だけを扉の方へ立てたまま尻尾を丸めていた。


路地の入り口で何か重厚な鉄の塊が石畳の床を引っ掻きながら引きずられてくる音がしたかと思うと、店の扉が荒々しく開かれた。


鈴の音が止みきらぬうちに、ペク・ユラが男の外套の襟首を掴んで敷居の内側へと押し込んだ。床に膝から転がり落ちた男は息を喘がせながら扉の方へ手を伸ばそうとしたが、ペク・ユラが扉を足で蹴って閉め、かんぬきを下ろす音に肩をすくめた。


「店主、急ぎの仕事です。扉は少し閉めておきますね」


ペク・ユラの銀白色の制服の袖口には検問所の土埃がついており、腰の剣鞘は半分ロックされたままだった。床に突っ伏した男は三十代半ばほどに見える闇取引の連絡役だった。汗と雨水に濡れた彼の灰色の外套の右側の帯革が重さに耐えかねて半分裂けており、その先に拳ほどの大きさの灰色の鹿革袋が一つぶら下がっていた。


奇妙なのは、その小さな銀貨袋が床の樫の板を押さえつけている様子だった。革袋一つがまるで鍛冶場の金床か鉛の塊ででもあるかのように、男の腰を床の方へと引きずり下ろしていたのだ。男が身を起こそうともがくたびに帯革が悲鳴を上げて伸び、袋の下側の縫い目からは黒い煤のような灰が糸くずのように漏れ出て床板を汚した。


研磨パッドの上にいたハルが背中の毛を逆立てて低く唸った。あいつが作業台の隅へと後ずさるのを見て、俺は鼻先に滲む酸っぱく生臭い匂いに気づいた。


「まずは帯革を外して、あの石板の上に上げよう。床板に染み込むと拭き取るのが厄介な灰だ」


俺の言葉にペク・ユラが男の帯革の留め金を一気に外し、両手で袋の紐を掴んで作業台の隅の花崗岩の石板の上に載せた。


ズシン。


小さな革袋が置かれただけなのに、作業台の脚が重苦しく響いた。俺は真鍮の虫眼鏡を取り出してかけ、石板の前へ椅子を引き寄せて座った。虫眼鏡のレンズ越しに袋の状態がくっきりと入ってきた。


商団とギルドの間で裏取引の資金を運ぶ際によく使われる、旧式の契約袋だった。金を受け取った者が契約条件や取引内容について嘘を口にするたび、袋の内側に刻まれた重量回路がその嘘を呑み込んで銀貨の重さを何倍にも膨らませる品物だ。だが今は、単に重くなったことだけが問題ではなかった。袋の下部の銀糸の縫い目が毒気を帯びた黒い煤に蝕まれて半分裂けており、その隙間から屍毒の混じった黒い灰が少しずつ漏れ出ていたのだ。


「封鎖線の検問所で尻尾を掴まれたんですが、路地の角を二つも曲がらないうちに自分の重さに潰れてへたり込みましてね」


ペク・ユラが手袋をはめた手で汗を拭いながら男を見下ろした。


「ギルドの審問室まで引っ張っていかなければならないのに、来る途中で見たら袋の縫い目が腐って毒灰が漏れていたんです。このまま引きずっていったら、審問室に着く前に袋が破裂して証拠も証人も全部毒煙に飛んでしまいそうだったので、こちらへ先に連れてきました」


床に膝をついていた連絡役がガバッと頭を上げると、作業台の角に両手をついてすがりついた。


「修繕師の旦那! ご覧の通り革がすっかり腐っちまってます! 内側の回路の糸をいっそ断ち切って、新しい革で丸ごと継ぎ当ててくださいよ。袋さえ軽くしてくれりゃ、北の水路の底に埋めてある金貨袋を丸ごと渡しますぜ! 俺はただ使い走りをしただけだ。毒が入った箱なんざ指先一つ触れちゃいないんだから!」


男が最後の言葉を吐き出した瞬間、石板の上の銀貨袋がビクッと収縮し、金属音に近い鈍い摩擦音を立てて石板の床をさらに一寸ほど押し潰した。花崗岩の石板の表面に細いひびが入るほど重い荷重がかかり、腐り落ちた縫い目の隙間から黒い屍毒の灰がもう一掴みはみ出してきた。


俺は虫眼鏡の向こうから男の充血した瞳を一度見つめ、視線を再び袋へと落とした。


「口を閉ざしていた方がいいでしょう。今の一言で袋の重さが十斤は増えましたからね。俺が針を当てる前にもう一度でも出任せを足せば、底が抜けてこの部屋の中の三人全員でその灰を吸い込むことになりますよ」


