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第11話 プロの世界


 その日の夕食後。


 雛はリビングのソファへ座りながら紫亜を見た。


「紫亜さん」


「はい」


 紫亜は食後の紅茶を口に運びながら返事をする。


「先輩に声かけられた」


 紫亜は一瞬だけ考えた。


 そして真顔で頷く。


「恋バナですか?」


「……違う」


 即答ではなかった。


 だから余計に面白い。


 紫亜は小さく笑った。


「冗談ですよ」


 雛は少しだけ不満そうな顔になる。


 からかわれた気がした。


「プロの総合格闘家やってる先輩から、うちのジム来ないかって」


 その言葉に紫亜は表情を改めた。


 今度は真面目な話だと理解する。


「いいと思いますけど……」


「けど?」


 雛が身を乗り出す。


 紫亜は少し考えてから答えた。


「プロだからと言って、使える技は一緒ですよ?」


 雛が固まった。


「えーーー……?」


 本気で残念そうだった。


 紫亜は思わず苦笑する。


「相手は殺そうと思ってないんですから」


「……そっか」


 雛は肩を落とした。


 言われてみればその通りだった。


 プロ格闘家は強い。


 だが人間であることに変わりはない。


 急に使える技が増えるわけではなかった。


「ですが」


 紫亜が続ける。


 雛は顔を上げた。


「部活より安全面には配慮しているでしょうから、間違いは起きにくいと思います」


「間違い?」


「雛様がうっかり相手を壊してしまうことです」


「壊さないよ」


 雛は不満そうだった。


 だが紫亜は何も言わない。


 総合格闘技部のエース。


 空手部員。


 ボクシング部員。


 柔道部員。


 思い浮かぶ顔が多すぎた。


「興味があるなら行ってみてはどうですか?」


 紫亜は穏やかに言った。


 雛は少し考える。


 総合格闘技のジム。


 プロの世界。


 興味はある。


 かなりある。


「行ってみようかな」


 その答えに紫亜は満足そうに微笑んだ。



 翌日。


 放課後になると、楸優作は約束通り教室の前で待っていた。


 雛が姿を見せる。


「先輩」


「ん?」


「行きます」


 楸は一瞬だけ目を丸くした。


「ジム」


「ああ」


 すぐに理解する。


 そして小さく笑った。


「そうか」


「はい」


「じゃあ今日行くか」


「今日?」


「どうせなら早い方がいいだろ」


 雛は少し考えた。


 特に問題は無い。


「分かりました」


 楸は頷く。



「本当に行くんだ」


 隣で美玲が感心したように言う。


「うん」


「まあ、雛なら行くか」


 美玲は苦笑した。


 むしろ行かない方が不自然だった。


 格闘技の話になると雛は行動が早い。


 ここ数日でよく分かっている。



 三人は学校を出た。


 駅前を抜け、商店街を通り過ぎる。


 夕方の街は人通りも多く、どこか活気があった。


 楸は先頭を歩き、雛と美玲がその後ろを付いていく。


 しばらく歩いたところで楸が足を止めた。


「ここ」


 雛は顔を上げる。


 そこには大きな建物があった。


 ガラス張りの入口。


 掲げられた看板。


 中から聞こえてくるサンドバッグを叩く音。


 学校の部活とは明らかに雰囲気が違う。


 一目で分かった。


 ここは競技として戦う人達の場所だ。


 楸は扉へ手を掛けた。


「行くぞ」


 雛は無言で頷く。


 その目には少しだけ期待が浮かんでいた。

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