第82話 雛のバレンタイン
三学期も始まり、早くも二月。
一年生も残りわずかとなり、雛と美玲は進級について話していた。
「四月から新一年生が入学してくるから、私たちも先輩になるんだねー」
美玲が嬉しそうに笑う。
雛も小さく頷いた。
「楽しみ」
「その前に、今月はバレンタインがあるけどね!」
雛は少し首を傾げた。
「この星をドーナツ状に取り巻く、高エネルギーの荷電粒子が密集している領域のこと?」
美玲は目を丸くする。
「ごめん、難しくて何の事か分かんない!」
◇
帰宅した雛は、制服のままリビングへ向かった。
「ただいま」
紫亜が穏やかな笑顔で迎える。
「おかえりなさいませ」
紅茶を飲みながら向かい合う二人。
雛がカップを置いた。
「紫亜さん」
「はい」
「あのね」
学校での美玲との会話を話す。
最後まで聞いた紫亜は、小さく頷いた。
「雛様、それはバンアレン帯です」
「合ってるよね」
「美玲さんが仰ったのは、バレンタインです」
雛は少し考える。
「司祭の記念日?」
「現在は、女性が意中の人やお世話になっている人にチョコレートを渡す日というのが、一般的ですね」
「そっか」
紫亜は優しく微笑んだ。
「雛様は誰か渡したい方は、いらっしゃらないのですか?」
「うーん……」
少し悩む雛を、紫亜は微笑ましく見つめていた。
◇
バレンタインまであと二日。
教室では女子達がチョコレートの話題で盛り上がっている。
美玲が雛へ身を乗り出した。
「雛は誰かにチョコあげるの?」
「わかんない。美玲は?」
「とりあえず、お父さんは確定かなー」
少し照れ笑いを浮かべた美玲は、続けて聞いた。
「雛はお父さんにあげないの?」
雛は静かに答える。
「あげたいけど、どこに居るかわかんないから」
「連絡取れないの?」
「スマホ持ってるかもわかんない」
「そっかー……」
美玲は何かを思い付いたように顔を上げた。
「あ! 楸先輩は?」
「なんで?」
「チャンピオンになったお祝い代わりに……とか?」
雛は腕を組んで考え込む。
「うーん」
「気が進まない?」
「チャンピオンになったって言うなら、お礼もらってないし」
美玲は思わず吹き出した。
「厳しいね!?」
笑いながら続ける。
「明日だと売り場もすごい人だと思うから、今日の帰りに買いに行くつもりだけど、雛も行く?」
「一応行く」
◇
二人が向かった駅前のショッピングモールには、バレンタイン特設コーナーが設けられ、色とりどりのチョコレートが並んでいた。
美玲が目を輝かせる。
「すごい種類!」
雛も店内を見回した。
「こんなにあるんだ」
二人はチョコレートを見て回る。
珍しい物を見つけては見せ合い、思わず笑い合う。
やがて美玲が一つの箱を手に取った。
「私は決めたから、買ってくるね」
「うん」
美玲がレジへ向かう。
その間も雛は一つひとつ見比べていた。
「……よし」
小さく頷き、一つ選んでレジへ向かう。
買い物を終えた美玲が戻ってきた。
「お待たせ!」
「ううん」
「じゃあ、帰る?」
雛は少し笑う。
「アイス食べよう」
美玲も笑顔になった。
「いいね!」
◇
帰宅した雛は、買ってきたチョコレートを鞄へしまい、リビングへ入った。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
雛は紫亜を見つめる。
「紫亜さん」
「はい」
「美玲に、お父さんにチョコあげないの?って聞かれた」
紫亜は少しだけ表情を曇らせた。
「すみません。お父様が今何処にいらっしゃるのか、私にも分からないので……」
雛は首を横に振る。
「ううん、いいの」
少し寂し気な雛だった。
◇
バレンタイン当日。
朝から男子はどこか落ち着かず、女子もチョコレートを渡すタイミングを見計らっていた。
そんな空気に包まれたまま放課後を迎える。
帰り支度を終えた美玲が、雛へ声を掛けた。
「楸先輩のジム行くけど、雛も行く?」
雛は首を横に振る。
「ううん、先に帰る」
「じゃあ、また明日ね!」
校門で別れた美玲は、その足で楸の所属するジムへ向かった。
扉を開ける。
「こんにちはー!」
楸が振り返った。
「よう、一人か? 珍しいな」
「高山君居ます?」
美玲に気付いた高山が駆け寄ってくる。
「神崎さん!」
美玲は小さな箱を差し出した。
「はい」
高山は驚いたように受け取る。
「俺に? ありがとう!」
照れ笑いを浮かべる美玲。
「もらえるアテないって言ってたし……」
楸は笑いながら高山の肩を叩いた。
「よかったな、高山!」
美玲は思い出したように言う。
「雛にも、楸先輩にチャンピオンになったお祝い代わりにあげたら?って言ったんですけど」
「ん?」
「チャンピオンになったって言うなら、お礼もらってないしって」
楸は堪えきれず笑った。
「違いない!」
◇
一方その頃。
雛は自宅へ帰っていた。
鞄から小さな箱を取り出す。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
雛は箱を両手で紫亜へ差し出した。
「紫亜さん、はい」
紫亜は少し驚いたように目を見開く。
「私にですか?」
「お世話になってる人だから」
紫亜は箱を受け取り、優しく微笑んだ。
「ありがとうございます。とても嬉しいですよ」
雛も嬉しそうに微笑む。
「よかった」
紫亜に喜んでもらえて嬉しい雛であった。




