第79話 大晦日
冬休みに入り、今年もあと三日。
庭では雛が蛇腹剣を楽しそうに振るっていた。
ベルトから剣へ。
剣からベルトへ。
その仕掛けがよほど気に入ったようで、何度も繰り返している。
そんな時。
スマホが鳴った。
画面を見る。
祥子からだった。
「もしもし」
『雛、大晦日は何か予定ある?』
「特にないかな」
『うちの寺で年越ししない?』
雛は少し考える。
「年越しって何するの?」
『除夜の鐘打てるわよ!』
「除夜の鐘……?」
『人間の煩悩の数、百八回鐘を打って、浄めるのよ』
雛は黙り込んだ。
「…………洗脳?」
『ばっ……滅多な事言うもんじゃないわよ!?』
祥子は思わず周囲を見回す。
誰にも聞かれていない事を確認し、小さく胸を撫で下ろした。
「美玲も誘っていい?」
『もちろん! チャンピオンも連れてきていいわよ』
「わかった」
◇
電話を切ると、雛はすぐに美玲へ電話を掛けた。
『雛、どうしたの?』
「祥子ちゃんが一緒に年越ししないかって」
『祥子ちゃんのお寺で?』
「うん。除夜の鐘打てるって」
「楸先輩達も連れてきていいって言ってる」
『紫亜さんの車でなら、お母さんも安心だろうから、行けると思う』
「じゃあ、紫亜さんに話すから、楸先輩に連絡お願い」
『うん! じゃあ、またあとでね!』
◇
リビング。
「紫亜さん」
紅茶を淹れていた紫亜が振り返る。
「はい」
「祥子ちゃんが一緒に年越ししようって」
紫亜は穏やかに微笑んだ。
「今年最後のイベントですね」
「除夜の鐘打てるから、美玲と楸先輩も誘っておいでって」
「では、当日は車を出しますね」
「ありがとう」
少し考え込む雛。
「除夜の鐘打つのって、何かコツあるのかな」
「コツは分かりませんが、鐘を壊さなければ大丈夫かと」
「そっか」
雛はスマホを取り出し、除夜の鐘の動画を見始めた。
しばらく画面を見つめる。
やがて、何かに気付いたような表情になった。
「何かコツが掴めましたか?」
「面で打てば響きやすい」
紫亜は納得したように頷く。
「拳法と通じる物がありそうですね」
雛は立ち上がった。
「サンドバッグあったっけ」
「ございますよ」
◇
庭に吊るされたサンドバッグ。
雛はじっと見つめる。
「面で打って響かせる……」
一歩踏み込む。
掌を打ち込んだ。
サンドバッグが一瞬だけ震える。
次の瞬間。
皮製のサンドバッグは弾け飛び、粉々になった。
「……うん」
一部始終を見ていた紫亜が口を開く。
「雛様、お見事ですが」
「うん」
「人はもちろん、除夜の鐘にも使っていい技ではありませんよ?」
「えー……」
露骨に残念そうな顔をする雛。
紫亜は苦笑した。
「引導流の大会だけでなく、寺院すら出禁になります。」
雛はしょんぼりと肩を落とした。
「くれぐれも壊さないようにお願いしますね」
「わかった」
◇
大晦日の夕方。
紫亜の運転するミニバンは、祥子の寺院へ向かっていた。
助手席には雛。
後部座席には美玲、楸、高山が乗っている。
楸は窓の外を眺めながら笑う。
「除夜の鐘打てるのは嬉しいよな」
高山も楽しそうに頷いた。
「自分も楽しみです」
美玲は前の席の雛を見る。
「うまく打てるかなー……雛も初めてでしょ?」
「うん」
雛は当然のように答えた。
「壊さなければ大丈夫って」
美玲は勢いよく運転席を見る。
「紫亜さん、注意点そこでいいんですか!?」
車内に笑いが広がる。
賑やかな一行を乗せて、車は寺院へ向かって走っていた。