男がヒッと息を呑み、両手で自分の口を押さえた。ペク・ユラが男の肩を押さえつけて壁際の腰掛けに座らせた。


「記憶と重さには触れないでください、店主。ギルドで取引内容を追及する時に使う証拠品です。毒灰が漏れ出ないように、裂けた縫い目だけ持たせてくれれば結構です」


「注文通りにするさ。そもそも他人が呑み込んだ嘘まで代わりに消化してやるつもりはないからな」


俺は道具箱から長い真鍮のピンセットと錐、そして白金メッキが施された革針を取り出し、石板の横に並べた。縫い目を繕うには、まず縫い目の間に絡みついて繊維を溶かしている屍毒の結晶と煤を掻き出さなければならなかった。そしてどの糸が重量回路と繋がっているかを確認するには、壊れた箇所に残った痕跡を先に覗き見る必要があった。


俺は黒い木綿布で巻いた左手を持ち上げ、銀貨袋の裂けた縫い目の上に指先をそっと乗せた。


木綿布の下の火傷の傷痕と烙印が冷ややかに脈打ち、短い一つの場面がよぎった。逆さに噴き上がる雨水が石のアーチを濡らす十五層進入路の標識の下、内側の壁を引っ掻く幼虫の音が漏れ出る木箱がいくつも置かれていた。その前に立つ紫の帯の肥大した聖職者が百合の紋様が押された通行許可証を差し出し、屍毒の煤がついた銀貨を一掴み、袋の口の中へと放り込んだ。


処刑人は作戦中の汚染死として処理すればそれまでだ。


銀貨が底にぶつかって黒い灰が跳ね上がり、短い場面はそこで途切れた。俺は布を巻いた左手を袋の上からゆっくりと引いた。


木綿布の下で烙印が鈍く疼き、こめかみの奥へと微かな疲労感が広がった。俺は長く息を吐いてその疼きを鎮めた。紫の帯を巻いた聖職者と百合の印章の許可証、十五層進入路の幼虫箱、そして上層の処刑人。欠片はそれぞれの場所で噛み合っていたが、俺は顔に出さず素手の右手で真鍮のピンセットを摘まみ上げた。


「さて、縫う前に縫い目に挟まった灰から取り除きます。匂いが上がりますから、お二人は扉の方へ一歩下がっていてください」


ペク・ユラが連絡役の腕を引っ張って戸口の方へ下がった。俺は作業台の横に小さなガラス皿を置き、木綿布を巻いた左手で袋の胴体を固定したまま、右手のピンセットの先で裂けた縫い目の間から黒い屍毒の灰の結晶を一つずつ摘まんで移した。


一つ、二つ、三つ。小さな結晶をガラス皿に移している間は何の音もしなかった。問題は一番内側の結び目、重量回路と接する革の内皮に深く突き刺さった最後の太い結晶だった。


ピンセットだけでは角度が出ないため、俺は木綿布を巻いた左手の親指と人差し指で革の縫い目の両端を押して広げ、素手の右手でピンセットの先を奥深くへと押し込んだ。


バチッ――!


結晶が銀糸から離れた瞬間、その中に凝縮されていた屍毒の残熱が小さな火花のようにピンセットを伝って跳ね上がり、ピンセットを握っていた俺の右手の人差し指と中指の先をまともに引っ掻いた。


短い熱気が指先の皮膚を焦がす匂いがした。俺は奥歯を噛み締めて指先に力を固定したまま、ピンセットにかかった黒い結晶を最後まで引き抜いてガラス皿の上に置いた。そうしてからようやく両手を石板の上から離した。


右手の人差し指と中指の先端の皮膚が赤く膨れ上がり、白い水ぶくれができていた。両手の魔力回路をすべて焼き切った後に烙印が残った左手は鈍い圧迫感を感じるだけだったが、回路のない普通の職人の手である右手は違った。針で爪の下を抉るような生々しい火気が指の関節を伝って手首まで鋭く突き刺さりながら上がってきた。


「店主、指先を火傷なさいましたよ」


ペク・ユラが俺の右手の先にできた水ぶくれを見て半歩近づいてきたが、俺は左手を上げて大丈夫だという合図をし、横に置かれた冷たい濡れタオルに右手の先を一度擦りつけて熱気だけを冷ました。


