第96話 遣残
華薗学園三年生、季和実淳子は悩んでいた。
大陸武術研究部部長。
部長と言っても、たった一人の研究部である。
三年生が卒業し、自分が三年生になることで、部員は自分一人になってしまった。
「去年も今年も、体験入部は一人もなし……一番痛かったのは、去年の体験入部に哀沢雛が来てくれなかった事。来てくれてれば、後々部の知名度は上がってたはずなのに!」
深いため息を吐く淳子。
「毎年の散打発表会で好成績を収めてるとはいえ、部の活動は座学が中心……新入生の興味は惹きにくいわよね」
「でも、このままじゃ私の代で部が終わってしまう。それだけは阻止しないと!」
教室の片隅で思い悩んでいた淳子に、クラスメイトが声をかける。
「何悩んでるのよ淳子!」
「部の事でね……」
「あー、新入部員入らなかったもんねー」
「それでね、二年の哀沢雛さんをスカウトしてみようかと思ってるんだけど……」
ギョッとするクラスメイト。
「本気で言ってる!?」
「色んな噂は聞いてるけど、全部本当だとしたら、あの子ほど適任はいないのよ」
「ま、まあ、健闘を祈るわ」
「まずは会ってみないとよね!」
淳子は勢いよく立ち上がった。
◇
昼休みの二年A組。
「ここね……」
淳子は教室の扉を開けた。
「哀沢雛さん居る?」
近くにいた女子生徒が答える。
「哀沢さんなら屋上だと思いますよ?」
「屋上ね。ありがとう!」
礼を言うと、淳子は屋上へ向かった。
◇
屋上では、いつもの五人が弁当を広げていた。
「哀沢、なんで高校生の弁当にエスカルゴが入ってんだ!?」
楸が目を丸くする。
「そんな今更なこと言います?」
美玲が苦笑する。
「一つ食べる?」
雛が尋ねる。
「いいのか?」
「卵焼きと交換」
「OK!」
楸は卵焼きを差し出し、雛からエスカルゴを受け取る。
「私もお姉様とおかず交換したいですわ……」
姫奈が残念そうに呟く。
「それは全部食っちまう前に言うんだな」
仁が笑う。
そんな談笑の最中。
階段を駆け上がってくる足音が聞こえた。
淳子だった。
雛を見つける。
「哀沢雛さんね?」
「そうです」
「私は季和実淳子。大陸武術研究部の部長をしているの」
「あっ!」
美玲が思い出したように声を上げる。
「去年、雛が体験入部に行かなかった部よね?」
「散打の体験がなかったから、行かなかった」
「やっぱりかー……」
淳子は額を押さえた。
「あんまり活動してるのを聞かないけどな」
楸が言う。
「楸君! うちは毎年散打発表会で好成績を収めてるのよ!」
「たまに部室の前を通るが、練習してる声を聞かないぞ?」
「そうなんだ」
雛が呟く。
「うちは座学がメインで、実践稽古は週一なのよ」
「それで、その部長さんが来たということは、雛の勧誘ですか?」
美玲が尋ねる。
「あなた察しがいいわね。そう、哀沢雛さん、貴女に大陸武術研究部、次期部長をお願いしたいの!」
「いいよ」
「すぐにとは言わない! 一度見学だけでも…………え? いいの!?」
淳子は目を丸くする。
「また、このパターン……」
美玲が苦笑する。
「師匠、決断早すぎです」
仁も苦笑した。
「お姉様が部長になられるのなら、私も部員になりますわ!」
姫奈が笑顔で言う。
「俺も入ってもいいぜ」
楸が続く。
「もちろん俺もです」
仁も頷く。
「座学中心なら、興味あるかも」
美玲も微笑んだ。
驚きと喜びが入り交じる淳子。
「部員が一気に五人も……じゃあ、放課後に部室の方に来てね」
「うん」
階段へ歩きながら振り返る淳子。
「待ってるからねー!」
◇
放課後。
大陸武術研究部部室。
部室には教壇と机と椅子が並び、教室と同じ造りになっている。
壁に置かれた本棚には、大陸武術に関する蔵書がびっしりと並んでいた。
「これはすげぇな」
楸が思わず見入る。
「座学中心っていうのも、わかる気がします」
美玲も本棚を見渡した。
「これを読めるだけでも、入る価値はあるな」
仁が感心する。
「見識が広がりそうですわね」
姫奈も目を輝かせた。
満足げに頷く淳子。
「そうでしょうそうでしょう! うちの部自慢の蔵書よ。歴代の先輩が寄贈してくれた物よ」
雛だけは席に着かず、蔵書のタイトルを隅々まで見ている。
「この蔵書の全てを理解し、解析できた部員は、私を含めてまだ一人もいないのよ。だから、私はこの部を潰さずに残していかなきゃいけない使命があるの!」
「うん」
頷く雛。
「哀沢さん、どうした?」
淳子が不思議そうに尋ねる。
「全部知ってる」
「え……?」
「全部読んだことある」
「お姉様!?」
姫奈が驚く。
「師匠?」
仁も目を見開く。
「俺は驚かんぞ」
楸は腕を組む。
「雛ですもんね」
美玲は苦笑した。
放心状態から立ち直った淳子が口を開く。
「ぜ、全部読んだことあるとしても、内容は理解できてるの?」
「うん」
「季和実、哀沢にその質問は愚問だぞ」
楸が肩をすくめる。
「私がこれから一年かけて後輩に伝えていかなきゃって思ってた、やり残しが、一日で終わった!?」
頭を抱える淳子。
「あとは任せて」
「いや、卒業までは居るからね!?」




