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HINA-死神の系譜-  作者: 竜堂さくら


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第75話 平然


 全てのバンドの演奏が終了しても、会場内は騒然としていた。


 トリを務めたバンドは、学生バンドへの敗北感から、MCによるバンド紹介を待たずに退場していた。


 音楽関係者達は、衝撃的すぎる学生バンドのメンバー、特に雛をスカウトしようと躍起になっていた。


「誰だ? あのギターの子は!」


 レコード会社プロデューサーの矢島は、雛を獲得する為、会場内を駆け回って情報収集していた。


 しかし。


 誰に聞いても分からない。


 他のメンバーはライブハウスなどで見た事がある者がおり、華薗学園軽音部の部員だということは判明した。


 だが。


 雛の情報だけは、誰も知らなかった。


「あれだけの逸材が、どこに眠ってたんだ!?」


「何としてでも、あの子だけはうちでデビューさせたい!」


「社長に伝えないと!」


 矢島は慌てて携帯電話を取り出し、社長へ電話を掛ける。


「社長! 矢島です。逸材を発見しました!」「天才ギタリストで……え?」「は、はい……わかりました」


 通話が終わる。


 矢島は携帯電話を見つめたまま、その場に立ち尽くしていた。


 近くにいたスタッフが、不思議そうに声を掛ける。


「矢島さん、どうしたんですか?」


 矢島はゆっくり顔を上げた。


「いや、あのギターの子をスカウトしようと社長に連絡したんだが……」


 スタッフは首を傾げる。


「が?」


 矢島は信じられないという表情で答えた。


「社長から、あの子には絶対にスカウト行為はするなと言われた……」


「どういう事です?」


「俺にもさっぱりわからん」


 その後も会場のあちこちから、似たような電話のやり取りが聞こえていた。


「え? スカウトするな?」


「ですが、あれほどの才能ですよ?」


「……分かりました」


 電話を切った音楽関係者達は、皆一様に困惑した表情を浮かべていた。


 理由を知る者は、一人もいなかった。



 雛へ向けられる歓声を、美玲は自分の事のように喜び、紫亜は静かに雛を見つめていた。


 その時だった。


「ミス・ウエストガーデン」


 後方から掛けられた一声に、紫亜が静かに振り返る。


 そこには、一人の金髪女性が立っていた。


「シルビー」


 その姿を見た周囲が、一斉にざわつく。


「え? あれ、シルビー・タイラーじゃね?」


「世界的音楽プロデューサーの!?」


 シルビーは優雅に微笑んだ。


「お久しぶりね。ミス・ウエストガーデン」


 紫亜も穏やかに微笑み返す。


「紫亜でいいわよ」


 美玲は驚きのあまり目を丸くした。


「紫亜さん、お知り合いなんですか!?」


「ええ」


 それ以上、美玲は何も聞けなかった。


 世界的プロデューサーと親しげに会話する紫亜に、頭が追いついていなかった。


 シルビーはステージへ視線を向ける。


「すごいわね。貴女のお嬢様」


「もちろんよ」


 少しだけ真面目な表情になったシルビーが尋ねる。


「でも、本当にいいの?」


 紫亜は迷うことなく答えた。


「学生の内は穏やかに過ごしてほしいのよ」


 シルビーは小さく笑う。


「じゃあ、私がスカウトしてもいい?」


「シルビー・タイラーが直接スカウト!?」


 美玲は思わず声を上げた。


 シルビーは肩をすくめる。


「ミハエル・マーキュリーのワールドツアーのギタリストなら、その気になるかもよ?」


 紫亜は静かに笑う。


「どうかしらね……」


 恐る恐る、美玲が手を挙げた。


「あのー……」


 シルビーは優しく微笑む。


「この可愛らしいお嬢さんは?」


「雛様の御学友の神崎美玲さんよ」


「なるほど。美玲さんどうしたの?」


 美玲は少し申し訳なさそうに口を開いた。


「世界的ボーカリストのミハエル・マーキュリーでも、雛は興味を示さないと思いますよ?」


「ホワイ?」


「雛は、興味を持つポイントが、普通の人とは違うんです」


 紫亜も頷く。


「シルビーが直接スカウトしても、雛様はOKしないわ」


 シルビーは挑戦的に笑った。


「言ったわね。賭ける?」


 紫亜はさらりと言ってのける。


「うちのグループの60%の株を賭けてもいいわ」


 一瞬だけ、シルビーの表情が止まる。


 そして苦笑した。


「オー……それに見合う価値の物は私にはないわね。降りるわ」


 そのやり取りに、美玲は言葉を失う。


「紫亜さん……!?」



 ステージでは、MCが全てのバンドを改めて紹介し、締めの挨拶を終えていた。


 それでも、観客も、特に関係者が帰ろうとしない。


 スカウトは無理でも、何かしら雛の情報を得ようとしている。


 人々は次第にステージへ集まり始めた。


「なんか暴徒みたいになってる!?」


 美玲が驚きの声を上げる。


 一人の観客がステージへ上がろうとした瞬間、その場で白眼を剥いて倒れた。


 ステージでは、雛が少しだけ口を開いていた。


 そして、美玲と紫亜へ向けて耳を塞ぐ真似をする。


 その意味を理解した二人は、すぐに耳を塞いだ。


 紫亜はシルビーへ視線を向ける。


「シルビー、耳を塞いで」


 突然の言葉に戸惑いながらも、シルビーは慌てて両耳を塞ぐ。


「え!?」


 雛はマイクを静かに持ち上げた。


 軽く息を吸い込み――。


 短くシャウトする。


 前方にのみ放たれた音圧は、客席側にいた紫亜、美玲、シルビー以外の全ての人間を一瞬で気絶させた。


 会場は、一瞬にして静寂に包まれる。


 雛は平然とした表情でバンドメンバーへ振り返る。


「今のうちに帰ろう」


 引きつった笑いを浮かべながら、その日参加した全てのバンドは、会場を後にした。


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