「毒気がまだ生きているからです。最後まで結び目を作ってしまわないと、また漏れますからね」


ヒリヒリする右手で白金メッキの針を持ち直した。人差し指と中指の先の水ぶくれが針の軸に触れるたびにピリピリとした痛みが指先を打ったが、針先は揺れなかった。俺は左手で革の縫い目を押さえながら新しい銀糸を通し、腐り落ちた縫い目を一針ずつ緻密に引き絞って繕った。


袋を完全に縫合してしまえば、今見た記憶も消え、重量回路の圧力も解けてしまうはずだった。俺は最後の八針目を縫った後、糸の端を完全に引っ張って閉じる代わりに、最後の輪の端を内側へ半分だけ巻き込む半結びで針を止めた。表革はしっかりと噛み合って黒い灰が一粒も漏れ出ないように塞がったが、内側の重量回路と記憶が宿る銀糸の隙間は髪の毛一本分だけ開いており、記憶と重さがそのまま残る修繕だった。


右手で鋏を取って糸の端を切り、石板の上から手を離した。


「できました。縫い目は塞ぎましたから、審問室まで行く間に灰が漏れることはないでしょう」


ペク・ユラが歩み寄って袋の紐を両手で掴み、持ち上げた。彼女の前腕の筋肉がピンと張るほど、袋は相変わらず鋳鉄の塊のように重かった。腰掛けに座っていた連絡役の顔が灰色に崩れ落ちた。


「い、いや、重さがそのまんまじゃないか! 確かに手を見てくれると言ったのに――!」


「裂けた袋を繕ってくれと言われたのであって、嘘を減らしてくれという注文は受けていません。腹の中にある言葉は、審問室へ行って吐き出すことですね」


ペク・ユラは袋を再び連絡役の帯革にしっかりと括りつけると、懐から銀貨を二枚取り出して作業台の角に置いた。


「ご苦労様でした、店主。火傷されたところには薬を塗ってくださいね」


「軟膏は引き出しにありますから、ご心配なく」


ペク・ユラが重い袋のせいでまともに足を踏み出せない連絡役の襟首を再び掴んで起こし、店の扉を出た。かんぬきが外されて扉が閉まると、男が道端に足を引きずりながら連れていかれる音が広場の向こうへと遠ざかっていった。


店の中に再び静かな油ランプの音だけが残った。ハルがようやく研磨パッドの真ん中へと歩み出て、鼻をクンクンさせてから腰を落ち着けた。


俺は人差し指と中指に水ぶくれができた右手で真鍮のピンセットを持ち上げ、ガラス皿の上に掬い上げておいた黒い屍毒の灰の結晶を目の前へと持ってきた。虫眼鏡のレンズの下で、結晶の鋭い断面が朱色の試薬瓶の灯りを受けて黒赤く反射した。この前、上層から降りてきた写しと刃についていたあの毒気と同じ質だった。


「上層の処刑人を噛んだ毒が、この袋を通っていったか」


低く独り言をこぼした後、俺はピンセットを置き、ガラス皿の上に蓋を被せて密封した。それから火傷で疼く右手で万年筆を握った。軸が人差し指と中指の水ぶくれに触れてひりついたが、筆跡は普段と変わらず端正に進んでいった。


修繕台帳第一号の二十四行目を埋めていった。


[品物番号 No.024]


・品名:嘘を呑むほど重くなる銀貨袋


・処置:屍毒の灰の結晶を除去後、半結びで縫い目を補強。内部の記憶および重量は維持。


・収入:銀貨二枚。


・備考:十五層進入路の幼虫箱取引の痕跡を確認。ギルドの証人証拠品として引き渡し。


修繕台帳を閉じた後、俺は引き出しの奥から薄いツケの帳簿を別に取り出して開いた。屍毒の灰の結晶を摘まみ上げたせいで水ぶくれができた右手の人差し指と中指が万年筆の軸に触れるたびに疼き、木綿布の下の左手のひらの古い烙印も微かな熱気を含んでいた。俺は14層宛てにつけておいた項目の下に万年筆の先を当て、今日右手の先に負った火傷代と毒気確認の工賃を合わせて、ツケの利子を一行静かに書き加えた。


(『塔にただ一軒の古道具屋』第12話 了)

お読みいただきありがとうございます。ブックマーク・評価(★)で応援いただけると執筆の大きな励みになります!

※第一部・第二部(第1話〜第44話)完全収録オムニバス&機密設定資料集:

・BOOTH(公式書庫): https://spire-archive.booth.pm/items/9073638

・note: https://note.com/seodoyeon_spire/n/n17ce12ece663

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。