第50話 一躍
その日の朝。
ホームルーム。
気だるそうに黒崎が教室へ入ってきた。
出席簿を教壇へ置き、一枚の紙束を軽く叩く。
「こないだの実力テストの結果が出たぞ」
その一言で教室が騒然となる。
「やべぇ……」
「数学終わった気がする」
「英語だけは自信ある!」
不安と期待が入り混じる声が飛び交う。
黒崎は苦笑した。
「各教科の点数と教科ごとの学年順位、全国順位、総合した学年順位、全国順位が書いてある」
「各自確認するように」
前の席から順番に結果が配られていく。
受け取るたびに教室の空気が変わる。
「順位上がった!」
「うわ……理科ひどい」
「全国順位ってこんな低いのか……」
美玲も恐る恐る封を開く。
数秒後。
「中学の時より順位高い!」
思わず立ち上がった。
雛は微笑む。
「よかったね」
「お母さんに褒められるよ!」
満面の笑みを浮かべる美玲。
その姿を見て、雛もどこか嬉しそうだった。
黒崎は教壇から教室を見渡す。
「あー、みんな聞くまでもないだろうと思ってるけど、一応言っとく」
教室中の視線が黒崎へ集まる。
「全教科満点、学年、全国順位共に1位は哀沢な」
静まり返る教室。
そして。
「はぁ……」
あちこちから諦め混じりのため息が漏れた。
「やっぱりか……」
「勝てる気しねぇ」
「次も無理だな」
黒崎は苦笑する。
「哀沢、先生の代わりに授業やるか?」
雛は真顔で聞き返した。
「給料もらえるんですか?」
黒崎は思わず机を叩く。
「まず思う事がそれか!?」
教室が笑いに包まれた。
◇
県内でも屈指の進学校。
一人の男子生徒が静かに結果を見つめていた。
「全国順位3位……」
小さく息を吐く。
「高校に入って初めての実力テストとはいえ、3位とは」
結果用紙を握り締め、教師を見る。
「先生!」
「2位と1位の生徒の名前は教えてもらえるのですか?」
教師は苦笑した。
「個人情報だからなー」
「名前は教えられんが、2位は県外で、1位は県内の生徒だ」
男子生徒は目を見開く。
「県内に僕より頭の良い生徒がいるのですね!?」
「1位の生徒は全教科満点だそうだぞ」
「な!?」
教師は肩を竦める。
「今回の実力テストは、手違いで大学入試の問題が紛れていたらしいからな」
「満点は無理だろうという予想だったんだが」
男子生徒は思わず身を乗り出す。
「1位の名前だけでも!」
教師は周囲を見回した。
「本来なら言えないんだが……」
少しだけ声を潜める。
「哀沢雛という生徒だ」
「哀沢雛……!」
男子生徒はその名を胸の中で繰り返した。
「他の生徒には絶対に言うなよ!」
◇
県外の進学校。
一人の女生徒が結果用紙を見つめていた。
「私が2位……?」
信じられない。
「今まで1位しか取ったことないのに」
教師が穏やかに声を掛ける。
「今回の問題は相当難しいのがあったからな」
「ええ、私でも解けない問題が1問ありましたから」
「1位の生徒は全教科満点だそうだ」
女生徒の表情が変わる。
「何者ですか!?」
教師は少し考えた。
「本来は県外の生徒としか言えないんだが……」
苦笑しながら続ける。
「哀沢雛という名だ」
「哀沢雛……」
その名を静かに呟く。
「他の生徒には内緒だぞ」
女生徒は結果用紙を静かに畳いた。
「次は勝ちます」
教師は笑顔で頷く。
「その意気だ!」
◇
放課後。
帰り道。
雛と美玲は並んで歩いていた。
「やっぱり雛はすごいね!」
「普通だと思う」
美玲は苦笑する。
「その普通が普通じゃないんだけどね」
雛は首を傾げた。
「また中間テスト前は、勉強会よろしくね」
「その時は紫亜さんにご馳走作ってもらう」
「そんなに気を遣ってもらわなくていいから!」
二人は笑いながら歩いていく。
こうして、口の軽い教師二人により、哀沢雛という名前が一躍広まった。




