先輩、わたしの眼を見て言ってください! 1
かわいくねーし!で主人公だった瑞希ちゃんのお兄さん回です!
安心してください、今回はちゃんとラブコメだぜ…b
「堀川先輩、明日の夕方とか予定空いてますか?」
夏休み中の部活の帰りの事だ。
空手部の練習場と更衣室の戸締りを終えて職員室に鍵を戻しに行ったところで俺は後輩に呼び留められたのだった。
振り返れば、そこには声の主である人相の悪い女の子がいた。
名前は箕面香奈枝、部活の一年生の後輩だった。
やや毛先に癖のある跳ね上がったセミロングの髪をして、まるで獲物を射抜く様な視線をこちらに向けてきている。
とってもかわいらしい顔をしているのは間違いないのだが、とても恐ろしい鋭い目つきをしているのがいけない。
以前から可愛いなあと思ってニヤニヤしながら箕面さんを眺めていたのは事実なのだが、ある時からとても恐ろしい顔で俺を睨み返してくるようになったので、俺は以後視線を合わせるのをやめた。
ちなみに。
彼女に従う様に、という訳でもないのだろうが、同じ部活の後輩女子たちもニヤニヤと面白がっている顔でふたりほど香奈枝の後ろに立ってこっちを向いている。ふたりはちょっとギャルっぽい感じの服装をした後輩ちゃんたちだった。
「せ、先輩と言うのは俺の事かな箕面さん?」
もしかすると俺が以前からニヤニヤしながら視線を向けていた事に付いて、抗議をされるのかもしれないと俺は覚悟した。
むしろちょっとチャラそうなギャルのお友達を連れているので、このままシめられてしまうのかもしれない。
「他に誰がいるんですか、先輩しかいないじゃないですか。顔を見てお返事してくださいよ」
他人であります様にと心の中で祈ったけれど、残念ながら相手は俺だったらしい。
「か、顔を見て!? 明日だよね?」
「そうです明日の予定ですねですね」
その箕面香奈枝がぶすりとした顔で腕組みして、俺の事を見上げているのだった。
「どうなんですか先輩ぃ?」
「どうせ部活以外にやる事もないし、明日も当然暇してるんですよね堀川先輩ぃ?」
香奈枝の連れた後輩女子たちふたりも、面白がっている様にはやし立てて来る。
もしかすると俺は明日この後輩たちに処刑されてしまうのかと急に不安になったので、ありもしない予定を咄嗟にでっち上げて、お断りの言葉を口にする事にする。
「あ、明日はちょっと予定があるかな。うん個人的に忙しいんだ」
けれどもそれが不味かった。
「予定ですか? 本当ですか」
不機嫌だったその顔が、ますます色濃く不快さを増して睨み付けて来る箕面香奈枝にビビリまくって、俺は二歩も三歩も後ずさりしてしまうのである。
「本当です。明日は妹とお出かけしないといけない日なので、残念ながら予定は開いていません」
「じゃあ明日は家にずっといないって事なんですね」
「そ、そういう事になるかな?」
もういいだろ、許してくれよという気分になりながら、俺はペコペコと頭を下げて後輩女子たちの間をすり抜ける。
すれ違いざまにチラリと香奈枝の表情を観察すると、どす黒い顔をして俯いた彼女の唇がわずかに動くのを目撃してしまった。
「そうですか、不在に……」
とんでもない話だが、まさか空手女子高生の集団が自宅を襲撃してくるのではないかと一瞬だけ恐怖した。
何しろ俺は子供の頃から空手を続けていたが、一向に昇段審査に受かる気配すらないほど下手くその、万年茶帯男だ。
喧嘩も争い事も、口論すらも苦手な人間なのである……。
これ以上関わっていたら、さらに彼女の機嫌を損ねて本当に自宅襲撃されかねないので、逃げる様に俺はその場を立ち去った。
◆
俺は堀川大夢という、とても夢が広がりんぐな名前をしている。
どういうつもりでこんな大仰な名前を両親が付けたのかはわからないが、恐らく空手をやっていた父親が、俺をK-1選手か空手チャンプにでもするつもりでこんな名前にしたのだ。
事実、妹の瑞希にもオメデタイ漢字が充てられていて、兄妹揃って子供の頃から空手の稽古を父親に強要されていたからな。
ハッキリ言ってこれは強要だった。
妹はどうやら空手をする事が当たり前の生活の一部になっている節が感じられたけれど、親父や瑞希ほど運動神経がすぐれておらず、どちらかと言えば体も硬い人間だった俺は、子供の試合に出ても必ず一回戦負けをする程度に下手糞だった。
けれども、高校生になって他にもまともに出来る部活動もないし(特に球技は大の苦手だった)、ついつい何も考えずに入部したのが空手部だったのである。
今は高校三年で、この夏休みが終われば部活も引退だ。
夏の終わりに昇段審査があるので最後のチャンスと思って何とか黒帯を、初段をと思っていたけれど、どうやら無理そうだ。
どうも昇段審査に挑むと緊張からか、ついつい空手の型が頭の中からスッポリと忘れ去られて軽いパニックになってしまうのだ。
残念ながら俺は高校卒業と同時に、空手も卒業しようと思っている。
縁が無かった、運が無かったと思って諦めるしかない。しょうがないね!




