第59話 トライアスロン
翌朝。
いつもの通学路を歩く雛。
校門が見えてきた頃。
「雛、おはよー!」
元気な声が飛んでくる。
美玲だった。
「おはよう、美玲」
二人は並んで校舎へ向かう。
昇降口で靴を履き替え、そのまま教室へ入る。
朝の教室は賑やかだった。
談笑する生徒達。
宿題を写す者。
眠そうに机へ突っ伏す者。
いつもの朝だった。
雛はカバンを開ける。
一枚の紙を取り出した。
「これ見て」
美玲が覗き込む。
「市民トライアスロン大会?」
「うん」
「出るの?」
「紫亜さんが、これなら思い切りやっても大丈夫って」
「紫亜さんがそう言ったんだー」
雛は紙を見る。
「トライアスロンなら死人は出ないでしょうから……って?」
美玲は思わず額を押さえた。
「あんたん家の基準おかしくない!?」
「そうなの?」
「いや、いいわ……」
美玲は苦笑する。
雛は何事もなかったように尋ねた。
「美玲も出る?」
「無理!!」
「えー……」
「だって一週間後でしょ」
「準備期間足りなさすぎ!」
雛は小さく頷く。
「紫亜さんの言った通りだ……」
「え?」
「紫亜さんが、美玲は誘っても参加しないだろうって」
美玲は苦笑した。
「さすが紫亜さんだわ……」
その時。
始業のチャイムが鳴る。
教室が静かになり、間もなく黒崎が入ってきた。
「ホームルームやるぞ」
教卓へ向かいながら、ふと雛の机へ目を向ける。
「トライアスロン大会?」
「先生も出ます?」
黒崎は即答した。
「先生は出ん!」
教室が笑いに包まれる。
黒崎は紙を見直す。
「……って、おい哀沢。本当に出るつもりか」
「はい」
「大会の次の日から中間テストだぞ?」
美玲がすかさず言う。
「先生、雛にそれは何の意味もないです!」
クラス中が一斉に頷いた。
黒崎も苦笑する。
「そういやそうか……」
雛だけが首を傾げた。
「?」
◇
放課後。
二人は並んで校門を出る。
夕方の風が心地良い。
「大会の次の日が中間テストじゃ、一緒に勉強する暇ないよねー」
美玲が呟く。
「なんで?」
「いや、大会に向けてトレーニングとかあるでしょ」
雛は首を横に振った。
「大丈夫。前日まで勉強しよ」
「雛がいいなら」
「うん」
「明日からやるとして、明日はうちでやる?」
「わかった」
美玲は嬉しそうに笑う。
「お母さん、雛に会えるの楽しみにするよ!」
雛も少しだけ笑った。
「うん」
◇
楸の所属するジム。
休憩スペース。
高山が一枚のチラシを持って駆け寄ってきた。
「楸先輩!」
「ん?」
「哀沢さん、トライアスロン大会出るみたいですよ!」
楸はチラシを受け取る。
「トライアスロン大会?」
「なんでお前が知ってんだよ?」
高山は照れ笑いした。
「えへへ……神崎情報です」
楸はニヤリと笑う。
「なんだ、お前らそういう仲なのか!?」
「違います違います!」
高山は慌てて両手を振った。
「ちょいちょい連絡取り合ってるだけですって!!」
「ふーん……」
楸は意味ありげに頷く。
「それ、哀沢は知ってんのか?」
「知らないと思いますけど」
楸は真面目な顔になる。
「いいか、高山。一言言っとく」
「はい?」
「もし、お前と神崎がつきあうとしたら、最大の難関は神崎の親じゃなく、哀沢だからな?」
「あーー……!!」
高山は頭を抱えた。
「ご愁傷さま」
「楸先輩も協力してくださいよー!」
「やだよ」
「ですよね……」
楸はチラシへ目を落とす。
「それにしても、トライアスロンか……」
「出るんですか?」
「格闘じゃ無理だが、身体能力競うだけなら勝負になるか?」
高山は首を傾げた。
「でも、哀沢さんの体力測定結果、ほとんど平均値の倍以上だったんでしょ?」
「あ……!」
「忘れてたんですか?」
「忘れてたわ……」
楸は軽く咳払いをする。
「ゴホンッ!」
「今回は応援するか」
「そうしましょう!」
楸は遠くを見るように呟いた。
「何事もなけりゃいいんだが……」




