第51話 楸優作の試合
日曜日。
朝から快晴だった。
雛と美玲は試合会場へ向かって歩いていた。
楸の試合は午後から。
だが、雛が「せっかくだから第1試合から見たい」と言ったため、朝早くから家を出てきたのだった。
「プロの格闘技の試合観るなんて初めて!」
美玲はどこか落ち着かない様子で辺りを見回す。
「私も」
雛も大きな会場を見つめる。
「楽しみだねー」
入口付近には、すでに多くの観客が集まっていた。
「たしか、高山君が出迎えてくれるはずなんだけど……」
辺りを見回した、その時。
「神崎! 哀沢さん!」
高山が大きく手を振っていた。
「高山君!」
美玲と雛も手を振り返す。
「こっちだ!」
高山は観客入口とは違う方向へ歩き出した。
「チケットは?」
美玲が首を傾げる。
「楸先輩が関係者入口から入ってもらえって」
「おお……」
雛が少しだけ目を丸くする。
「なんか得した気分ね!」
◇
控室。
楸以外にも数名の選手が静かに試合開始を待っていた。
「楸先輩、連れてきました!」
「おう、ありがとうな」
楸が笑う。
「こんにちはー」
「こんにちは」
楸は雛を見る。
「高山から聞いたけど、第1試合から観たいんだって?」
「はい、特に雛が」
美玲が苦笑する。
「頼むから、俺の試合までおとなしく観ててくれよ?」
「大丈夫」
楸は安心したように笑った。
「俺の試合は午後の2試合目だから、高山と一緒に解説してもらいながら観ててくれ」
「任せてくれ!」
「よろしくね!」
「わかった」
◇
関係者席。
リングサイドだけあって、選手の息遣いまで聞こえそうな距離だった。
「結構広いね!」
「うん」
雛は会場全体を見回す。
「リングサイドだから試合もよく見えるよ」
高山はパンフレットを差し出した。
「あ、これ」
「ありがとう!」
二人はパンフレットを開く。
「もうすぐ第1試合始まるね」
「第1試合は2人共デビュー戦みたいだよ」
リングへ上がる二人を見つめる雛。
「2人共細い」
「体格より試合内容でしょ」
ゴングが鳴る。
一人は打撃主体。
もう一人は組み技主体。
「どっちが勝つかな?」
「俺の予想は打撃主体の選手かなー」
「雛は?」
「組み技の人が勝つと思う」
「そうなの?」
「組み技の人の打撃の捌き方が上手い」
試合は一進一退。
だが終盤。
組み技主体の選手が一本奪い、そのまま勝利した。
「雛の言った通りだ!」
「あちゃー……」
高山が頭を掻く。
その時だった。
「たまたま当たっただけで、素人がうるせーよ!」
「そうだぞ!」
二列後ろから野次が飛ぶ。
高山が振り返る。
「なんだアイツら……」
「なんか文句あんのか!」
さらに声が飛ぶ。
立ち上がろうとする高山を、雛が静かに手で制した。
立ち上がる。
ゆっくり振り返る。
「文句あんのか? でっかいねえちゃん!?」
雛は静かに口を開く。
「うるさい……」
静かな声だった。
だが、その場の空気を一瞬で変えるには十分だった。
二人の男。
そして、その周囲にいた観客まで一斉に悪寒が走る。
「す、すまなかった……」
「おとなしく観るよ」
「そっか……」
雛は前を向き、静かに座った。
「雛……」
「静かになった」
高山は苦笑する。
「ごめんな。哀沢さん」
「大丈夫」
その後。
午前中の関係者席は、雛達以外誰も一言発する事なく、試合を観戦していた。
◇
休憩を挟み、午後の試合が始まる。
三人は会場内の売店で昼食を済ませ、再び関係者席へ戻ってきた。
第1試合。
午前とは違い、互いに経験豊富な選手同士。
打撃。
組み技。
攻防が目まぐるしく入れ替わる。
「どっちが勝つ?」
美玲が小声で聞く。
雛はリングを見つめたまま答えた。
「こっち」
指差したのは青コーナーの選手だった。
試合は終盤まで競った。
だが最後は雛が予想した選手が判定勝ちを収める。
「また当たった!」
美玲が驚く。
高山も苦笑した。
「見る目ありすぎだろ……」
リングアナウンサーの声が会場へ響き渡る。
「続きまして、本日のセミファイナル!」
観客席から大きな歓声が上がる。
高山が立ち上がった。
「次は楸先輩の試合だ!」
「うん」
雛も静かに立ち上がる。
まず相手選手が紹介される。
ロック調の入場テーマ。
観客の歓声がさらに大きくなる。
続いて。
クラシックが流れ始めた。
「楸先輩、入場テーマ、クラシックなんだー!」
「なんか生意気」
「哀沢!?」
高山が思わず振り返る。
そんな声も知りもせず。
楸優作が静かに花道を歩き始めた。




