第66話 下馬評
引導流大会当日の朝。
山門の前で、祥子は落ち着かない様子で山道を見つめていた。
「そろそろ来る頃なんだけど……」
やがて、山道を登ってくる四人の姿が見える。
先頭を歩く雛。
その後ろに美玲。
さらに楸と高山が続いていた。
「お待たせ」
雛が声を掛ける。
祥子は四人を見て目を丸くした。
「おはよーって……多くない?」
美玲が申し訳なさそうに笑う。
「祥子ちゃんごめんね!」
雛は悪びれる様子もない。
「弟子とその後輩も付いてきた」
楸が苦笑する。
「もうちょっとマシな紹介してくんねぇ!?」
高山が慌てて頭を下げた。
「高山です!」
祥子は楸を見つめる。
「弟子って、楸優作!?」
「知ってるの?」
「総合格闘技の世界チャンピオンでしょ! テレビ中継観たわよ!」
雛は楸を見る。
「有名ね」
「それなりにな」
楸は照れくさそうに頭を掻いた。
祥子はまだ信じられないという表情を浮かべる。
「楸優作が雛の弟子って?」
「まあ、否定はしないな」
祥子は笑った。
「とりあえず道場に行きましょ」
◇
一同は境内を歩きながら道場へ向かう。
祥子が大会について説明する。
「控え室はないから作戦会議はできないけど、大会は16人のワンデートーナメントだから、怪我には気をつけてね」
「4回勝てば優勝か」
雛が静かに呟く。
美玲は思わず聞き返した。
「1日でよ?」
「問題ない」
楸は周囲を見回した。
「引導流同士の試合か、興味深いな」
高山は少し緊張した表情を浮かべる。
「緊張しますね……」
美玲が笑った。
「高山君は闘わないでしょ」
◇
道場内。
参加者一人に何名かの弟子が付き添い、それぞれ静かに試合開始を待っていた。
入口横の壁には、大きなトーナメント表が貼られている。
一同は足を止めた。
「雛は2試合目ね」
「うん」
祥子は雛を見る。
「今回はお父さんじゃないから、きっと侮られてるわ」
「後々の事考えて、手の内はあまり見せないことね」
雛は少し考えてから頷いた。
「……わかった」
楸が苦笑する。
「言うだけ無駄な気がするんだが……」
「同感です」
高山も頷く。
「どういう事?」
祥子が不思議そうに尋ねる。
美玲は苦笑した。
「祥子ちゃんもそのうち慣れるわ」
その時。
審判が試合場中央へ進み出た。
「これより第1試合を行います!」
「代表、前へ!」
二人の代表が試合場へ歩み出る。
「引導流神代家対引導流九門家。禁じ手はありません。よろしいですね?」
二人は静かに頷いた。
「始め!」
二人は同時に間合いを詰める。
互いに踏み込み、牽制し、フェイントを交えながら探り合う。
どちらも不用意には踏み込まない。
一瞬の隙を狙い続ける。
やがて神代家がフェイントを織り交ぜながら攻める。
九門家は冷静に見切り、連撃へ移った。
楸が目を細める。
「哀沢から見せてもらったのと、ほぼ同じだな」
「そうですね」
高山も頷く。
美玲だけが首を傾げた。
「そうなんだ?」
雛は静かに答える。
「楸先輩に教えたのは基本のやつだから」
一進一退の攻防。
フェイントの使い方を得意とする神代家の攻撃を読み切って、九門家の連撃が入る。
楸が小さく呟く。
「決まったか?」
祥子は首を横に振った。
「皆伝同士だから、勝負はここからよ」
「そうなんですか?」
高山が尋ねる。
「連撃が始まっても、息継ぎの瞬間や技の繋ぎ目を狙って攻防が入れ替わるの」
「ほら」
九門家の連撃が一瞬だけ止まる。
その隙を逃さず、神代家の連撃が始まった。
美玲が雛を見る。
「雛、どっちが勝ちそう?」
雛は試合から目を離さない。
「……今、連撃始めた方」
流れを掴んだ神代家は、そのまま攻め続けた。
やがて九門家が崩れる。
「勝者、神代家!」
審判の宣言が響いた。
美玲は雛を見る。
「次は雛の番ね」
「うん」
祥子は小声で言った。
「雛の対戦相手は矢車家」
「今回はお父さんが出てないから、下馬評で優勝候補になってるわ」
雛は静かに試合場へ歩いていく。
向かい合う矢車家代表。
雛を見るなり、小さく笑った。
「こんな少女を代表にするとは、伊集院家は勝つ気がないと見える」
雛は何も言わず、静かに見つめ返す。
「引導流伊集院家対引導流矢車家。禁じ手はありません。よろしいですね?」
二人は頷いた。
「始め!」
矢車は慎重に距離を取ろうとした。
その瞬間。
雛が音もなく間合いへ入る。
「速い……!」
雛の動きは見えていた。
それでも。
突きは顔面へ届いていた。
他の代表者達が思わず目を見開く。
そこから雛の引導流の連撃が始まる。
打たれながらも隙を探す矢車。
だが。
雛の連撃は止まらない。
息継ぎなく延々と続けられる連撃。
2分を過ぎた辺りで審判が飛び込んだ。
「ストップ! 気絶している!」
雛の連撃が止まる。
「勝者、伊集院家!」
祥子は両手を上げた。
「勝ったー!」
喜ぶ祥子と対称的な美玲達三人。
「あれ? 喜ばないの?」
美玲と高山は顔を見合わせる。
「予想通りです」
楸は試合場を見つめたまま苦笑した。
「俺に教えたのより複雑で速ぇ……!」




