第36話 帰宅
旅行最終日。
別荘の前に一台のスポーツカーが停まった。
運転席から降りてきたのは紫亜だった。
「お迎えに参りました」
雛は頷く。
「おはよう」
「おはようございます」
その様子を見ていた美玲が感心した。
「本当に迎えに来た」
「言ってあったから」
雛は当然のように答えた。
◇
荷物を積み込んでいると、ジェームズがスポーツカーへ近付いた。
「相変わらず見事な車ですな」
紫亜が微笑む。
「ありがとう」
ジェームズは車体を眺めた。
「スポーツカーも良いとは思いますが、ジープも楽しいですよ?」
紫亜は小さく頷く。
「ジープの良さは理解してるわ」
「でも、市販のでは物足りないのよ……」
どこか遠くを見るような目だった。
ジェームズは苦笑する。
「カスタムされてもよろしいかと」
「カスタムしてもね……」
さらに遠い目になる。
その隣で。
雛も同じような目をしていた。
美玲が首を傾げる。
「分からない世界ね」
車好き同士にしか通じない話だった。
◇
準備が終わる。
紫亜がドアを開いた。
「では、参りましょうか」
そしてジェームズを見る。
「ジェームズ、あとはお願いね」
「かしこまりました」
ジェームズは優雅に一礼した。
美玲も慌てて頭を下げる。
「お世話になりました!」
「またお越しください」
穏やかな笑顔だった。
◇
スポーツカーが走り出す。
速い。
とにかく速い。
景色が次々と後ろへ流れていく。
美玲は窓の外を見ながら顔を引き攣らせた。
「速すぎない?」
「いつもこんな感じ」
雛は平然としている。
「慣れてるの!?」
「うん」
美玲はそれ以上考えるのをやめた。
◇
あっという間に美玲の家へ到着した。
「ありがとうございました!」
美玲が頭を下げる。
「また明日ね」
雛が言う。
美玲は笑顔で手を振った。
「連絡するね!」
「うん」
スポーツカーは再び走り出した。
◇
夕方。
自宅。
荷物を置いた雛へ、紫亜が声をかける。
「旅行はいかがでしたか?」
「楽しかった」
即答だった。
紫亜も少し嬉しそうに微笑む。
「それは何よりです」
そして続ける。
「何か変わった事は?」
雛は少し考えた。
「名誉師範代になった」
「はい?」
雛は鞄から賞状を取り出した。
紫亜が受け取る。
静かに眺める。
「引導流名誉師範代」
「珍しい拳法ですね」
賞状を返しながら言った。
雛は頷く。
「覚えたからもう使える」
「普通の試合などに使うとよろしいかと」
「そうする」
雛は頷いた。
こうして少し長い夏の旅行は終わりを迎えた。




