第2話 自己紹介
入学式には間に合わなかった。
華薗学園へ到着した時には、既に新入生達が体育館から戻ってきていたからだ。
「やっちゃったな……」
校門の前で小さく呟く。
だが落ち込んでいる暇はない。
ホームルームにはまだ間に合うらしい。
雛は案内板を確認しながら校舎へ向かった。
一年A組。
教室を見つけると、一度深呼吸をして扉を開く。
「失礼します」
一斉に視線が集まった。
少しだけ居心地が悪い。
教壇に立っていた男性教師が名簿を確認する。
「お、来たか」
三十代後半くらいの教師だった。
「哀沢雛だな」
「はい」
「席は一番前の窓側だ」
「分かりました」
軽く頭を下げ、指定された席へ向かう。
その姿をクラスメイト達が見ていた。
黒髪の姫カット。
整った顔立ち。
そして近寄り難い雰囲気。
入学式に遅れてきたことも相まって、自然と教室の空気がざわつく。
だが雛は気付いていなかった。
席へ座ると教師が教壇を軽く叩いた。
「改めて始めるぞ」
名簿を閉じる。
「担任の黒崎恒一だ。一年間よろしく頼む」
拍手が起こる。
黒崎は頷いた。
「まずは自己紹介だな。名前と趣味を言ってくれ。出席番号順でいくぞ」
そして最前列を見る。
「一番。哀沢」
雛は立ち上がった。
少しだけ緊張する。
こういう場は慣れていない。
「哀沢雛」
教室が静かになる。
「趣味は格闘技」
静寂が続く。
「よろしく……」
着席した。
何故か周囲が静かだった。
雛は少し不安になる。
何か変だっただろうか。
だが誰も何も言わない。
自己紹介はそのまま続いていった。
◇
神崎美玲は前の席を見ていた。
綺麗な子だった。
格闘技が趣味というのも珍しい。
少し怖そうだけど気になる。
そんな印象だった。
◇
黒崎恒一は名簿へ視線を落とした。
哀沢雛。
趣味は格闘技。
そして入学式に遅刻。
まだ何も起きていない。
だが何となく嫌な予感がした。
教師としての勘だった。
◇
ホームルームは予定通り終わった。
教科書の配布。
校則の説明。
明日からの連絡事項。
初日だからそれだけだった。
雛が教科書を鞄へ入れていると、後ろから声が掛かる。
「あの!」
振り返る。
ショートヘアの女子生徒だった。
人懐っこそうな笑顔を浮かべている。
「神崎美玲! 同じクラス!」
「うん」
「一緒に帰らない?」
少し驚いた。
だが断る理由もない。
「いいけど」
「やった!」
美玲は嬉しそうに笑った。
◇
二人は並んで歩いていた。
「格闘技やってるんだよね?」
「うん」
「何やってるの?」
「色々」
「色々?」
「色々」
美玲は思わず笑う。
よく分からない。
だが悪い人ではなさそうだった。
「中学どこだったの?」
「行ってない」
美玲の足が止まった。
「え?」
雛も立ち止まる。
「え?」
「行ってないって?」
「そのまま」
「じゃあ小学校は?」
「行ってない」
「ええっ!?」
本気で驚いていた。
雛は少し困る。
そんなに驚くことだろうか。
「今日が初めて」
「何が?」
「学校」
美玲は固まった。
数秒後。
「マジで?」
「マジ」
「学校って初めてなの!?」
「うん」
あっさり頷く。
美玲は頭を抱えた。
そんな人初めて見た。
「じゃあ勉強どうしてたの?」
「家」
「誰に教わったの?」
「おじさん」
「家庭教師?」
「分からない」
「分からないの!?」
会話するたびに謎が増えていく。
だが不思議と嫌な感じはしない。
むしろ面白かった。
「友達とかいた?」
「友達?」
「うん」
雛は少し考える。
「分からない」
「分からない?」
「一緒に鍛えてた人はいた」
「同い年?」
「違う」
「何歳?」
「二十代とか三十代とか」
美玲は再び固まった。
そして。
「やっぱり変だよ!」
思わず叫ぶ。
雛は首を傾げた。
「そう?」
「そう!」
即答だった。
雛にはよく分からない。
だが。
美玲も少し変な人だと思う。
神崎美玲は思う。
この子は不思議だ。
哀沢雛は思う。
この子はよく驚く。
二人の高校生活は、こうして始まった。




