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HINA-死神の系譜-  作者: 竜堂さくら


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第56話 一閃


 リング上。


 キング・ガルシアと楸優作が静かに睨み合う。


 レフェリーがルール説明を行う。


 しかし。


 二人の視線は一度も逸れなかった。


 キングが口を開く。


「ボーイ、5Rも要らない。1Rで決めさせてもらう」


 楸は小さく笑う。


「チャンプ、負ける奴のセリフだぜ?」


 レフェリーが二人を離した。


 それぞれコーナーへ戻る。


 セコンドが肩を叩く。


「どうだ?」


 楸は深く息を吐いた。


「出たとこ勝負ですね」


 セコンドは吹き出す。


「嘘つけ」


 楸も笑った。



 反対コーナー。


 リオンがグローブを締め直す。


「いかがですか、彼は?」


 キングは楸から目を離さない。


「彼女のような怖さはない」


 リオンは安堵の表情を浮かべた。


「問題ないですね」


 キングは答えず、静かにゴングを待った。



 試合開始。


 乾いたゴングが会場へ響き渡る。


 互いにゆっくりと歩み寄る。


 楸は探るように左ジャブを放った。


 その瞬間だった。


 キングの殺しの技が閃く。


 ほんの僅か。


 急所へ伸びた一撃。


 しかし。


 楸の身体は考えるより先に動いた。


 無意識に急所を外す。


 キングの指先が空を切る。


 キングの目がわずかに見開かれた。


「なるほど……」


 楸は距離を取り直す。


 キングは静かに笑う。


「本当に驚くくらいに仕上げてくれたようだな」


 再び距離が縮まる。


 キングは打撃。


 組み。


 崩し。


 その全てへ自然に殺しの技を織り交ぜてくる。


 心臓。


 頸動脈。


 頚椎。


 一瞬でも止まれば終わる攻撃。


 だが。


 楸は止まらない。


 身体が勝手に急所を外していく。


 特訓で何百回と繰り返した動きだった。


 キングは一度も楸の動きを止められない。


 会場から驚きの声が漏れる。


「チャンピオンの攻撃を全部避けてるぞ……」


「何が起きてるんだ?」


 キングも理解していた。


 この一ヶ月で仕上げられたのは技ではない。


 反応そのものだった。


 1R終了。


 ゴングが鳴る。



 インターバル。


 セコンドが水を差し出す。


「チャンプの顔色が変わったな」


 楸はタオルで汗を拭う。


「次のラウンドが勝負でしょうね」


 迷いは無かった。



 反対コーナー。


 リオンが静かに息を呑む。


「手強いですね」


 キングは口元を緩めた。


「彼女は約束を守ったようだ」



 関係者席。


 美玲は身を乗り出していた。


「楸さん頑張ってる!」


 高山も拳を握る。


「キング相手に引けを取ってない!」


 雛だけは静かだった。


「うん、できてる」


 その一言だけ。



 2R開始。


 今度はキングから距離を詰めた。


 鋭い踏み込み。


 楸は冷静に捌く。


 そして。


 急所へ向けて拳を放つ。


 キングは反射的に急所を守った。


 その瞬間。


 空いたガードへ拳が突き刺さる。


「ガッ!?」


 キングの身体が揺れる。


 そこから楸の連撃。


 急所へ向かう拳。


 喉へ伸びる掌。


 心臓を狙う膝。


 だが。


 全てがフェイント。


 命を守ろうとする本能が、キングのガードを崩していく。


 その隙へ。


 拳。


 肘。


 膝。


 打撃が途切れることなく突き刺さった。


「調子に……乗るな!」


 キングが冷静さを失う。


 殺しの技を連発する。


 しかし。


 楸は全てポイントを外す。


 逆に打撃を積み重ねていく。


 それでも。


 キングは世界王者だった。


 決定打になり得る攻撃には必ず鋭いカウンターを返す。


 楸も何度も身体を弾かれる。


(やっぱ強ぇな……)


 息が荒くなる。


 キングも肩で呼吸をしていた。


「ボーイにタイトルはまだ早い」


 残り時間。


 一分。


 会場中の視線がリングへ集まる。


 その時だった。


 楸がほんの一瞬だけ。


 顔面のガードを下げた。


 キングは迷わない。


 勝負を決める右ストレート。


 渾身の一撃。


 だが。


 それこそが楸の狙いだった。


 一閃。


 右手の甲で拳を滑らせる。


 そのまま右手首を外へ回し掴む。


 止まらない。


 一呼吸。


 右手首を極める。


 左腕を上から絡める。


 アームロック。


 左へ回転。


 肘が眉間へ叩き込まれる。


 さらに。


 勢いを殺さず倒れ込みながら。


 右膝がキングの心臓へ突き刺さった。


 全てが一瞬だった。


 会場から音が消える。


 キングは崩れ落ちたまま動かない。


 右手首。


 肘。


 鼻骨。


 肋骨。


 その全てが砕けていた。


 レフェリーが駆け寄る。


「キング選手!」


 肩を叩く。


 反応はない。


 リングドクターが飛び込み容態を確認する。


 数秒。


 静寂だけが流れた。


 レフェリーが立ち上がる。


 楸の腕を高々と掲げた。


「勝者! 楸優作!」


 割れんばかりの歓声が会場を包む。



 担架で運ばれていくキング。


 楸は大きく息を吐いた。


 そこへ高山と美玲が駆け寄る。


「楸先輩、おめでとうございます!」


「やりましたね!」


「ありがとう!」


 楸は笑顔で応える。


 その後ろから。


 雛がゆっくりと歩いてくる。


 楸は照れ臭そうに笑った。


「どうだった? 師匠」


 雛は少しだけ考える。


「焼肉」


「感想くらい言ったら!?」


 美玲が思わず突っ込む。


 楸と高山が笑う。


 雛も少しだけ口元を緩めた。


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