第49話 感嘆
楸はヘッドギアを外し、続けてフルプロテクターを脱いだ。
大きく息を吐く。
「すげぇな……」
素直な感嘆だった。
「ありがとう」
雛は嬉しそうに頷く。
「俺の時よりすげー!」
高山は興奮気味に声を上げた。
「だから言ったでしょ?」
美玲は自分の事のように胸を張る。
楸は苦笑した。
「なんで3分間休まずに打てるんだ!?」
「ゴング鳴ったから」
「いや、そうじゃなくて……」
そこで楸は気付く。
「て、鳴らなかったらまだ打てたってことか!?」
「うん」
楸は思わず頭を抱えた。
「そもそもから違うってか……」
雛は首を傾げる。
「参考になった?」
「あの連撃、一発食らったら終わりなのか?」
「私の引導流だから」
高山が不思議そうに聞く。
「どういうこと?」
「皆伝もらったから、改良した」
美玲は苦笑した。
「私はもう驚かないけどね」
楸は感心したように息を吐く。
「総合の1Rは5分だけど、5分でも続けられるのか?」
「問題ない」
迷いのない返事だった。
「プロになれば無敗のチャンプになれるぞ」
「手加減しやすくはなったけど、それでもめんどくさい」
楸は笑う。
「紫亜さんに言われたから、無理強いはしないけどな」
「それがいいと思います!」
美玲が勢いよく頷く。
三人は同時に紫亜の顔を思い浮かべた。
そして揃って身震いする。
高山が楸へ向き直る。
「楸先輩、打撃対策は?」
楸はリングを見つめ、小さく笑った。
「あれだけの連撃見た後なら、次の相手に負ける気しねぇな」
「役に立てたならよかった」
「ありがとうな」
◇
楸は立ち上がる。
「高山、ちょっとスパー付き合ってくれ」
「ヘッドギアとプロテクター着けていいぞ」
「わかりました!」
高山は急いで防具を身に着け、リングへ上がった。
楸もグローブをはめ直し、向かい合う。
「5分な」
ゴングが鳴る。
高山が間合いを詰める。
牽制のジャブ。
そこから一気にタックルへ移る。
楸の膝が鋭く突き上がった。
カウンター。
高山の身体が仰け反る。
「こうか……?」
楸は間髪入れず前へ出る。
拳を打つ。
高山が割り込もうとする。
その動きを潰す。
蹴りへ繋ぐ。
高山は距離を取る。
楸は逃がさない。
さらに追撃。
高山は隙を見つけて打撃を合わせる。
しかし、その前に楸の拳が進路を塞ぐ。
また連撃。
また割り込む。
また潰される。
リングの上では、何度も同じ攻防が繰り返された。
そして。
5分を知らせるゴングが鳴る。
高山はヘッドギアを外し、大きく息を吐いた。
「何もできませんでした……」
少し笑う。
「いや、正確には何もさせてもらえなかった。ですね」
楸は満足そうに頷く。
「次の対戦相手程度なら、使えそうだな」
雛が何か言おうとする。
楸は慌てて両手を上げた。
「哀沢に通用すると思ってねぇからな!?」
「まだ何も言ってない」
美玲は吹き出した。
「言いたそうな顔してたわよ?」
◇
ジムの外。
夕暮れの風が心地よく吹いていた。
帰ろうとする雛と美玲を、楸と高山が見送る。
「試合、見に来てくれよな」
「うん、行く」
「行きます!」
楸は手を振る。
「じゃあ、またな」
高山も笑顔で手を振った。
二人も手を振り返し、駅へ向かって歩き出す。
「楸先輩の試合、楽しみだね」
「たぶん負けないはず」
「雛がそう言うなら大丈夫だね!」
美玲は嬉しそうに笑った。
◇
哀沢家。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
紫亜が穏やかに迎える。
雛は鞄を自室へ置き、リビングへ戻る。
「ジムはいかがでしたか?」
ソファへ腰を下ろした雛は、小さく息を吐いた。
「私の引導流は完成したと思う」
紫亜は少し考える。
「プロを視野に入れたのですか?」
「ううん、死んじゃう」
紫亜は静かに頷いた。
「ああ、そういうことですね」
「手加減、めんどくさい」
紫亜は優しく微笑む。
「お茶でも入れますね」




