第98話 本質
雛による発勁の実践は、一同にとっては途方もなく再現困難であり、頭を抱える結果となった。
頭を抱える一同を見て、少し考える雛。
「じゃあ、練習しやすい技を教える」
雛はサンドバッグから一メートル以上離れ、右足を前に半身となり、右腕を前へ構えた。
そこから右腕を後方へ振る。
左足で床を蹴る。
右足の着地と同時に、右拳を突き出した。
拳はサンドバッグへ突き刺さり、大きく上下へ揺らす。
「崩拳ですね」
仁が頷く。
「古武術とかの基本の突きだよな」
楸が腕を組む。
「ここまでの威力は、なかなか出せないけどね」
淳子が苦笑した。
「これを練習するのですね?」
姫奈が尋ねる。
「難しくはなさそうだけど」
美玲も雛を見る。
「まだ」
雛は首を横に振る。
再び構える。
今度は一度目より距離が近い。
その分、モーションは小さい。
しかし、威力は変わらない。
さらに近づく。
さらにモーションは小さくなる。
そして最後には。
拳をサンドバッグへ添えた状態から、一度目と同じ威力の突きを放った。
「これが寸勁」
「至近距離からの崩拳を、通常距離と同じ威力で放つ練習か」
楸が納得したように頷く。
「これなら、発勁より練習しやすいはず」
「反復練習が肝ですね」
仁が真剣な表情で言う。
「身につけて、少しでもお姉様に近づきますわ!」
姫奈もやる気十分だった。
「いや、先に見せられた物がすごすぎるだけで、これも十分難しいからね!?」
淳子が思わずツッコむ。
「同感です……」
美玲も苦笑した。
◇
雛から教えられた練習方法を、美玲以外の四人が交代で試していく。
何度も繰り返すうちに、仁だけは少しずつ形になり始めていた。
「影山は古武術使いなだけあって、飲み込みが早いな」
楸が感心する。
「師匠みたいにノーモーションは、まだまだ無理でしょうけどね」
仁は照れくさそうに頭をかいた。
「仁、ずるいですわ!」
姫奈が悔しそうに頬を膨らませる。
「原理は理解できたけど、やっぱり難しいわよ!」
淳子も額の汗を拭いながら肩を落とした。
それでも四人は、何度もサンドバッグへ向かう。
ふと。
楸が何かに気づいたように雛を見る。
「なあ、哀沢。この寸勁って、お前の見えない突きと同じ原理だったりするんじゃないのか?」
一瞬考えた雛は、すぐに首を横へ振った。
「違う」
雛はサンドバッグから二メートルほど離れて立つ。
構えは半身ではない。
正対。
一歩踏み出す瞬間だけは見えた。
しかし。
次の瞬間には、右拳はサンドバッグへ打ち込まれた状態で止まっていた。
「な、なっ、何が起きたの!?」
淳子が目を見開く。
「師匠の見えないストレートです」
仁が静かに答えた。
「やはり何度見ても、見えませんわ!」
姫奈が驚きの声を上げる。
「ワープしたみたいよね……」
美玲も呆然と呟く。
「突きに必要な関節の稼働を極限まで減らして、過程を消す」
雛は簡潔に説明した。
しばらく考え込んでいた楸が、小さく頷く。
「同じように見えても、本質は別物って事か……」
「だから、どれも原理を聞いても、できない事ばかりだからね!?」
淳子が頭を抱える。
「あー……」
一斉に同じ声を上げる一同だった。




