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次の日曜日、真由の誕生日を祝うために四人は『feuilles』に集まった。先日、ライブ終了後すぐに帰ってしまった佳奈と万里子を交えて再びライブの感想会となった。それぞれにお気に入りの曲があり、それが演奏されると最も興奮するらしい。今回もいいライブだったねと盛り上がっていたところ、急に美樹が真由を見て「オークションで定価のチケット見つけた、落札してもいい?」と期待いっぱいの目で訊ねてきた。「ほんまに定価?」といくらか疑いの真由に「値段釣りあがるほど人気でもないんじゃない、まだ」と佳奈が加勢する。「明日、仕事休めるか確認してメールする」と真由が参加に前向きなことを言うと心底嬉しそうに「やった!」と美樹は満面の笑みを弾けさせた。
コース料理が終わると、バースデイケーキがテーブルに運ばれた。チョコレートと生クリームを封じられたシェフの今夜の力作はふわふわシフォンケーキ。ブルーベリーなど甘酸っぱいフルーツがカスタードクリームでトッピングされている。三人が「おめでとう」と小さな拍手で祝ってくれた。万里子が「真由も毎年私らにお祝いされずにいい加減彼氏に祝ってもらいなよ」と何気なく言うと、ケーキを切り分けていたウェイトレスがあれっという風に顔をあげ「この前彼氏さんと来られましたよね」と笑顔で真由を見た。「ええっ!」と見事に三人の驚きの声が合唱した。「すごくいい感じねって厨房で言ってたんですよ」とさらに冷やかす。「ちょっと、誰よ?」「いつの間に?」「どんな人?」口々に興味津々の顔で真由に詰め寄った。「違う、あの人彼氏じゃないです」とパタパタと手を振って仕草でも否定しつつウェイトレスにそう言うと、彼女は慌てて申し訳なさそうに「ごめんなさい、余計なこと言っちゃって」と謝った。それでも「いい雰囲気やったんでしょ?」と佳奈に訊ねるられると「とっても」と素直に答えて真由を慌てさせた。「違う、ほんまにただの友達やねん、ほら、前に美樹が見た人。あの晩ここへ来てん」と救いを求めるつもりでそう言ったのに「あ、手つないで歩いてた人か」とぽろっと美樹が言葉をこぼしてしまい「それを言ってしまうのか」と真由はがっくりとうなだれた。「手つないでたってそれ彼氏やん」「だから違うんやって」とつい先日美樹と交わしたと同じ応酬を今度は佳奈相手にしばし繰り広げたが、真由がだんだん返事に疲れてきたのを察すると美樹が「ほんまに違うらしい。私もかなり尋問したけどきっぱり否定やった」とようやく助け舟を出してくれた。こんなときでも、万里子はゆったりと静かに笑って三人のやりとりを見ている。真由はあらためて、万里子のこういう落ち着いた雰囲気がほっと寛げて好きだなあなどと内心思っていた。
翌日勤務表を確認すると、ファイナルの日は通常勤務だし、その前後も通常勤務で当直はない。それならファイナルの当日だけ休みを取れば、当日東京へ行き、夜行バスで帰ってきて翌日は仕事に出られる。当直なら誰かに代わりをお願いしなければならないが、それをせずに済むようだし当直が前後にないから体力的にも楽である。チケットが手に入るなら行ってもいいかなと昼休み、美樹にメールしておいた。「絶対に定価かそれ以下で落札すること。該当のオークションのページを自分のパソコンの方へメールしておくこと」と追記しておいた。翌日の夜には「このオークションで落札したよ」と早速オークションサイトのURLが送られてきた。一階席連番を定価落札で終了したオークションだった。美樹がオークションで使用しているIDまで知らないのでその落札者が本当に美樹かどうか確認する術はなかったが、彼女を信用するしかなかった。数日後、制服姿の美樹からチケットを受け取った。ファイナルの日まで会えそうになかったので、真由の仕事が休みの日、美樹の昼休みの時刻に会社の近くまで出かけてランチがてらチケットを受け取ったのだった。ライブ当日に待ち合わせて新幹線で東京へ出ることは意見が一致したが、美樹は「私は東京に泊まって次の日新幹線で帰る。