第16話 考察
その日の夜。
美玲は自室の机に向かっていた。
学校の課題は終わっている。
風呂も入った。
後は寝るだけ。
それなのに何となく眠れない。
理由は分かっていた。
雛だ。
今日一日で得た情報を思い返し、美玲は頭を抱えた。
「分かんない……」
思わず呟く。
机の上には紫亜から持たされた手土産が置かれていた。
焼き菓子。
ケーキ。
量がおかしい。
友達の家へ遊びに行っただけなのに、お歳暮みたいになっている。
母親も驚いていた。
『すごいお家の子なのねぇ』
そう言っていた。
美玲も同感だった。
ただ。
何がどうすごいのか説明できない。
資産家の保護者。
世界中を飛び回る父親。
一緒に仕事をするおじさん。
異常に強い雛。
全部聞いた。
なのに何も分からない。
「普通、もっと情報出るでしょ……」
ベッドへ倒れ込みながら今日の会話を思い返す。
『お父さんってどんな人?』
『強い』
『他には?』
『優しい』
『他には?』
『厳しい』
意味が分からない。
人物紹介になっていなかった。
だが一つだけ分かったことがある。
雛は父親が好きなのだ。
おじさんのことも。
紫亜のことも。
話す時の表情が自然だった。
だからきっと。
良い人達なのだろう。
「まあ」
美玲は天井を見上げた。
「雛だしなぁ……」
結局そこへ落ち着く。
考えるだけ無駄な気がした。
◇
一方その頃。
楸はジムに残っていた。
練習は終わっている。
それでも帰る気になれなかった。
軽くサンドバッグを叩きながら考え事をしている。
頭に浮かぶのは一人だけ。
哀沢雛。
高校一年生。
身長百七十センチ。
格闘技経験はほぼ無い。
本人はそう言っていた。
だが。
「あり得ねぇ」
思わず呟く。
競技格闘技じゃない。
あれはもっと別の何かだ。
距離感。
身体操作。
重心移動。
技そのものよりも基礎がおかしい。
そして何より。
最後の一撃。
今でも鮮明に思い出せる。
拳が触れた。
本当にそれだけだった。
なのに意識を刈り取られた。
「何なんだよ、あれ……」
プロとして断言できる。
あれは総合格闘技じゃない。
ボクシングでもない。
空手でもない。
柔道でもない。
少なくとも楸の知る格闘技ではなかった。
そこで思い出す。
『ちゃんと教わった訳じゃないんで』
雛の言葉。
楸は思わず笑った。
「教わってねぇ奴が使える技じゃねぇだろ……」
考えれば考えるほど意味が分からない。
だが不思議と嫌ではなかった。
むしろ面白い。
久しぶりだった。
こんな人間に会ったのは。
「面白ぇな」
もう一度呟き、サンドバッグへ拳を打ち込む。
◇
その日の夜。
雛はリビングのソファに座っていた。
向かいでは紫亜が紅茶を飲んでいる。
「紫亜さん」
「はい」
「美玲、また来てくれるかな」
紫亜は少しだけ微笑んだ。
「私たちに悪い印象を持った様子はありませんでしたので、大丈夫かと」
「そっか」
雛は少し安心する。
人生で初めて出来た友達だ。
出来れば仲良くしたい。
そう思っている。
「きっとまた来てくださいますよ」
「うん」
雛は素直に頷いた。
そして、ふと思い出したように紫亜を見る。
「次はやりすぎないでね?」
紫亜は真顔で頷いた。
「承知しております」
即答だった。
だが。
前回も同じ返事だった気がする。
雛はじっと紫亜を見る。
当の本人は穏やかに紅茶を飲んでいた。
全く反省しているようには見えない。
(不安だ……)
雛は小さく息を吐いた。




