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第22話 勧誘


 翌日。


 職員室には体育教師の興奮した声が響いていた。


「逸材だ!」


 机を叩きながら結果表を掲げる。


「見ろ! 哀沢雛だ!」


「とんでもないぞ!」


 周囲の教師達は迷惑そうな顔をしているが、本人は気にしていない。


「百メートルなら世界記録も夢じゃない!」


「オリンピックだ!」


「日本の未来だ!」


 完全に舞い上がっていた。


「今、哀沢と言ったか?」


 職員室の入口から声が掛かる。


 振り向くと、そこにはボクシング部顧問が立っていた。


「そうだ!」


「一年の哀沢雛だ!」


 体育教師は勢いよく結果表を差し出す。


 ボクシング部顧問は目を通し、小さく頷いた。


「やはりか」


「知っているのか?」


「体験入部の話を聞いていた」


「部長からな」


「一年の有望株が一撃で倒されたらしい」


 体育教師が目を丸くする。


「は?」


「最初は盛っていると思った」


「だが、この結果を見る限り本当だったようだ」


 そう言って結果表を返した。


「ボクシングだな」


「は?」


「ボクシングだ」


 即答だった。


「オリンピックに出るならボクシングだろう」


 体育教師の顔が引き攣る。


「陸上だろ!」


「ボクシングだ!」


「百メートルだ!」


「金メダルだ!」


「こっちも金メダルだ!」


 二人の言い争いはあっという間に白熱した。


 その時、職員室の前を通り掛かった楸優作が足を止める。


 中の様子を見て、小さく息を吐いた。


「あー……」


 嫌な予感しかしなかった。


「楸!」


 体育教師が指差す。


「お前も言ってやれ!」


「哀沢は陸上だよな!?」


 楸は少しだけ考えた。


「いや」


「総合格闘技です」


 職員室が静まり返る。


「は?」


「何言ってる?」


 体育教師が聞き返す。


 楸は肩を竦めた。


「うちのジム来てもらった方がいいです」


「絶対向いてるんで」


「陸上だ!」


「ボクシングだ!」


「総合格闘技です」


 三者三様。


 誰も譲らない。


 結局、その場での結論は出なかった。



 放課後。


 一年生の教室では、雛と美玲が帰り支度をしていた。


「今日の晩ご飯なんだろ」


「そこ?」


 美玲が呆れたように返す。


 その時、教室の扉が開いた。


 体育教師。


 ボクシング部顧問。


 楸。


 三人が揃って教室へ入ってくる。


「哀沢!」


「はい?」


 雛は首を傾げた。


「オリンピックを目指さないか!」


 体育教師が言う。


「ボクシングだ!」


 ボクシング部顧問が続く。


「総合格闘技やれ」


 楸も負けていない。


 雛は少し考えた。


「オリンピックって何ですか?」


 三人とも固まった。


「知らないのか?」


 体育教師が思わず聞き返す。


「名前は聞いたことあります」


 雛は素直に答えた。


「神に捧げる祭典ですよね」


 再び沈黙が落ちる。


 体育教師が額を押さえた。


「内容知らないのに、何故起源を知ってるんだ……?」


 美玲も呆れた顔になる。


「そこ知ってて競技知らない人初めて見た……」


 体育教師は咳払いをした。


「今はスポーツの大会だ」


「へー……」


 雛は頷く。


 よく分かっていない。


 ボクシング部顧問が補足した。


「つまり世界一を決める大会だ」


 楸も続ける。


「勝ったら有名になる」


 雛は少し考えた。


 そして。


「興味ないです」


 三人とも固まった。


 美玲だけが納得した顔をしている。


 そうなるだろうと思っていた。


 その時、体育教師が何かを思いついたように声を上げた。


「そうだ!」


「一度、保護者の方と話をさせてくれ!」


 ボクシング部顧問も大きく頷く。


「ぜひ頼む!」


「才能を埋もれさせるのは惜しい!」


 雛は首を傾げた。


「いいですけど……」


 その返事を聞いた美玲は額を押さえる。


「嫌な予感しかしない……」


 雛は意味が分からず、ただ不思議そうな顔をしていた。


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