第100話 退屈
大陸武術研究部での部活を終え、雛は帰宅した。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
紫亜が穏やかな笑みで迎える。
雛はリビングのソファへ腰を下ろし、大きくため息を吐いた。
紫亜は紅茶を雛の前へ置くと、自らも向かいに座る。
「何かございましたか?」
「大陸武術研究部で、美玲が意外な才能に目覚めた」
「それは喜ばしいことですね」
「うん」
「では、何故ため息を?」
雛は少し考え込むように紅茶を見つめた。
「紫亜さん」
「はい」
「普通の学校生活って何だろう?」
「勉強や部活、友人との交流を楽しむのが、一般的な学校生活ではありますね」
「そっか」
「そういう意味では、雛様は普通の学校生活を送っておられると思われますが、何か足りない物が?」
「ううん」
紫亜は静かに雛を見つめる。
「……もしかして、飽きてきましたか?」
「……そうなのかも」
紫亜は紅茶を一口飲み、しばらく思案した。
「雛様が望むのであれば、いつでも環境を変える事はできますよ」
「お父さんとおじさんに会いたいな……」
「会うことはできませんが、元いた環境に近い場所に身を置く事はできます」
「そうなの?」
「この世界にも、紛争の続いている国はありますし、陰謀や闘争の絶えない社会もあります」
「うん」
「ですが、そういう世界から離れて、普通に学校に通ってみたいと願ったのは雛様です」
「そうだけど……」
「私は雛様の望みを叶えるために動くだけです。学校をしばらく休学して、一定の期間だけ行く事も可能ですよ?」
「そうすると、美玲達と一緒に過ごせなくなる」
「まだ学校生活に未練があるのなら、今のままでよろしいかと」
「うん……」
「今すぐ決められなくても大丈夫ですので、その気になった時は、いつでも仰ってくださいね」
紫亜は優しく微笑んだ。
「わかった」
◇
翌日の華薗学園の昼休み。
いつもの五人に季和実淳子を加えた六人で弁当を広げているが、雛の弁当は六人で食べるために四段重ねの重箱になっている。
重箱の蓋が開いた瞬間、楸が思わず目を見開いた。
「なんだ、この豪華な弁当は!」
美玲も重箱を覗き込み、驚いたように雛を見る。
「どうしたの? 雛」
仁は思わず身を乗り出した。
「師匠、豪華すぎます!」
姫奈は目を輝かせながら尋ねる。
「本当にいただいてよろしいんですの?」
淳子も驚きを隠せなかった。
「お弁当に金華ハムとか、初めて見たんだけど!?」
雛は皆を見渡し、小さく微笑む。
「みんな食べて」
「みんなで食べたかったから、いっぱい作ってもらった」
豪華な料理に驚きながらも、五人は笑顔で箸を伸ばす。
賑やかな昼休み。
その様子を、雛は満足げな微笑みを浮かべながら見つめていた。
食後、淳子が楽しそうに口を開く。
「今日は部活は休みにして、みんなで駅前のゲームスポットに行かない?」
美玲も賛成するように頷く。
「ゲームだけじゃなく、ボウリングやアスレチックなんかもある所ですよね」
楸も笑って腕を組んだ。
「息抜きにちょうどいいな」
姫奈は胸を張る。
「お姉様にいい所をお見せしますわ!」
仁も嬉しそうに頷いた。
「いいですね!」
雛も自然と笑みを浮かべる。
「楽しみ」
◇
そして放課後。
六人はゲームスポットで様々な遊びを楽しんだ。
ボウリング。
エアホッケー。
アスレチック。
何をやっても雛が一番だったが、皆それを当たり前のように受け入れていた。
◇
駅前に立つ六人。
淳子が大きく伸びをしながら笑う。
「哀沢さんに一度も勝てなかったけど、楽しかったー!」
美玲も満足そうに微笑む。
「みんないい勝負でしたよ!」
楸は苦笑しながら美玲を見る。
「神崎がエアホッケー上手いのは驚きだったけどな」
仁も感心したように続けた。
「打つ方向を全部読まれてるようでしたね」
姫奈は不思議そうに首を傾げる。
「気を読まれたのですか?」
美玲は照れ笑いを浮かべた。
「そんな感じかな?」
雛は素直に頷く。
「美玲すごかった」
「えへへっ」
雛は五人を見渡す。
「じゃあ、さよなら」
小さく手を振る。
楸も軽く手を挙げた。
「おう、また明日な」
淳子も笑顔で応える。
「明日は部活やるわよ!」
仁は頭を下げた。
「師匠、失礼します!」
姫奈も元気よく手を振る。
「お姉様、また明日!」
雛は振り向くことなく歩き出した。
その後ろ姿を見つめながら、美玲がぽつりと呟く。
「雛……?」
姫奈が美玲を見る。
「神崎先輩?」
楸も不思議そうに声を掛けた。
「どうした神崎?」
美玲は歩いていく雛から目を離さない。
「なんか、雛が遠くに行っちゃうような気がして……」
淳子は苦笑する。
「気のせいじゃない?」
仁も優しく微笑んだ。
「親友に何も言わずに、どこにも行く訳ないですよ」
美玲は自分に言い聞かせるように笑う。
「そう……だよね!」
◇
帰宅する雛。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
紫亜が静かに迎える。
雛は短く告げた。
「全部済んだ」
紫亜は小さく頷く。
「かしこまりました」
◇
その日の深夜、雛の居る国全域に、季節外れの雪が降った。




