第72話 雛の弱点
昼休み。
教室の窓から柔らかな陽射しが差し込んでいた。
雛と美玲は机を寄せ、いつものように弁当を広げる。
美玲は雛の弁当を覗き込み、目を輝かせた。
「紫亜さんのお弁当、いつも美味しそう!」
雛も美玲の弁当へ目を向ける。
「美玲のお母さんのお弁当も、美味しそうだよ」
「うちは普通だよ?」
雛は卵焼きを見つめた。
「卵焼き美味しそう」
「ひとつ食べる?」
「じゃあ、交換」
雛はローストビーフを一枚、美玲の弁当箱へ入れる。
「ありがとう」
美玲も卵焼きを一つ取り、雛の弁当箱へ入れた。
雛はそのまま口へ運ぶ。
「うん、美味しい」
美玲もローストビーフを頬張った。
「ローストビーフとじゃ、釣り合わないけどね」
「そんなことない」
「めちゃくちゃ美味しい!」
その後も、他愛のない雑談をしながら弁当を食べ続ける二人。
そこへ、華薗学園には似つかわしくない派手な髪色の女子が近づいてきた。
「哀沢さん!」
二人が振り返る。
「松本さん?」
美玲が目を丸くする。
雛は首を傾げた。
「誰?」
「同じクラスの松本さん! 軽音楽部の。」
松本は肩を竦めて笑う。
「目立つ方だと思ってたんだけどねー」
「ごめんね! 雛だから……」
「いーのいーの! 普段話したことないしね」
雛は静かに尋ねた。
「どうしたの?」
「哀沢さんて、楽器できたりする?」
「そういや、聞いたことないね」
松本は身振りを交えながら説明する。
「軽音部のバンドで、今度フェスに出られる事になったんだけど、ギター担当の二年生の先輩が怪我しちゃってさ!」
雛は少し考え、
「陰謀の匂い?」
真顔で答えた。
美玲が思わず突っ込む。
「また物騒なこと言う!?」
松本は吹き出した。
「あはは……哀沢さん面白いねー!」
美玲は興味津々で尋ねる。
「どんなジャンル?」
「ロック系なんだけど、動画見る?」
スマホを取り出す松本。
「見たいー!」
「うん」
三人で画面を覗き込む。
映っていたのは五人組の女子バンドだった。
ボーカル。
ギター。
ベース。
ドラム。
キーボード。
息の合った演奏が続き、大サビの前にはギターソロが入る。
「かっこいいね!」
「楽しそう」
動画が終わる。
松本は期待を込めて尋ねた。
「で、どう? ギターできたりする?」
少し考えた雛は静かに答えた。
「……歌う以外はできる」
「マジで!?」
松本が身を乗り出す。
美玲も驚いた。
「てか、歌はダメなの!?」
「うん」
「雛ができない事って、初めて聞いた気がする……」
「そうなの!?」
松本も目を丸くする。
雛は淡々と話した。
「小さい頃、みんなの前で歌った時、何人か倒れた」
「倒れた!?」
「それ以来、紫亜さんから本気で歌わないように言われてる」
松本は腕を組み、
「……ガキ大将系?」
「?」
雛は意味が分からず首を傾げた。
◇
松本は自分のロッカーからベースを持ってきた。
「私ベース担当だから、ベースで良ければ弾いてみて」
雛は受け取る。
「ありがとう」
椅子へ腰掛けると、迷いなく弦へ指を置いた。
次の瞬間。
教室へ、さっき動画で流れていたベースラインが響き渡る。
正確。
滑らか。
それでいて動画より力強い。
周囲で昼食を食べていた生徒達まで思わず振り返った。
「これって?」
美玲が松本を見る。
松本は口を開けたまま呟く。
「さっきの動画の私のパート! しかも私より上手いし!!」
演奏を終えた雛は何事もなかったようにベースを返した。
「どうかな?」
「最高!」
「雛すごい!」
松本は勢いよく頭を下げる。
「哀沢さん、放課後に軽音部の部室に来て! お願い!」
「いいよ」
◇
放課後。
軽音部部室。
松本に連れられ、雛と美玲が部室へ入る。
中には四人の女子部員が待っていた。
「来たね」
松本が笑顔で言う。
「連れてきましたー!」
一人の女子生徒が前へ出た。
「いきなりごめんね、哀沢さん! 私は部長の原田。三年生ね」
「ドラムの武藤。私も三年よ」
「キーボードの小谷。私は二年」
「で、私が怪我したギターの本郷。二年よ」
原田は苦笑した。
「てか、松本。本当に哀沢さん連れてきたのね!」
「私を知ってるんですか?」
武藤が笑う。
「知ってるも何も、華薗学園で哀沢雛を知らない生徒がいるとしたら、今日来た転校生くらいよ」
「転校生来たの?」
「それくらい知らない人はいないってこと!」
雛は美玲を見る。
「そうなの?」
美玲は苦笑した。
「すみません。ちょっと天然なとこがあるもので……」
「噂通りね」
原田が笑う。
本郷がギターを差し出した。
「早速で悪いんだけど、ギター弾いてみてもらっていい?」
「はい」
雛はギターを受け取る。
軽く構えると、そのまま演奏を始めた。
動画で流れていたギターパート。
難易度の高いソロまで、一音も狂わない。
それどころか、本郷以上の完成度だった。
部室が静まり返る。
「うわぁ……」
本郷が思わず声を漏らす。
「本当だった」
原田も息を呑んだ。
「プロじゃん……」
武藤が呟く。
「ソロでデビューできるよ!」
小谷は目を輝かせた。
演奏を終えた雛はギターを返す。
原田が尋ねた。
「でも、歌はダメなんだって?」
美玲が答える。
「保護者の方から止められてるそうです」
「なんで?」
武藤が首を傾げる。
松本が説明した。
「小さい頃に本気で歌ったら、何人か倒れたらしくて」
「どういうこと!?」
小谷が困惑する。
本郷は笑いながら言った。
「歌えるなら、ツインボーカルでお願いしようと思ったんだけどねー」
原田は雛を見る。
「哀沢さん。本気出さなくていいから、軽く歌ってみてくれない?」
「軽くなら」
雛は頷いた。
静かなアカペラが部室へ響く。
動画で流れていた曲だった。
透き通るような歌声。
全員が聞き惚れる。
「え?」
「うそっ!」
「上手い……」
「めちゃくちゃ上手いじゃん!」
松本が驚く。
「これでなんで倒れるの!?」
曲はサビへ入る。
雛は少しだけ声量を上げた。
その瞬間、全員が一斉に耳を押さえる。
「哀沢さんストップ! ストップ!!」
原田の叫びで歌が止まる。
部室に静寂が戻った。
全員が大きく息を吐く。
原田が恐る恐る尋ねる。
「哀沢さん……倒れた人ってもしかして……」
「耳から血が出てました」
武藤が遠い目をした。
「音圧で鼓膜破れたのね……」
「はは……」
小谷は乾いた笑いを漏らす。
本郷も苦笑した。
「室内なら、ガラス割れるかも……」
美玲が肩を竦める。
「思わぬ弱点ね」




