第42話 皆伝
紫亜の運転するスポーツカーで別荘へ向かう。
別荘の前ではジェームズが待っていた。
「お待ちしておりました」
「出迎えご苦労様」
紫亜が微笑む。
「花火大会ぶり」
雛が言う。
「そうですね」
ジェームズも頷いた。
「あの時は驚いた」
「ほっほっ。喜んで頂けたなら幸いです」
上品に笑うジェームズ。
「昼食はすぐにご用意できますが、いかがいたしましょう?」
「雛様、どうしますか?」
紫亜が聞く。
「うん、食べる」
少し考える。
「ジェームズさんも一緒に食べよう」
「いえいえ私は……」
「雛様が仰っているのですから、ご一緒しなさいな」
紫亜が言う。
ジェームズは苦笑した。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
◇
別荘のリビング。
三人で昼食を囲んでいた。
「今回はどういった御用向きで?」
ジェームズが聞く。
「皆伝もらいに来た」
当然のように雛が答えた。
「寺院の道場よ」
紫亜が補足する。
ジェームズは目を細めた。
「名誉師範代はもらったから、次は皆伝もらう」
「それは楽しみですな」
◇
昼食後。
雛は玄関へ向かった。
「行ってきます」
「お送りしますよ」
紫亜が言う。
「準備運動に走ってく」
「お気をつけて。帰りはお迎えに行きますね」
「ありがとう」
雛は軽く手を振った。
◇
坂道を駆け上がっていく雛。
その背中を見送る。
「大丈夫なのですか?」
ジェームズが呟く。
「相手の事?」
紫亜が聞き返した。
「一度別荘に来られましたが、只者ではありませんでしたよ」
「まだまだ人を見る目を養わないと駄目ね」
「と、言いますと?」
紫亜は少し笑った。
「雛様を何度も見てるのに、そういう心配をしてるからよ」
ジェームズは沈黙した。
「……精進いたします」
深々と頭を下げる。
◇
山門までの坂道を駆け上がる。
やがて寺院へ到着した。
そのまま道場へ向かう。
扉を開いた。
「たのもー」
道場内の視線が一斉に集まる。
振り向いた祥子が固まった。
「へ?」
数秒停止。
「雛!?」
「皆伝もらいに来た」
胸を張る雛。
祥子は叫んだ。
「皆伝ー!?」
◇
「名誉師範代もらったから、次は皆伝」
当然のように言う雛。
祥子は頭を抱えた。
「あのねー……」
「師範代って言っても『名誉』よ!」
「それだけでも師範代より下なのに、皆伝なんてまだまだ先よ!」
雛は首を傾げた。
「師範倒してるけど?」
「ちょっと待ったー!」
門弟達が一斉に立ち上がる。
「何?」
雛は不思議そうだった。
師範代の一人が前へ出る。
「名誉師範代の賞状は、師範に触れることができた者に出しているのであって、倒した証ではない!」
「じゃあ、師範代倒せばいい?」
道場内が静まり返った。
◇
「ちょ、ちょっと二人共落ち着いてよ!」
祥子が慌てる。
「師範、止めないでください!」
師範代が前へ出た。
「身の程知らずに教えてやるだけです!」
祥子は額を押さえた。
「一応、止めたからね!」
「うん、やる」
雛は頷く。
◇
お互いに構えた。
引導流の構え。
道場中の視線が集まる。
「もー……」
祥子は深いため息を吐いた。
「始め!」
師範代が踏み込む。
鋭い突き。
だが雛は半歩だけ身体をずらした。
紙一重で回避。
次の瞬間。
鳩尾へ突きが入る。
「がっ――!?」
師範代の身体がくの字に曲がった。
そこから引導流の連撃が始まる。
崩れそうになる身体を制御しながら、次々と打撃が叩き込まれる。
倒れない。
倒れさせてもらえない。
完全な一方的展開だった。
◇
門弟達が言葉を失う。
師範代達も固まっていた。
祥子だけが頭を抱えている。
「うそ……」
目の前で繰り広げられる技。
見覚えがあった。
いや。
見覚えしかない。
「見ただけのはずなのに……」
祥子は震える声で呟く。
「なんで完璧にマスターしてるのよ!?」




