表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コ・イ・ノ・カ・タ・ス・ミ  作者: わしこ
クローズユアアイズ
28/48

クローズユアアイズ 5

 あの一件以来、小夜とは顔も合わせていない。


 まさか桃色だったな、などと軽口を言ってのけるほど文太郎は下種ではなかったし、そもそもがおくてである。

 しかし人生には覚悟の時というのはあって、今がさしずめ、その時であるのだろう。今日がイヴの日、ルミエルに出かける日だった。


「待たせたか?」


 夕方六時、嬉しそうな顔をした宇奈月新平が、仏頂面の文太郎に声をかけた。


「俺も今来た」

「可愛い子ちゃん達は?」

「まだだ」


 みもふたもない言い分に、ちょっとガッカリとした顔をする新平だった。直ぐにも寒空に風が吹き抜けて、ぶるりと身を震わせる新平。


「小夜ちゃん、最近会ってないからなー。可愛くなったんじゃね?」

「気安くちゃん付けで呼ぶなよ」

「もう彼氏気取りか?」


 嫌な顔をして、からかう新平を睨みつける文太郎だった。しかしそんな言葉を、まさか自分が口にするものとは、と文太郎本人もおおいに驚きを隠せなかった。


――俺、どうしたんだろう。


 少し意識しすぎで、おかしくなったのじゃないかと思う。それくらいに自分でも驚いた。

 二人の待ちぼうけている大野市黄金町のバス亭前。ガードレールにもたれ掛かっていた新平が、どっかとベンチに座す文太郎の隣りに腰を吸える。


「それにしても遅いや。楽しみなんだがな」


 天を仰いで新平が言った。


「ん、何かあったんか」


 浮かない顔をしてるぞ、と続けるのである。文太郎はいや、と否定して見せたが、何しろ女の子とイヴを過す初めての経験である。実の事を言えばデート臭いこのシチュエーションそのものが初めてで、内心に大喜びするのが健全なる男児の姿だろう。


 でも、浮かない顔は否めない。

 やはり小夜に会った時、桃色事件について、なんと釈明しようかと悩ましげな心境が、文太郎をそうさせているのだ。


「文先輩、宇奈月先輩」


 不意に、声がした。

 声の主は桑田香苗という一級下だった女である。小夜と香苗、二人は並んで文太郎達を見やっていた。

 小さく小夜がお待たせ、と言った。

 小夜の外見はロングの長髪に細い顔立ちの印象だった。その顔立ちは目元のくっきりとした感じで、下唇が少し厚い。それに比べるならば丸々とした顔の香苗の印象は対照的といえて、背も、どちらかというと女性にしては長身の小夜ならば、香苗は小さな少女的な印象だった。


 どちらも、歳に相応しいだけの愛らしさを備えていて、それが冬のファッションによって映えている。

 トレンチコートの下から少しだけ見えるミニに、ブラウンのタイツとブーツ。ふわふわとした毛糸のマフーラーの小夜。


 香苗はやはり対照的で、スカジャンにミニだった。頭は帽子を被っていて、それにスニーカーとマフラーである。タートルネックのとっくりが、マフラーの狭間から僅かに見え隠れする。

 同い年とはいえ、小夜が女性的らしい格好というなら、香苗はボーイッシュと括れるだろうか。そんな事を瞬時に、振り返った文太郎が思った。


「遅い遅い。聞いてなかったけど、今日のお相手は香苗ちゃんかー」


 馴れ馴れしい言い草で、宇奈月新平が立ち上がった。


「それはこっちのセリフよ。宇奈月先輩が来てるからびっくりよ」


 不吉な微笑をして、香苗が言った。

 それをまた、うんうん、といった具合で頷き返す新平も変だった。何か浮いている。

 文太郎はしどろもどろの具合で、ちらりと小夜を見ると声を書けた。


「ぃよう」

「……どもッ」


 夜もうつ向き加減で、チラと文太郎を伺うに留まる。

 事前の約束では、男ども二人の自転車で、市役所前の商店街に行く事になっていた。当然二人乗りで、分乗して出かける事になる。

 さてどちらがどちらに、とはならなかった。

 何でかと言うと、さっさと香苗は、新平の自転車の後部荷台にまたがってしまったからである。


「何してるんですか文先輩、早くしないと人いっぱいになっちゃうんだから」

「お、おう」


 文太郎が自転車にまたがると、遠慮がちに小夜がそれに従った。


「文先輩、失礼します」


 その言葉を聞いて、文太郎は少しガッカリした。

 やっぱり、パンツを見てしまった事がまずかったのだろうかと後悔する。いつもは他人行儀に振舞ったからといって、文ちゃん、文兄ちゃんと呼んでくれていた。それとも人の前だからか。


 考えても仕方ない事で、もう今をどう過すかよりも、ルミエルを見に行く事だけに集中すると、考えを改めた。


「さあさあ、行こうぜッ!」


 二台の自転車が走り始めた。

 吹き付ける風が冷たかった。自転車が駆け出すと、それが強くなる。

 すると小夜が、腕を文太郎の細げた胸あたりに回してしがみ付いた。地面は凍りがちなこの頃だったから、極力運転には注意を払う。


 どうしてもそれが、ふらりふらりしたものになって、横掛けの小夜は少しばかりびくりとして、また一層しがみ付くのであった。


――何と、胸が背にまとわり付く!


 複雑な心境だった。こういう事を期待して、新平は自転車で行こうと言い出したのだが。これがまた複雑なのである。

 パンツと合わせ考えるなら、今の文太郎は罪深い心境だったのだ。


「文ちゃん」

「――ん」


 唐突に耳元で、小夜が囁いた。


「見たでしょ?」

「……ん、うん」


 動揺していた。何といって返そうか解らず、結局はそうだと肯定してしまった。


「でもわざとじゃないぞ。視界に小夜が入ってきて、桃色パンツをお披露目したんだぜ。でも、……すまん」


 風に吹かれるから、文太郎のする弁明の最後のあたりは、風音にまぎれて消えていた。


「ピンクって言ってよね。もぅ」


 寒風のためか、はたまた気恥ずかしさの故か、どうにも頬を赤らめる小夜が、ぐっと文太郎の背に顔を押し付けた。

 何だか、嬉しく思う瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