クローズユアアイズ 6
大野市の本町商店街が催したクリスマス期間のイルミネーション点灯を、ルミエルという。
これが、とんでもない出来損ないだった。商店街の寂れたアーケードそのものが僅か三百メートルという具合で、本場の神戸のものに比べれば規模も内容もあったものじゃなかった。
ただ商店街の主催した大人たちは妙に乗り気で、莫迦みたいにはしゃいでいた。
見物の客は、冷めたものだった。
遠く見ていれば確かに圧巻のものを瞬間だけ感じるのだが、近付くにつれ、なんとも貧相な出来というか詐欺まがいな宣伝文句に落胆するのである。
しかしそんな事、二人と二人。男女で四人の若者達には、どうでも良かったのかもしれない。
何でと言えば、それはこうだからだろう。
案外に上手いもので、新平は香苗を連れて、行方が解らなくなってしまった。
「あれ……」
不意に消えてしまった前方の二人組に、声を漏らした文太郎。
「おい新平達がそこの角曲がった後わからなくなったぞ」
「……」
「待つか?」
自転車を停めた文太郎は、小夜を振り返った。
うん、と小さく小夜が頷きを返す。
どれだけ出来損ないといったところで、商店街はこのクリスマスシーズンに向けて大々的に市内で宣伝してきた。それに今宵はイヴである。とにかく人の数だけは多かった。
真面目にあの二人を探すのは、諦めた方がいいかもしれない。そう思ったのは十分ほど経過した時だった。
さすがにジッとしていると、この時期は寒さが体の芯にまで広がる。
「仕方ないな、先に並んでいよう。もしか、あいつ等はもう列にいるかもしれないしなー」
取り残された文太郎は、仕方が無く、自転車を停めてイルミネーションのアーチを潜りながら進む列に並ぶ。この上迷子にならないように、と小夜をしょっちゅうに振り返った。
ここではぐれてしまったら、文太郎は莫迦である。
そんな思いは小夜もあったのか、自然と二人は、列に並ぶ頃に手を繋いでいた。とてもそれは自然だった。
自然だったから気が付いて、てき面に驚いた文太郎は手を離そうとしてしまった。
「……小夜、お前」
小夜は、その手を強く握り返していた。
「文ちゃん、あのね」
この夜の小夜は、あまりにも大胆だった。
十二月の初め、小川の向こうに見た小夜は大人だった。
暫くまじまじと見ることの無かった彼女は、文太郎などに見向きもしていない印象に感じた。
どうだろう。今宵は聖夜だ、何かの奇跡か魔法かが掛かって、その小夜の印象を変えてしまったのかもしれない。
それだけではない、いまズキズキと鼓動をならす心臓に、文太郎は悟っていた。小夜の事が好きだと言う自分の心内に。
これは初めての思いで耐えられない緊張感と供に内在する安心感、期待感もあった。
手を握る事が、これほど心地よく思えるのだと。初めて知った。
「香苗も、宇奈月先輩も帰ってこないのよ」
か細く、消える声で小夜が言い放った。
少しずつ進む観覧の列は、玩具のような具合にしか見えない光の門の下をくぐりつつあった。イルミネーション・ロードのはじまりである。
莫迦にしてみたものの、ここにまで近付くと、やっぱり莫迦にできない思いも出てきた。
「どういう事だよ」
恐る恐る、文太郎が返す。
小夜は答えなかった。だが文太郎は何と無しに察した。やはりあの二人は二人で、よろしくやっているのだろうか。
「まぁ、いいか。じゃあ楽しもうぜ」
そういっても、たた三百メートルだしなぁと苦笑をひとつ浮かべると、二人はそのまま無言になった。
◆
イルミネーションのアーチを抜けて、三百メートルのルミエルは終った。
自転車を取りに行っても見かけない新平達に、呆れた顔で文太郎が、仕方が無いなと苦笑する。少しぎこちなく。
「お腹空いちゃったね」
ぼそりと、小夜が小声で言った。
「俺達だけで、飯にするか」
「青葉町のファミレス、あそこなら少し離れてるから空いてると思うよ?」
文太郎が返事を返すと、言葉を連ねる小夜。文太郎はうーんと少しの間考えた挙句、結局は新平達はもういいだろうと答えを下した。
「……行くか」
「いいよ」
さっきまで大胆に手など握っていた小夜だったのに、もう萎れてしまった花のように、元気が無い。
自転車が走り出して、どうにか文太郎にしがみ付いてみせるのが精一杯で、また二人に無言の静寂が訪れるのかと思った。
それから暫く県道を走る。少しして黄金町に差し掛かり、この一つ向こうが青葉町というところだった。
「停めて、文ちゃん」
小夜が言った。突然に言うものだから、驚きのままにブレーキを握って、自転車が慌てざまに止まった。
「落っこちそうなっちゃった」
「おい、どうしたんだよ」
文太郎が腰を回して振り返る。荷台から飛び降りた小夜が一歩、二歩と歩いた後振り返った。
「ちょっと暗くて怖いから。自転車、押して行かない?」
「解った」
いや、そうだな。と文太郎が続ける。さっきからフラフラしながら走ってたし、暗いから氷張った水溜りに入ったら、いつかの小夜みたいにこけてしまう。
笑った文太郎は、思わずに小夜を小突いた。
小突いて、それからあっとして手を引っ込めた。少し前までの文太郎と小夜の間柄では考えられない慣れ慣れしさで、むしろずっと昔にこんな関係だったのを思い起こした。
取り繕って、自転車を推し進める。
ここは夕方、待ち合わせをしていたバス亭だった。
少し後ろに小夜が続いて、小さく声を上げた。
「あの、ね。聞いて欲しいの」
何をだろうかと文太郎は思う。
「進路、決まったんだ」
「そうか。進学か、おっおめでとう……」




