第76話 クリスマス
フェスの後も、雛の日常は穏やかに巡っていた。
学校へ通い。
授業を受け。
美玲と他愛もない話をしながら帰る。
そんな日々を重ねるうちに、気づけば十二月も半ばまで来ていた。
街路樹にはイルミネーションが灯り、商店街からはクリスマスソングが流れている。
吐く息も白くなり、冬の訪れを感じさせていた。
◇
学校帰り。
雛と美玲は並んで歩いていた。
二人とも制服の上から学校指定のカーディガンを羽織っている。
美玲が笑顔で口を開いた。
「もうすぐクリスマスだねー」
雛は少し考えて答える。
「クリスマス……知識では知ってる」
美玲は少し驚いた。
「クリスマスプレゼントもらった事ないの?」
「うん」
「サンタさん来なかったんだー」
雛は首を傾げる。
「サンタさん?」
美玲は楽しそうに説明した。
「赤い上下の服を着て、トナカイに乗ってやってきて、クリスマスの夜に子供達にプレゼントを配るのよ」
雛はしばらく考え込む。
「…………テロ行為?」
美玲は思わず声を上げた。
「だから、なんで思考が物騒な方向に行くのよ!?」
雛は真剣な表情のまま呟く。
「サンタさんか……」
美玲は苦笑した。
「まあ、サンタさんからって言いながら、寝てる間に親がプレゼント置いてるだけなんだけどねー」
しかし。
考え込む雛の耳に、美玲の言葉は届いていなかった。
◇
哀沢家。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
紫亜が穏やかに迎える。
雛は鞄を自室へ置き、リビングへやって来た。
「紅茶でよろしいでしょうか?」
「うん」
湯気の立つ紅茶を前に、二人は向かい合う。
しばらく静かな時間が流れた。
雛が口を開く。
「紫亜さん」
「はい」
「サンタさんて、うちに来る?」
紫亜は少しだけ目を丸くした。
「サンタさんですか?」
「美玲が、クリスマスの夜に子供達にプレゼント配ってるって」
思わず苦笑する紫亜。
「美玲さんたら」
雛は期待するような表情で続ける。
「うちに来たら会えるね」
紫亜は少し考えてから答えた。
「まあ、うちに気配を感じさせずにプレゼントを置いていくのは、至難ですから」
雛は静かに頷く。
「サンタさん、お父さんくらい強いのかも……」
紫亜は遠い目をした。
「……そこまでですか?」
「だって、本気のお父さんの気配、感じ取れたことないし」
その言葉に、紫亜は何も返せなかった。
少し考え込んだ後、静かに立ち上がる。
「ちょっと出かけてきますね」
「うん」
◇
夕方。
紫亜のスポーツカーが、美玲の家の前へ静かに停まった。
車を降りると、玄関のチャイムを鳴らす。
間もなくインターホン越しに、美玲の母の声が聞こえた。
「どなたで……紫亜さん?」
「夜分にすみません。美玲さんはご在宅でしょうか?」
「居ますよ。少々お待ちくださいね」
しばらくして玄関の扉が開き、美玲が姿を現した。
「紫亜さん、どうしたんですか?」
紫亜は小さく微笑む。
「お電話だと雛様に聞こえてしまうので、直接お伺いしました」
美玲はすぐに事情を察した。
「雛に内緒なんですね」
紫亜は頷く。
「サンタクロースのお話なのですが……」
「ああ、今日の帰りに話してたんですよ。プレゼントは結局、寝てる間に親が置いてるって言っちゃったんで、雛がっかりしてました?」
紫亜は少し考え込んだ。
「美玲さんのそのプレゼントのくだり、雛様は聞いてなかったようです……」
一瞬、沈黙が流れる。
美玲は目を丸くした。
「信じちゃってる!?」
思わず額に手を当てる。
「明日、私からもう一度話しますよ!」
しかし、紫亜はゆっくりと首を横に振った。
「いえ、ありがとうございます。では、今日はこれで」
そう言って軽く一礼する。
美玲もつられて頭を下げた。
「お役に立てることがあれば、いつでも言ってくださいね」
紫亜は優しく微笑み返した。
「ありがとうございます」
再び一礼すると、スポーツカーへ乗り込む。
◇
夜道を走るスポーツカー。
街は色鮮やかなイルミネーションに包まれていた。
紫亜はハンドルを握りながら、一人静かに考え込む。
「さて、どうするのが最適解でしょうね……」
その呟きだけが、静かな車内に溶けていった。