夜行バスで帰ってそのまま仕事なんて体力私にはないわ」と帰路は別行動を取ることになった。「新幹線の時刻はどうする?迷ったらあかんし早めに行って東京でお昼ご飯食べようか。帰って時刻表見てメールする」と約束して別れた。帰宅するとすぐにネットで東京に昼頃に着く新幹線の時刻を調べ、美樹にメールした。美樹と二人、きゃっきゃと騒ぎながら東京へ行くのもなんだか楽しそうだなと思った。神戸でJAMANIAのライブを楽しんだ夜は、その興奮よりも自分が有薗に愛されていない悲しさに打ちひしがれていたが、こうしてファイナルに行くことになるとまた楽しい気持ちにもなり、またある決意に踏ん切りもつき、ようやく有薗と約束した手紙を書く気になった。昼間だったし車の音や子どもたちが騒ぐ声もしていたから、思い切って真由は『message』をスピーカーからかけていた。音楽もまた真由の気持ちを軽くするのを手伝っていた。なんとなく、自分がJAMANIAのライブに行くことは彼に知らせておきたくて有薗に宛てて「東京でのファイナルに行きます。楽しみができました」とメールした。手を洗って気持ちを新たにすると、万年筆にインクを入れ、インクが出るまでさらさらと意味のない線を書いて試し書きをしてみた。驚くほどそのボディは真由の手にしっくりと馴染んだ。「MAYU」の刻印も嬉しい。少し目を閉じて、神戸でのライブを思い出してみた。ステージを所狭しと走り回り煽りまくるかと思えばソロで極めてみせるKOUの若々しいギター、とてつもなく温かで柔らかなどこかほっとする太田のキーボード、冴え冴えと透き通るような増岡のトランペット、耳に心地よく響く大人の低音が色気さえ感じさせる渋い伊藤のテナーサックス、タイトなくせに力強い清水のドラム、そして胸を震わせるように底から響いてくるSONOのベース。サポートメンバーのパーカッションが打ち鳴らすリズムも小気味良く、スライドをくるくる振り回して踊っていたトロンボーンはつい笑みがこぼれるほどに楽しかった。MCでメンバーが話した声。増岡の澄んだボーカル。「ああ、とても言葉じゃ書けないっ」真由はそう声に出して悩んだ。JAMANIAの魅力も、自分ががどれほど彼らの音楽を大好きかということも、とても言葉に書ききれない。散々悩んだ挙句、真由はそれを正直に書くことにした。
《JAMANIAの皆様
生まれて初めてファンレターというものを書きます。
私がJAMANIAに出会ってもう何年になるでしょう。まだデビューする前、小さなライブハウスで演奏するあなたたちに偶然出会い、すっかり魅了されてしまいました。以来、すっかりとりこです。JAMANIAの音楽は常に変化し続け、膨張し続ける。まるで宇宙です。変化もまた、大きな魅力。とても言葉に表せないほどJAMANIAの魅力は無限です。
五月二十四日の大阪、二十七日の神戸でのライブに行きました。KOUさん、伊藤さん、お誕生日おめでとう!
ライブってどうしてあんなにわくわくしてドキドキして楽しいのでしょう?毎回驚かされます。二時間があっという間で、いつも「もっともっとやってほしい、朝まででもやってほしい」と勝手なことを望んでしまいます。
私はJAMANIAの演奏を生で楽しめる今の時代に生まれたことがとても嬉しい。
JAMANIAが存在すること、素敵な音楽を奏でてくれること、それを支えるたくさんの方がいらっしゃることに感謝します。本当にありがとう。
これからの躍進を信じ、応援し続けます。活躍を楽しみにしています。》
読み返してみるとたまらなく恥ずかしかった。文章も拙いし、文字も下手糞でどうしようもない。よほど丸めて捨ててしまおうと思ったが、と言って推敲を重ねて極上のファンレターを書けるわけでもなし、今更悪筆がどうにかなるでなし、何より初めてこのペンで書いた手紙であるし、と自分を納得させた。ライブ会場でもらったファンクラブの案内を見ながら封筒に宛名を書き、裏に自分の住所と氏名を記すと、便箋を折りたたんで入れ、封をした。気が変わらないうちに思い切ってポストに投函してしまおうとマンションを出て、すぐ近くのポストにぽとんと手紙を入れた。




