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HINA-死神の系譜-  作者: 竜堂さくら


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第88話 勧誘


 翌日の学園の昼休み。


 いつものように屋上で弁当を広げる雛と美玲に加えて、姫奈と仁もいた。


 昨日の話を思い出したように、姫奈が雛へ視線を向ける。


「昨日のお話しで気になったのですけど、お姉様、バンドをやってるんですの?」


「あ、俺も気になりました。フェスに出たんですか?」


 仁も興味深そうに尋ねる。


「助っ人」


 雛が短く答えると、美玲が笑顔で補足した。


「フェスに出演が決まってた軽音部のギター担当の人が怪我しちゃって、雛が助っ人でギターやったのよ」


「うん」


「お姉様はギターですのね。私も一通りはできますわよ」


「雛はボーカル以外は全部できるよね!」


「師匠、歌ダメなんですか!?」


「お姉様にもできない事があるんですのね……」


「紫亜さんから止められてる」


 姫奈と仁は顔を見合わせた。


「あのね、雛は歌もすごく上手いの! でも、本気で歌うと倒れる人が出るから、歌えないのよ」


「え?」


「声量も常識の外側って事ですか……」


「歌声綺麗なのになー」


「是非とも聴かせていただきたいですわ!」


 その時。


 屋上へ続く階段から、誰かが勢いよく駆け上がってくる足音が響いた。


「誰か来た?」


 美玲が振り返る。


 次の瞬間、屋上へ飛び出してきたのは、軽音部の松本だった。


「やっぱり居たー!」


「どなたですの?」


「軽音部の二年の松本さんだよ。ベースやってる人」


「紹介ありがとう! 神崎さん」


「久しぶり」


「雛! 今年も同じクラスだってば!」


「ごめんねー! 影薄くて」


「雛が覚えなさすぎるのよ。松本さん、新入部員は何人来た?」


 美玲が話を戻す。


「五人来たんだけどさ……みんな哀沢さん目当てなのよー!」


「さすがお姉様ですわ」


「師匠は部員じゃないんですよね?」


「うん」


「もしかして、フェスの影響?」


「それな!」


「あちゃー……」


 美玲が苦笑する。


「新入部員みんな、『あの超絶ギターの先輩はいないんですか?』って」


「お姉様のギター……聴きたい!」


「姫奈、よだれ出そうだぞ」


 仁が苦笑した。


「三年の二人が卒業して、ボーカルとドラムがいないから、なんとかドラムは確保したいのよ!」


「それで雛に何かお願いに来たって訳?」


 松本は両手を合わせ、雛へ身を乗り出した。


「哀沢さん、ドラムだけでいいから、新入部員の前で見せてやってくれない? ギターが目当てだけど、哀沢さんのドラム見たら、ドラムにも興味持つはずだから!」


「いいよ」


「そこをなんとか……え? いいの!?」


 思わず動きを止める松本。


「見せるだけなら」


「ありがとう! じゃあ、放課後に軽音部の部室でねー!」


 大きく手を振りながら、松本は来た時と同じ勢いで走り去っていった。


 その背中を見送り、仁がぽつりと呟く。


「嵐のような人でしたね」


「お姉様、私たちも放課後に部室行ってもよろしいかしら?」


「いいよ」


「私も行くし、いいんじゃないかな」



 そして放課後。


 軽音部の部室には、部長になった三年の本郷、同じく三年のキーボード担当の小谷、二年のベース担当の松本、新入部員五名、雛、美玲、姫奈、仁が集まっていた。


「哀沢さん久しぶり!」


「フェス以来だねー!」


 本郷と小谷が笑顔で迎える。


 その姿を見た新入部員達が一斉にざわついた。


「あのギターの人だ」


「やっと会えた!」


「はいはい! 騒がないのー」


 松本が手を叩きながら場を落ち着かせる。


「新入部員はみんなギター希望だっけ?」


 本郷が尋ねる。


「ドラム経験者はいないー?」


 小谷の問いかけに、新入部員の一人、金井が静かに手を挙げた。


「一応ドラム経験者ですけど、去年のフェスで先輩のギターを観てから、ドラムが手につかなくなってます……」


「正直だね」


「じゃあさー、すごいドラム見たら、またドラムやりたくなるかも?」


 松本が期待に満ちた表情で雛を見る。


「哀沢先生、お願いします!」


「わかった」


 雛がドラムセットへ向かおうとすると、姫奈が一歩前へ出た。


「お姉様の手を煩わす事はありませんわ。ここは私にお任せくださいませ」


「姫奈ちゃん?」


「姫奈はドラムも上手いですよ」


「いいよ」


 雛は足を止め、姫奈へ譲る。


 ドラムセットへ腰掛けた姫奈は、静かにスティックを構えた。


「では……」


 軽快なリズムが部室いっぱいに響き渡る。


「やるじゃん」


「即戦力級ね!」


「言うだけあるねー」


 演奏を終えた姫奈が立ち上がる。


「いかがでしょうか?」


「じゃあ、私も……」


 金井が席を譲り受け、ドラムセットへ座る。


 迷いのないスティックさばき。


 安定したリズムが部室に響く。


「いいね」


「うんうん、こっちも即戦力級!」


「ドラムならレギュラーだ!」


 演奏を終えた金井が席を立つ。


「褒めていただいて嬉しいんですけど、やっぱり先輩のギターが忘れられないです……」


 松本が勢いよく手を叩く。


「では、満を持して哀沢先生お願いします!」


「わかった」


 雛は静かにドラムセットへ腰を下ろした。


 スティックを握る。


 そして。


 一打目が鳴り響いた。


 その瞬間、部室の空気が一変する。


「おお……やっぱりすごい」


「ワールド級だよねー!」


「さすが完璧超人!」


 新入部員達は息を呑み、姫奈と仁も演奏へ見入っていた。


 そんな中、美玲だけが少し誇らしげに胸を張る。


「ね? 雛はすごいでしょ!」


「プロ以上ですわ!」


「また常識の外側が出た」


「ギターもベースもキーボードも、このレベルだよ?」


「あはは……」


「お姉様、すごすぎですわ!」


 演奏が終わる。


 雛は息一つ乱れていない。


 静まり返った部室で、最初に声を上げたのは金井だった。


「あ……ああ、すごい! こんなドラム演奏、初めて見ました!」


 本郷が笑顔で尋ねる。


「ドラムの意欲湧いたか?」


「やります! やらせてください!」


 三人は顔を見合わせ、安堵の笑みを浮かべる。


 松本が再び雛へ向き直った。


「哀沢さーん、新入部員のために、ちょっとだけギター弾いてやってくれない? お願い!」


「うん」


「ほいっ」


 本郷がギターを手渡す。


「去年のギターソロやってあげて!」


「本気出せないけどいい?」


「あのギターじゃなきゃダメなのか?」


「ギター壊れちゃう」


「じゃあ、部室で弾いてくれたレベルでお願い!」


「わかった」


 雛はギターを受け取り、軽く弦を鳴らして音を確かめる。


 静かにギターソロを奏で始めた。


 本気には程遠い。


 それでも、その場にいた全員の視線は自然と雛へ集まっていく。


 演奏が終わるまで、誰一人として口を開く者はいなかった。


「これでボーカルに問題なきゃ、来年の部長確約で勧誘するのに、惜しいな!」


「また気絶者出す訳にいかないでしょー!」


 軽音部の三人と美玲は本気で笑う。


 それ以外の者たちは、引きつった笑いを浮かべるのだった。


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