第77話 哀沢家のサンタクロース
サンタクロースの話を聞いた翌日から、雛の修行が始まった。
今まで以上に神経を研ぎ澄ませ、僅かな気配も逃さない事だけに集中する。
◇
華薗学園。
休み時間。
雛は静かに窓際へ立ち、廊下へ意識を向けていた。
目は閉じたまま。
数秒後、小さく口を開く。
「今、廊下に七人」
教室の扉が開く。
本当に七人だった。
クラス中が驚きの声を上げる。
「すごっ!」
「また当たってる!」
美玲は苦笑しながら雛を見る。
「なんか、いつにも増してすごくない!?」
雛は真面目な顔で答えた。
「寝てる時は少し鈍るから、まだこれくらいじゃサンタさんに気づけないかも」
美玲は笑顔のまま固まった。
(紫亜さん、かなり大変な事になってますよ……)
紫亜の心痛を思い、白眼を剥きそうになる美玲だった。
◇
雛の修行は、学園、帰宅途中、自宅を問わず続く。
その様子を見ていた紫亜は、本気で困っていた。
家の中で何か呟くと雛に聞こえてしまうので、外出して考える。
夜の街を歩きながら、小さく呟く。
「雛様は、かなり本気」
視線を前へ向けたまま続ける。
「本気の雛様に気づかれずにプレゼントを置くのは、私でも無理ね……」
雛に聞こえない場所へと考えながら歩いていた紫亜は、気づけば高層ビルの屋上まで来ていた。
夜風が静かに吹く。
「ああ、本当に困りました」
意を決して目を閉じ、深く頷く。
「……よし」
◇
翌日。
クリスマスイブ。
出掛ける支度をした雛が玄関へ向かう。
「ちょっと祥子ちゃんとこ行ってくる」
紫亜は少し驚いた。
「クリスマスイブですよ?」
「サンタさん来るの明日の夜だよね?」
「そうですね。でも、美玲さんとクリスマスパーティはしないのですか?」
「初めてのクリスマスだから、来年は一緒にしようって事になった」
紫亜は微笑む。
「では、お送りしましょうか」
雛は首を振る。
「トライアスロンの時のバイクあるから、一人で行ってくる」
「そうですか。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「夕食までには帰るから」
トライアスロンバイクへ跨り、軽快に走り出す雛。
紫亜は静かに見送った。
◇
尋常ではない速度で山門まで辿り着いた雛。
祥子は門弟達と境内の掃除をしていた。
「祥子ちゃん」
祥子が振り返る。
「雛?」
「ちょっと付き合って」
「わざわざクリスマスイブに?」
「すぐに終わるから」
祥子は首を傾げた。
「何するつもり……?」
◇
道場内。
中央へ座った雛は、自ら目隠しをした。
「何人でもいいから、なるべく気配を消して動いてみて」
「まあ、いいけど」
祥子が門弟達へ頷く。
三人の門弟が気配を殺して動き始める。
「……三人」
「当たり!」
続いて五人。
その内二人は片足だけ動かしている。
「五人。二人は片足」
「嘘だろ!?」
さらに六人が動く。
その隙に祥子は道場の奥へ移動した。
そっと鼻の頭を掻く。
「七人。祥子ちゃんは鼻の頭掻いてる」
「なんでそんな事まで分かるわけー!?」
雛は目隠しを外した。
「よし!」
満足そうに頷く。
祥子は苦笑した。
「結局、何の修行なの?」
雛は当然のように答えた。
「サンタさんに会うため」
「へ?」
「祥子ちゃん、またね」
再びトライアスロンバイクへ跨り、山道を軽快に駆け下りて行く。
その後ろ姿を見送りながら、祥子は苦笑した。
「嵐のようだったわね」
◇
帰りも、トライアスロンバイクとは思えない速度で走る雛。
夕食前に帰宅する。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
紫亜が迎える。
「明日の準備は整った」
「そうですか」
「楽しみ」
その笑顔を見て、紫亜も穏やかに微笑んだ。
◇
翌日。
クリスマス当日。
朝から雛はそわそわしていた。
別の意味でそわそわする紫亜。
その心境も知らず、雛はただただ楽しみに夜を待っていた。
◇
夕食はクリスマスらしく、ローストターキーが食卓を飾り、紫亜特製のクリスマスケーキに雛のテンションは上がった。
ケーキを食べ終わり、紅茶を飲み終えた雛が立ち上がる。
「もうおやすみになられますか?」
「うん」
少しだけ笑う。
「サンタさん、いつでもいいから……」
部屋へ戻る雛。
紫亜にはある確信があったが、不安は消えなかった。
そして、クリスマスとは思えない緊張感の中、哀沢家の夜は更けていった。
◇
真夜中。
眠る雛の枕元に、確かにプレゼントを置く人影が見えた。
◇
翌朝。
朝食の準備をしていた紫亜は、そろそろ雛を起こす時間かと時計に目を向けた。
その瞬間。
勢いよく自室から飛び出してくる雛。
「紫亜さん!」
「おはようございます、雛様」
両手で四十センチ四方の箱を掲げる。
「サンタさん来た!」
「全然気づけなかった!」
何も言わず、胸を撫で下ろす紫亜。
珍しく興奮している雛。
「私もまだまだ修行が必要」
紫亜は優しく微笑んだ。
「それよりも、プレゼントを開けてみた方がいいかと」
気を取り直した雛は頷く。
「うん」
箱を開け、プレゼントを取り出す。
「ベルト……?」
紫亜も覗き込む。
「ただのベルトではなさそうですね」
バックルの部分が通常より長めに見えるそのベルトは、展開すると剣になり、鞭のようにもしなった。
雛の目が少しだけ輝く。
「おお……」
「かっこいい」
紫亜は微笑んだ。
「普段はベルトとして使えるのが良いですね」
嬉しそうにベルトを眺める雛。
「今日から使う」
喜ぶ雛を確認した紫亜は、視線を上へ向け、静かに呟いた。
「ありがとうございました……」




