第44話 喜色
道場主の部屋。
雛、祥子、道場主の3人でお茶を飲んでいた。
「それにしても、あんたの無呼吸連打すごいわね!」
祥子が感心したように言う。
「ありがとう」
雛は素直に礼を言った。
「いや、息継ぎ無しで何分動けるのよ?」
「3分は計った事ある」
道場主が目を丸くする。
「ほう、ボクシングの1R分動けるのか……」
「無茶苦茶ね!」
祥子は呆れた。
だが。
ふと思い付いたようにスマートフォンを取り出す。
「もしかしてこんなの出来るんじゃないの?」
動画を再生する。
そこには格闘ゲームのキャラクターが映っていた。
目にも止まらぬ連撃。
さらに連撃。
そして最後。
目からビームを放って相手を吹き飛ばした。
雛はじっと見ている。
真剣だった。
「途中までならできるかな」
「途中まで?」
「最後の目からビームは無理」
「それ以外はできるって事!?」
道場主は必死に笑いを堪えていた。
◇
不意に道場の入口から声が響く。
「ごめんください」
雛が反応した。
「紫亜さんだ」
「お母さん?」
祥子が聞く。
「お手伝いさん兼、保護者」
「謎が増えたわ……」
祥子は額を押さえた。
◇
雛は立ち上がる。
「じゃあ、帰る」
そして道場主へ向き直った。
「ありがとうございました」
小さく頭を下げる。
道場主は満足そうに頷いた。
「また来なさい」
「はい」
「おっと、これを忘れていた」
道場主は一本の筒を差し出した。
雛が受け取る。
「免許皆伝証だ」
一瞬。
雛の表情が明るくなった。
「ありがとう」
口元が緩む。
祥子は思わず笑った。
本当に嬉しいらしい。
◇
道場の入口。
「雛様」
「紫亜さん」
紫亜が微笑む。
「早かったですかね?」
「ううん、ちょうど」
「それは良かったです。帰りましょうか」
雛は振り返った。
「祥子ちゃん、またね」
「今度は普通に遊びに来なさいよ!」
「ん?」
雛は首を傾げる。
今回も普通に来たつもりだった。
祥子は深いため息を吐く。
紫亜は小さく笑った。
「では、皆様ごきげんよう」
礼儀正しく頭を下げる。
門弟達も慌てて頭を下げた。
◇
山道を下る。
スポーツカーへ乗り込む。
走り出した車内。
「どうでしたか?」
紫亜が聞く。
雛は嬉しそうに筒を見せた。
「免許皆伝証もらった」
「とても嬉しそうですね」
「うん、嬉しい」
紫亜も微笑む。
「夏休みの目標、達成できた」
「それは何よりです」
◇
別荘へ到着する。
玄関ではジェームズが待っていた。
「お疲れ様でございました」
雛はすぐに筒を見せる。
「それは?」
「免許皆伝証」
ジェームズは目を丸くした。
思わず紫亜を見る。
紫亜は当然とばかりに頷いた。
ジェームズも納得したように頷く。
「それは大変喜ばしいですね」
「うん」
雛は滅多に見せない笑顔を浮かべた。
ジェームズも穏やかに笑う。
◇
「では雛様、そろそろ帰りましょうか」
紫亜が言う。
「ジェームズさん、またね」
「いつでもお待ちしております」
ジェームズは深々と頭を下げた。
◇
自宅へ向かうスポーツカー。
雛は窓の外を眺めていた。
「部屋に飾らないと」
「額縁は用意してありますよ」
「ありがとう」
少しだけ沈黙。
流れる景色を見ながら雛が呟く。
「美玲にも見せたいな……」
その声はどこか弾んでいた。




