第39話 本題
更衣室で着替えを終えた四人は、プールサイドで合流した。
高山は雛の姿を見るなり、深々と頭を下げる。
「絡んじゃってすみませんでした!」
「気にしてないし、同級生だから敬語じゃなくていい」
高山は顔を上げた。
「ありがとう!」
そしてもう一度頭を下げる。
楸が苦笑した。
「だからお前は謝りすぎなんだよ」
◇
「俺はちょっと哀沢と話があるから、二人で泳いでてくれ」
楸が言った。
「わかりました」
高山は頷く。
「雛、あとでね!」
美玲が手を振った。
「うん」
雛も小さく手を振り返す。
◇
楸と雛はプールサイドのベンチへ移動した。
少し離れた場所では子供達がはしゃいでいる。
雛は隣に座った。
「話って?」
楸は少し考える。
「引導流ってなんだ?」
「名誉師範代になった」
「余計わかんねぇよ」
即答だった。
雛は少し考える。
「インドが起源の拳法」
「ほう」
「引導流の名前はインドラが由来」
「それを習ったのか?」
「闘ったら覚えた」
楸の思考が止まった。
「は……?」
「手加減に使えそうだから試してみた」
楸は額を押さえる。
「やっぱりお前、プロになれよ」
「……やめとく」
「向いてるぞ?」
雛は少し考える。
「ずっと手加減するのめんどくさい」
楸は吹き出した。
「女子高生の言うセリフじゃねぇな」
◇
流れるプール。
壁際に掴まりながら、美玲と高山が流れに身を任せていた。
「なあ」
高山が口を開く。
「なに?」
「哀沢さんって、なんであんなに強いんだ?」
美玲は少し考えた。
「私に分かるわけないでしょ」
「強さの次元が違う気がするんだよ……」
高山は遠い目になる。
あの日の連打を思い出した。
「それはそうかも」
美玲は苦笑する。
「あれでも手加減してるみたいよ?」
高山が固まった。
「……あれで!?」
「格闘技は趣味みたいだから、もう対戦する事はないと思うわよ?」
「もったいないな」
「雛が燃えるような相手が現れたら変わるかもだけど……」
美玲は少しだけ空を見る。
「私は今のままの雛でいてほしいかな」
高山が横を見る。
「心配なんだな」
美玲は笑った。
「親友だもん!」
◇
楸と雛が歩いてくる。
「待たせたな!」
「お待たせ」
「ううん!」
美玲は笑顔で手を振った。
雛は流れるプールを見る。
人々がゆっくり流されている。
しばらく眺める。
「面白い……」
「ああ、流れるプールっていうんだよ!」
美玲が説明した。
次の瞬間。
雛が迷いなく飛び込む。
「雛!?」
美玲が叫ぶ。
「哀沢!?」
楸も立ち上がった。
だが雛は流れに乗らない。
流れに逆らい、全力で泳ぎ始めた。
しかも速い。
とんでもなく速い。
周囲の利用客が次々と追い抜かれていく。
「雛ー!」
美玲が叫ぶ。
「逆だってー!!」
だが聞こえていない。
楽しそうだった。
「すげースピード……」
高山が呆然と呟く。
「そんな事じゃねぇだろ!」
楸が即座にツッコむ。
◇
少し離れた場所。
偶然視察に来ていた水泳協会関係者が、その光景を見ていた。
「……欲しい」
思わず呟く。
「オリンピック強化選手に欲しい……」
だが、その願いが叶うことはない。
雛は既に二周目へ突入していた。




