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第10話 楸優作


 華薗学園には有名人が居る。


 楸優作。


 二年生。


 現役プロ総合格闘家。


 戦績六戦六勝。


 チャンピオンではない。


 だが負けたこともない。


 格闘技へ興味がある生徒なら知らない者はいなかった。



 昼休み。


 楸は総合格闘技部の後輩から妙な話を聞いていた。


「一年?」


「はい」


「エース倒した?」


「倒しました」


 楸は黙る。


 意味が分からない。


 総合格闘技部のエースは弱くない。


 少なくとも初心者がどうこうできる相手ではなかった。


「本当か?」


「本当です」


 後輩は真顔だった。


「女子です」


「なおさら意味分かんねぇな」


 楸は笑う。


 だが後輩は笑わなかった。



 放課後。


 楸は総合格闘技部の道場を訪れていた。


「本当にやられたんですか?」


 部長はため息を吐く。


「やられた」


「エースが?」


「一撃で」


 楸は少し眉を上げた。


「どうやって?」


「タックルだと思った」


 部長は昨日を思い出す。


「全員そう思った」


「違った?」


「ハイキックだった」


 楸は黙る。


「見切れなかったんですか?」


「分かってても無理だったと思う」


 部長は即答した。


 実際に見た人間の言葉だった。



 翌日。


 楸は空手部へ顔を出した。


「一年の女子?」


 空手部部長は苦笑する。


「聞いたか」


「本当ですか?」


「本当」


「どうやって?」


「ミドルだと思ったらハイキックだった」


 楸は少し考える。


 それだけなら珍しくない。


 だが。


「一撃?」


「一撃」


 楸は何も言わなかった。



 次はボクシング部だった。


「見えなかった」


 ボクシング部部長の第一声だった。


「何がです?」


「パンチ」


 真顔だった。


「踏み込んだのは見えた」


「はい」


「次に見えた時には当たってた」


 楸は少しだけ興味を持った。



 最後は柔道部だった。


「女子の重量級が吹っ飛んだ」


「吹っ飛んだ?」


「綺麗に一回転した」


 柔道部部長は遠い目をしている。


「しかも本人が」


 苦笑する。


「まだ一本じゃないですよね?」


 真似をする。


 楸は思わず吹き出した。


「何ですかそれ」


「俺もそう思う」



 帰り際。


 楸は校舎を見上げた。


 四つの部活。


 話の内容は違う。


 だが共通していた。


 誰も大袈裟に話していない。


 誰も冗談で言っていない。


 そして全員が困惑している。


 実力を測れなかったからだ。


「面白いな」


 楸は笑った。



 翌日の放課後。


 雛と美玲は教室を出ようとしていた。


 その時だった。


「哀沢」


 呼び止められる。


 振り返ると、一人の男子生徒が立っていた。


 背は高い。


 鍛えられた身体。


 落ち着いた雰囲気。


 美玲が目を見開く。


「あ」


 雛は首を傾げた。


「知ってる人?」


「知らないの?」


 逆に驚かれた。


「楸優作先輩」


「有名なの?」


「めちゃくちゃ有名」


 美玲は即答した。


「現役プロ総合格闘家」


 雛の目が少し動く。


「プロ?」


「戦績六戦六勝」


 美玲がそう説明すると、楸は少し困ったように笑った。


「紹介ありがとう」


 そして雛を見る。


「楸優作。二年」


「哀沢雛です」


 雛は頭を下げた。


 楸は頷く。


 少しだけ雛を観察する。


 そして本題へ入った。


「今度、うちのジム来ない?」


 雛は首を傾げた。


「ジム?」


「総合格闘技の」


 その言葉に雛の目が少しだけ動く。


 興味はある。


 かなりある。


 だが。


「帰って相談してみます」


 即答だった。


 楸は少し驚いた顔をする。


「親が厳しい?」


「そんな感じです」


 実際には少し違う。


 ただ雛にとって紫亜へ相談するのは当たり前だった。


 楸は笑う。


「分かった」


 そして背を向けた。


「返事はいつでもいい」


 そう言い残して去っていく。


 雛はその背中を見送った。


 総合格闘技のジム。


 少し気になる。


 かなり気になる。


「行くの?」


 美玲が聞く。


 雛は少し考えた。


「分からない」


 そう答えたものの、その表情は少しだけ楽しそうだった。

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