第81話 元旦
除夜の鐘を撞き終え、初詣も済ませた雛達は深夜に帰宅した。
翌日。
目を覚ました頃には、もう昼前になっていた。
寝癖を少し残したままリビングへやって来る雛。
「おはよう」
キッチンから振り返った紫亜が微笑む。
「おはようございます」
雛はテーブルを見て言った。
「お腹空いた」
「おせち料理を用意してますよ」
重箱に入った色鮮やかなおせち料理が並んでいる。
雛は目を輝かせた。
「美味しそう」
「たくさん食べてくださいね」
「いただきます」
箸を持とうとしたその時。
スマホが鳴った。
画面を見る。
祥子からだった。
「祥子ちゃん、どうしたの?」
『どうしたも何も、あんたのとこの紫亜さん、すごすぎない!?』
「うん、紫亜さんはすごい」
『除夜の鐘のあと、うちに連絡が来て、補修業者を派遣しますって言うから』
「うん」
『何の事かと思ったら、鐘の内側にひびが入ってるから、補修するよう言われたって、元旦から業者が来たのよ!』
「そうなんだ」
『そうなんだって、普通、元旦から動く業者なんていないわよ?』
「紫亜さんはすごいから」
祥子はしばらく黙り込んだ。
そして、小さくため息を吐く。
『とにかく、紫亜さんに業者来ましたからって伝えといて』
「わかった」
電話を切る。
紫亜は雛の方を見た。
「祥子さんですね」
「紫亜さんに、業者来ましたからって伝えといてって」
紫亜は静かに頷いた。
「よかったです」
よく分からないが、紫亜がすごいと言われて嬉しい、雛であった。
◇
楸優作の所属するジム。
元旦だというのに、楸は一人サンドバッグの前に立っていた。
ゆっくり掌を当てる。
「ふっ!」
鈍い音と共にサンドバッグが軽く揺れた。
それだけだった。
楸は大きくため息を吐く。
「弾けるわけねぇだろ、こんなもん!」
腕を組み、サンドバッグを見つめる。
「つるめばつるむほど、底が見えねぇでやんの……」
◇
高山家。
ベッドへ寝転びながらスマホを眺める高山。
画面には、初詣の時に四人で撮った写真が映っていた。
その中の美玲を見つめ、思わず頬が緩む。
「今年は少しでも進展するといいなー……」
その瞬間。
脳裏へ雛の姿が浮かんだ。
高山は勢いよく頭を振る。
「哀沢さん、怖ぇよー」
想像しただけで身体が震える高山だった。
◇
神崎家。
三人で食卓を囲み、おせち料理を食べていた。
父が湯飲みを持ち上げる。
「明けましておめでとう」
母も笑顔で続けた。
「今年もよろしくお願いします」
美玲も頭を下げる。
「明けましておめでとうございます」
父は懐からお年玉袋を取り出した。
「はい、美玲」
「お父さんありがとう!」
母が微笑みながら聞く。
「今日は雛ちゃんと出かけないの?」
「元旦だし、今日くらいはね」
父が笑う。
「お父さんにも紹介してくれよ?」
「そのうちね!」
美玲は窓の外へ目を向けた。
雛の家がある方角を見る。
「雛もお年玉もらったかなー?」
◇
哀沢家。
食事を終えた雛の前へ、紫亜がお年玉袋を差し出した。
「雛様どうぞ」
受け取った雛は首を傾げる。
「これは?」
「お年玉です」
「落とし玉……罰ゲーム?」
思わず紫亜は笑みを漏らした。
「お正月のお小遣いだと思ってください」
雛は嬉しそうに袋を見つめる。
「ありがとう」
「明日の美玲さんとのお買い物に使ってください」
雛は小さく頷いた。
「美玲もお年玉もらったかなー」
◇
それぞれの元旦は、穏やかに過ぎていったのだった。




