第37話 試し打ち
夕方。
雛のスマホが鳴った。
画面を見ると、楸からだった。
「もしもし」
『よう』
楸の声が聞こえる。
『突然だが明日時間あるか?』
雛は少し考えた。
「美玲と会うくらいかな」
『俺の後輩でプロ志望の奴がいるんだが、哀沢に会わせろってうるせぇんだわ』
「なんで?」
『たとえスパーでも、俺が負けたのが納得いかないんだと』
「闘いたいってこと?」
『そうは言ってないが、ぶっちゃけそうなんだろうな』
雛は少し考えた。
「自分が勝てない先輩が負けたのに、自分は勝てると思ってるの?」
『正論ぶつけてくるなよ……』
楸がため息を吐く。
「めんどくさい」
『一回会ってくれるだけでいいから! 頼むわ!』
「午後からなら」
『全然OK! よろしくな!』
電話が切れた。
◇
夕食の時間。
「紫亜さん」
「はい」
「明日、スパーリングするかも」
紫亜は食事の手を止めた。
「引導流を使ってみる良い機会ですね」
「いいかも」
雛は頷く。
「でも、力加減は必要ですよ?」
雛は少し考えた。
「……死ななければいいよね?」
「十分です」
話はまとまった。
◇
翌朝。
駅前。
美玲が手を振りながら駆け寄ってくる。
「お待たせー!」
「美玲、ちょっと付き合ってほしい所がある」
「どこ?」
雛は少し考えた。
「……て、訳で、楸先輩のジム」
「嫌な予感しかしないんだけど!?」
◇
楸の所属ジム。
リングの近くで楸が手を振った。
「来てくれたか!」
「来ました」
「私も一緒です!」
美玲も元気よく手を挙げる。
「それは全然OK」
楸は隣の青年を指差した。
「で、こいつが俺の後輩、高山」
高山が頭を下げる。
「よろしく」
「哀沢達と同い年だ」
「よろしくねー」
「……よろしく」
高山は真っ直ぐ雛を見る。
「哀沢さん、早速だけどスパーリングお願いしてもいいかな?」
「お前、会わせるだけっつったろ」
楸が呆れる。
だが高山は引かなかった。
「自分、納得してないんで」
雛は少し考える。
「いいよ。やろうか」
「いいの? 雛」
「手加減するし、試したいこともあるから」
美玲は嫌な予感しかしなかった。
◇
リング。
二人はオープンフィンガーグローブを着ける。
距離を取る。
ゴングが鳴った。
高山は慎重だった。
楸に勝ったことはない。
その楸が負けた相手。
油断などできるはずがない。
重心を落とす。
タックルの体勢。
その瞬間だった。
雛の拳が跳ね上がる。
すくい上げるようなアッパー。
高山の上体が浮いた。
「っ!?」
そこで終わらない。
拳。
掌打。
肘。
肩。
引導流の連打。
高山の体勢が崩れそうになる。
だが崩れない。
崩れさせてもらえない。
次の打撃。
さらに次。
さらに次。
高山は反撃どころか着地すら許されなかった。
◇
「なんだ?」
楸が眉をひそめる。
「あんなコンビネーション見たことねぇぞ!」
「あれって……」
美玲が呟く。
「知ってるのか?」
「引導流って拳法の技だと思います」
「引導流?」
楸が首を傾げる。
その会話の間にも、高山が雛に滅多打ちにされている。
引導流のコンビネーションで体勢をコントロールされ、倒れないように延々と連打される。
◇
「やべっ!」
楸が叫んだ。
「気絶してる!!」
高山は立ったまま白目を剥いていた。
「ゴング鳴らせ!」
「ゴングだ!!」
慌てて終了のゴングが鳴る。
全身打撲で崩れ落ちる高山。
◇
美玲が額を押さえた。
「雛……」
「いいかも」
「え?」
雛は倒れた高山を見る。
「引導流使ったら、あんまり手加減せずにやれる」
「そういう問題かなぁ……」
美玲は遠い目になった。
◇
楸が頭を下げる。
「高山には後日詫び入れさせるから、今日はここまででいいか?」
「うん」
「引導流のことも、その時聞かせてくれな!」
「分かった」
雛は頷く。
「美玲」
「ん?」
「アイス食べに行こう」
美玲は苦笑した。
「いいけどねー……」
二人はジムを後にした。




