第84話 城ヶ崎姫奈
入学式の翌日。
部活動紹介が始まり、城ヶ崎姫奈のテンションは朝から最高潮だった。
「総合格闘技部以外にも、格闘技系の部活多いんですのね!」
同行していた影山仁も驚いている。
「進学校にこれほど格闘技系の部活があるとは……」
「やっぱり、まずは総合格闘技部ですわね」
「そう言うと思ってた」
二人は総合格闘技部の部室へ向かった。
総合格闘技部の部室では、リングでスパーリングをする生徒や、周囲でストレッチやサンドバッグを叩く生徒達が汗を流していた。
「お邪魔しますわ!」
姫奈が元気よく声を掛ける。
「すみません。騒がしくて」
仁は軽く頭を下げた。
新三年の部長が歩いてくる。
「総合格闘技部へようこそ! 俺は部長の鎌田です」
「え? 部長は楸優作先輩ではないんですの?」
「姫奈、失礼だよ」
仁が慌てて注意する。
鎌田は苦笑した。
「ああ、楸君目当てなんだね。楸君は一年の時にプロへ転向したから、今はたまに練習を見に来てくれるくらいだよ?」
「まあ、そうなんですのね……」
「残念だったな。姫奈」
鎌田は姫奈を見ながら笑った。
「君、城ヶ崎姫奈さんだよね?」
「私をご存知ですの?」
「中学女子チャンピオンがうちの高校へ来るって、入学前から噂で持ち切りだったさ!」
「それは光栄ですわ」
「毎日楸君に会える訳じゃないけど、よかったら体験入部してみない?」
「強い方がお相手してくれますの?」
「姫奈、だから失礼だって」
その時だった。
サンドバッグを叩いていた体格の良い三年生、巽が振り返る。
「じゃあ、俺とスパーするか?」
「いや、男子じゃないですか!」
仁が思わず声を上げる。
鎌田は額を押さえた。
「巽、去年の事を忘れたのか!」
「去年の事?」
姫奈が首を傾げる。
鎌田は苦笑した。
「去年も体験入部の一年生女子の相手して、一撃で負けてるんだよね……」
「あんなガタイのいい先輩が女子に!?」
仁が驚く。
巽は鼻を鳴らした。
「哀沢雛みたいなのが、そう何人もいるわけねぇだろ!」
「哀沢雛……?」
「一年生の君達は知らなくて当然だけど、この華薗学園では知らない人はいない有名人だよ」
「それほどですの?」
「去年、入学するや格闘技系の部活のほとんどを体験入部して、相手を全て秒殺したんだ……」
「何者ですか?」
「中学での活躍は不明だけど、この華薗学園で哀沢雛は、アンタッチャブルな存在だよ」
姫奈の口元に笑みが浮かぶ。
「面白いですわ……」
「姫奈?」
「燃えてきましたのよ! 巽先輩、スパーのお相手お願いしますわ」
「構わねーが、負けても泣くなよ?」
二人はリングへ上がった。
巽は余裕綽々の態度で姫奈を見ている。
「体験だから、三分でよろしく!」
鎌田が声を掛ける。
「OK!」
「三分も必要ありませんけど」
「ちっ」
ゴングが鳴る。
巽は一気に距離を詰めた。
(中学チャンピオンと言っても所詮は女子。体格差で潰してやるぜ)
後頭部を掴んで引き寄せようと、右手を伸ばす。
その右手を掴んで、飛びつき三角絞めの体勢で後方へ倒れ込む姫奈。
「三角絞め入ってる! 巽、タップしろ!」
鎌田が叫ぶ。
「必要ありませんわ」
姫奈は冷静に答えた。
「え……?」
既に巽は失神していた。
「あちゃー……」
仁が頭を抱える。
姫奈は立ち上がり、軽く両手をはたく。
「やはり三分も必要ありませんでしたわね」
そして鎌田へ向き直る。
「鎌田部長。哀沢雛先輩には何処で会えますの?」
「運がよければ、昼休みに二年A組へ行けば会えるよ」
「ありがとうございますわ!」
二人は部室を後にした。
仁は姫奈へ尋ねる。
「哀沢先輩に会って、どうする気だ?」
「会ってみたくなっただけですわ」
「本当に?」
「この学園のアンタッチャブルだと言われたら、避けて通る訳にはいきませんもの!」
昼休みになるのを待ち、姫奈と仁は二年A組の教室前までやって来た。
教室の札を見上げる姫奈。
「ここですわね」
「俺が聞いてくるから、姫奈はここで待っててくれ」
「わかりましたわ」
仁は教室へ入り、近くに座る女子生徒へ声を掛けた。
「すみません、哀沢雛先輩はいらっしゃいますか?」
「哀沢さん? この時間なら、屋上で神崎さんとお弁当食べてるんじゃないかなー」
「ありがとうございます」
頭を下げて教室を出る。
「いませんのね?」
「屋上にいるっぽい」
「屋上に行きますわよ!」
屋上では雛と美玲が弁当を広げていた。
楸も一緒である。
楸が雛の弁当を覗き込む。
「哀沢の弁当は相変わらず美味そうだな」
「うん、美味しい」
「いつも豪華だよねー」
美玲も笑う。
楸は箸を止めた。
「なんで高校生の弁当に鰻巻きが入ってるのかは謎だけどな」
「食べる?」
「いいのか?」
雛が差し出した鰻巻きを一口食べた楸は、思わず目を見開いた。
「美味すぎんだろ!?」
雛は小さく笑う。
「ふふ」
その時、屋上へ続く階段から足音が聞こえてきた。
「誰か来るな」
楸が階段へ視線を向ける。
「珍しいですね」
美玲も扉を見る。
「城ヶ崎姫奈、参上ですわ!」
姫奈が胸を張って現れる。
「姫奈、うるさい」
仁が小声で注意した。
「おっ!」
姫奈に気づいた楸が笑う。
「誰?」
雛が首を傾げた。
「新入生の城ヶ崎姫奈。総合格闘技の中学女子チャンピオンだよ」
「そうなんですね!」
美玲が感心する。
「私を知っているとは、感心ですわね!」
仁が慌てる。
「姫奈、楸優作先輩だぞ……」
「え……楸先輩?」
「よう!」
姫奈は一瞬で姿勢を正した。
「も、申し訳ございません! まさか屋上で楸先輩に会えるとは思っていませんでしたの」
「有名ね」
雛が楸を見る。
楸は笑った。
「あれが正しい反応だぞ?」
「お、おほんっ!」
姫奈は咳払いを一つする。
「姫奈、落ち着け」
「そ、そうですわね」
そして雛へ向き直った。
「哀沢雛先輩はいらっしゃいますの?」
「雛に用みたいよ」
美玲が言う。
「なんで?」
雛が尋ねる。
姫奈は雛を真っ直ぐ指差した。
「総合格闘技部の体験入部で言われましたの。哀沢雛はこの学園のアンタッチャブルな存在だと」
楸は頭を掻く。
「それを聞いた上で会いに来るってのは、どういう了見だ?」
「どんな方なのか確かめに来ただけのつもりでしたが、楸先輩がいらっしゃるなら話は別ですの」
「おいおい」
仁が苦笑する。
「嫌な予感しかしないわ」
美玲はため息を吐いた。
姫奈は堂々と宣言した。
「哀沢先輩、楸先輩の前で、どちらが強いか勝負ですわ!」
「やっぱり……」
美玲が額を押さえる。
「ここで? いいよ……」
雛が首を傾げた。
たじろぐ姫奈。
姫奈よりも危険を感じ取る仁。
楸は苦笑すると二人の間へ割って入った。
「ここでやったら喧嘩だ。放課後にうちのジムでスパーだ。それならいいだろ?」
「わかった」
「望むところですわ」
屋上を後にした姫奈と仁。
しばらく無言で歩いていた姫奈が、ぽつりと口を開く。
「な、なんですの?」
仁は真剣な表情のまま前を向いていた。
「あの人、ヤバいぞ」
「それほど?」
「少なくとも、格闘家って感じではないな」
姫奈は静かに笑う。
「それなら、それなりの対処をするだけですわ!」
「気をつけろよ」
どこまでも胸騒ぎが収まらない仁だった。




