第23話 保護者面談
放課後。
華薗学園の校門前に一台の高級スポーツカーが停まった。
周囲の生徒達が思わず振り返る。
「すご……」
「何あれ……」
ざわめきが広がる中、運転席のドアが開いた。
降りてきたのは紫亜だった。
その瞬間。
「お待ちしておりました」
校長が深々と頭を下げた。
生徒達が固まる。
教師達も固まる。
美玲は二度見した。
「なんで校長先生が出迎えてるの!?」
雛は首を傾げる。
「珍しいの?」
「珍しいよ!?」
美玲は即答した。
楸もその様子を見ていた。
「ただの保護者じゃないとは思っていたが……」
思わず呟く。
一方で体育教師とボクシング部顧問は、何となく嫌な予感を覚えていた。
本当に何となく。
だが踏み込んではいけない場所へ踏み込んだような感覚があった。
校長は自ら紫亜を応接室まで案内する。
「では、ごゆっくり」
一礼すると、そのまま校長室へ戻っていった。
残されたのは体育教師、ボクシング部顧問、楸、紫亜、雛、そして美玲だった。
美玲だけは既に帰りたい気分だった。
「では本題ですが」
体育教師が口を開く。
「哀沢さんは絶対にオリンピックを目指すべきです!」
力説だった。
「彼女の才能は本物です!」
ボクシング部顧問も続く。
「オリンピックを目指すならボクシングが最適です!」
「総合格闘技向きだと思いますよ?」
楸も口を挟む。
三人とも本気だった。
だが紫亜は静かだった。
反論もしない。
否定もしない。
ただ雛を見る。
「雛様はどうしたいと思っているのですか?」
全員の視線が集まった。
雛は少し考える。
「んー」
そして。
「……めんどくせぇ」
紫亜が硬直した。
本当に一瞬だけ。
だが確かに硬直した。
雛は気付いている。
だから少しだけ満足そうだった。
「まだ入学して間もないですし」
紫亜は穏やかに微笑む。
「しばらくは雛様の自主性に任せてもよいのではないかと」
優しい声だった。
だが。
ボクシング部顧問は寒気を覚えた。
楸も同じだった。
理由は分からない。
ただ、これ以上押してはいけない。
そんな気がした。
「でも、今から始めないと――」
体育教師が言いかける。
紫亜は微笑んだまま視線を向けた。
「もう一度言わないと駄目でしょうか……?」
応接室が静まり返る。
体育教師もようやく気付いた。
自分は今、絶対に逆らってはいけない相手を説得しようとしているのではないかと。
「い、いえ」
体育教師は咳払いをした。
「そうですね!」
「本人の自主性に任せましょう!」
方向転換は驚くほど早かった。
面談は終了した。
紫亜は立ち上がり、深々と頭を下げる。
「では、これからも雛様を宜しくお願いいたしますね」
完璧な保護者だった。
誰も反論できない。
校門前。
高級スポーツカーの前で紫亜が振り返る。
「雛様」
「ん?」
「夕食までにはお帰りくださいね」
「うん」
雛は素直に頷いた。
紫亜は満足そうに微笑む。
そして車へ乗り込み、静かに走り去っていった。
その場に残された者達は誰も喋らない。
体育教師。
ボクシング部顧問。
楸。
三人とも黙ったままだった。
美玲だけが小さく呟く。
「やっぱり……」
応接室の空気は、最後まで凍ったままだった。




