第91話 標的
海外のとある都市。
高層ビルが立ち並ぶ金融街の中心部。
その中でも一際高く聳え立つ超高層ビル。
最上階の応接室には、一人の女性が腰掛けていた。
艶やかな金髪のロングヘア。
三十代半ばとは思えない風格。
いや。
その貫禄は、倍の年月を生きてきた人物のようですらあった。
シルビー・タイラー。
世界最高峰の音楽プロデューサーである。
向かい側のソファーには、ロマンスグレーの壮年男性が静かに座っていた。
「わざわざ私を呼び出した要件は? ミスター・ハワード」
シルビーが足を組み直しながら尋ねる。
ハワードと呼ばれた壮年男性は、小さく笑みを浮かべた。
「君に聞きたい事があってね」
「ハワード財団の当主が、わざわざ私に聞きたい事とは?」
ハワードはシルビーを真っ直ぐ見据える。
「君の友人の、紫亜・ウエストガーデンについてだよ」
シルビーは表情一つ変えない。
「ただの友人よ」
「私が何も知らないとでも?」
その言葉に、シルビーの肩が僅かに揺れた。
ハワードは続ける。
「君がプロデューサーとして頭角を現した背景には、紫亜・ウエストガーデンの助力があった事は調べがついているのだよ」
「そこまで分かっているのなら、紫亜の事も調べたのでしょう?」
ハワードは苦々しい表情で首を横へ振った。
「もちろん調べたさ。我が財団の情報網の全てを使ってね」
それを聞いたシルビーは、小さく微笑んだ。
「なら、私に聞いても無駄なことは分かるでしょう?」
ハワードは静かに息を吐く。
「紫亜・ウエストガーデン。五年前に突然現れ、たった五年でウエストガーデングループを世界有数のコンツェルンへ成長させた人物」
ハワードは僅かに間を置いた。
「だが、五年前以前の記録が全く存在しない。出生も、生い立ちも、何一つ分からない。一体何者なのだ?」
シルビーは肩を竦める。
「何をそんなに脅威に思ってるのかしら? まさか、ウエストガーデングループに敵対する行為をしたとか……?」
ハワードの額を冷や汗が伝う。
「M&Aを仕掛けようとした……」
悔しそうに拳を握る。
「だが、実際に仕掛ける前に我が財団の四割の企業が吸収された!」
その告白を聞いたシルビーは、堪え切れず笑い出した。
「M&Aを仕掛けようと思う前に調べなかったの?」
笑みを浮かべたまま続ける。
「ウエストガーデングループに敵対しようとした企業は全て、思った時点で吸収される結果になっているという事を」
ハワードは視線を落とした。
「デマだと思っていたのさ……」
シルビーは立ち上がる。
「残念ながら、貴方と顔を合わせるのも、これが最初で最後になりそうね」
「いや、まだ手はある!」
ハワードが慌てて呼び止める。
「シルビー、君は昨年、紫亜・ウエストガーデンの居る国へ行っていたね?」
「ええ、それが?」
「そこで紫亜・ウエストガーデンと接触した事も調べがついている」
ハワードの目が鋭くなる。
「君が、ある少女をスカウトさせないように圧力をかけた事もね」
「だから?」
「その少女――ヒナ・アイザワこそが、紫亜・ウエストガーデンのアキレス腱ではないのかね?」
シルビーは呆れたようにため息を吐いた。
「一言忠告しておくわ」
「何?」
「ヒナ・アイザワに手出ししようと考えているなら、ハワード財団は物理的にこの世から消えるかもね……」
「どういう意味だ?」
シルビーは小さく笑う。
「さあね」
それだけ言い残し、応接室を後にした。
静まり返った部屋。
ハワードは去っていく背中を見送りながら、机の上の電話を取る。
「ヒースか? 私だ」
電話の向こうから返事が聞こえる。
「ああ、計画を実行しろ。使える力は全て使って構わん」
窓の外へ目を向けた。
「極東の島国へ飛べ」
通話を切る。
ハワードは拳を強く握り締めた。
「見ていろ、紫亜・ウエストガーデン。このままでは済まさんぞ!」
◇
数日後。
華園学園。
全校生徒が体育館へ集められ、朝礼が始まっていた。
壇上へ立った校長が咳払いを一つする。
「本日から当校に赴任した、新しい先生を紹介します。先生、どうぞ」
紹介を受け、一人の男性が壇上へ上がる。
金髪。
碧眼。
長身。
まるで海外のモデルのような端正な容姿だった。
体育館がどよめく。
「皆さん、はじめまして!」
爽やかな笑顔を浮かべる。
「今日から華園学園の英語教師となります、ヒース・ハワードです」
片言ではない言葉遣いに、生徒達から驚きの声が上がる。
「二年生の英語を担当します」
ウインクを一つ。
「二年生のみんな、よろしくね!」
女子生徒達から黄色い歓声が上がった。
その様子を見ながら、美玲が苦笑する。
「女子人気高そうな先生が来たわね」
雛は壇上のヒースを静かに見つめたまま、小さく呟く。
「……陰謀の匂い」
美玲は思わず吹き出した。
「なんでそういう発想になるかな!?」




