第10話 楸優作
華薗学園には有名人が居る。
楸優作。
二年生。
現役プロ総合格闘家。
戦績六戦六勝。
チャンピオンではない。
だが負けたこともない。
格闘技へ興味がある生徒なら知らない者はいなかった。
◇
昼休み。
楸は総合格闘技部の後輩から妙な話を聞いていた。
「一年?」
「はい」
「エース倒した?」
「倒しました」
楸は黙る。
意味が分からない。
総合格闘技部のエースは弱くない。
少なくとも初心者がどうこうできる相手ではなかった。
「本当か?」
「本当です」
後輩は真顔だった。
「女子です」
「なおさら意味分かんねぇな」
楸は笑う。
だが後輩は笑わなかった。
◇
放課後。
楸は総合格闘技部の道場を訪れていた。
「本当にやられたんですか?」
部長はため息を吐く。
「やられた」
「エースが?」
「一撃で」
楸は少し眉を上げた。
「どうやって?」
「タックルだと思った」
部長は昨日を思い出す。
「全員そう思った」
「違った?」
「ハイキックだった」
楸は黙る。
「見切れなかったんですか?」
「分かってても無理だったと思う」
部長は即答した。
実際に見た人間の言葉だった。
◇
翌日。
楸は空手部へ顔を出した。
「一年の女子?」
空手部部長は苦笑する。
「聞いたか」
「本当ですか?」
「本当」
「どうやって?」
「ミドルだと思ったらハイキックだった」
楸は少し考える。
それだけなら珍しくない。
だが。
「一撃?」
「一撃」
楸は何も言わなかった。
◇
次はボクシング部だった。
「見えなかった」
ボクシング部部長の第一声だった。
「何がです?」
「パンチ」
真顔だった。
「踏み込んだのは見えた」
「はい」
「次に見えた時には当たってた」
楸は少しだけ興味を持った。
◇
最後は柔道部だった。
「女子の重量級が吹っ飛んだ」
「吹っ飛んだ?」
「綺麗に一回転した」
柔道部部長は遠い目をしている。
「しかも本人が」
苦笑する。
「まだ一本じゃないですよね?」
真似をする。
楸は思わず吹き出した。
「何ですかそれ」
「俺もそう思う」
◇
帰り際。
楸は校舎を見上げた。
四つの部活。
話の内容は違う。
だが共通していた。
誰も大袈裟に話していない。
誰も冗談で言っていない。
そして全員が困惑している。
実力を測れなかったからだ。
「面白いな」
楸は笑った。
◇
翌日の放課後。
雛と美玲は教室を出ようとしていた。
その時だった。
「哀沢」
呼び止められる。
振り返ると、一人の男子生徒が立っていた。
背は高い。
鍛えられた身体。
落ち着いた雰囲気。
美玲が目を見開く。
「あ」
雛は首を傾げた。
「知ってる人?」
「知らないの?」
逆に驚かれた。
「楸優作先輩」
「有名なの?」
「めちゃくちゃ有名」
美玲は即答した。
「現役プロ総合格闘家」
雛の目が少し動く。
「プロ?」
「戦績六戦六勝」
美玲がそう説明すると、楸は少し困ったように笑った。
「紹介ありがとう」
そして雛を見る。
「楸優作。二年」
「哀沢雛です」
雛は頭を下げた。
楸は頷く。
少しだけ雛を観察する。
そして本題へ入った。
「今度、うちのジム来ない?」
雛は首を傾げた。
「ジム?」
「総合格闘技の」
その言葉に雛の目が少しだけ動く。
興味はある。
かなりある。
だが。
「帰って相談してみます」
即答だった。
楸は少し驚いた顔をする。
「親が厳しい?」
「そんな感じです」
実際には少し違う。
ただ雛にとって紫亜へ相談するのは当たり前だった。
楸は笑う。
「分かった」
そして背を向けた。
「返事はいつでもいい」
そう言い残して去っていく。
雛はその背中を見送った。
総合格闘技のジム。
少し気になる。
かなり気になる。
「行くの?」
美玲が聞く。
雛は少し考えた。
「分からない」
そう答えたものの、その表情は少しだけ楽しそうだった。




