水着なんていらない! 4
水着なんていらない! この回で終わりです。
水着の代わりに、瑞希は黒のタンクトップを着用した。
これなら透けても悪目立ちする事はないだろうという彼女なりの配慮だけれど、それを見ていた茜が「どうせならスカートも着ければいいわ」といいだした。
「こんな格好で水遊びしてたらおかしいだろっ」
「そんな事はないわ。これが海ならちょっとおかしいかもしれないけれど、わたしたちは湖畔にいるのよ湖畔。海とは違うのよ海とは」
「理由がよくわからねーけど」
「細かいことは気にしたらまけよ!」
「うううぅ~」
「だいたい。あなた達、付き合ってもう一年になるんでしょう」
「ああそうだよ。夏休みに入る前、ちょうど一周年記念にデートしたからな。ガサツなあたしでも覚えてる」
「それだったら、もう色々やっちゃった後なんでしょ? 今さらちょっと下着が透けて見えただの、体のラインがくっきり出てしまったので、いちいち驚くようなことはないでしょう」
「な、何を急に言い出すんだ。キスはしたし、手もつないだけど、あとちょっと……」
「あとちょっと何かしら」
「……ちょっとだけ色々とあるけど、そっそれとこれは別問題だろう!」
もごもごと言葉を濁らせつつ、最後は顔を真っ赤にして抗議するけれど、
「減るもんじゃないのよ。さあ行った行った」
そう言ってあかねは瑞希を送り出した。
☆
夏まっさかりの湖畔は、太陽の照り返しも強くて、立っているだけでじんわりと汗ばんでくる。
そんな中で合宿から一時的に開放された生徒たちがはしゃいでいる。
体の大きさは立派になりつつあって、女子たちの少しばかり大胆な水着は、年頃の男子たちにも適度な刺激を与えてくれた。
そんな中、瑞希は恋人の輝夫を探してうろうろとしていた。
どうやら瑞希だけでなく水着を持ってきていない生徒たちも数名いたようだ。
特に真面目そうな生徒達はだいたい私服姿のまま、実習室で涼をとっていたり、合宿所周辺の木陰でぼんやりとしているらしかった。
輝夫の性格はいかにも生真面目という感じではあるけれど、空手一筋で男っ気がまるでなかった瑞希に告白をする程度には社交性がある。
運動部ではなく文化系の吹奏楽部出身だけど、付き合いだしてから体育の時間に彼を観察している限りでは、ひとなみに運動もできる様だった。だから、輝夫が水着を持ってきているかどうかは瑞希としても想像が出来なかった。
友達たちに声をかけられたりしながら湖畔の砂浜を歩きながら、瑞希はなおも考えを巡らせる。
生真面目で、用意周到な輝夫の事である。もしかすると今回の事――水着はないけれど、砂浜に瑞希が誘うような場合を考えて、いちおう水着を用意してきたという事は考えられないだろうか。
「やっぱ輝夫も、あたしの水着を期待してるんかな……」
だったら、ちゃんと時間があるときに水着を選んで用意しておくべきだった。
あまりに模試の成績が悪すぎたので、そんな事にまで頭が回っていなかったのだけども……。
ふと、そんな事をひとりごちながら湖畔にせり出した桟橋をみやったところ、そこには海水パンツ一丁で数名の男子たちが釣りをしている姿を見つけたのだ。
男子たちの中に輝夫がいた。普段かけているメガネはしておらず、ちょっとだけ普段の雰囲気と違うのが新鮮だった。
「あ、瑞希さん」
瑞希が自分から声をかけるよりも早く、輝夫は彼女の姿に気が付いたのか手を挙げた。
輝夫は桟橋の上で釣りをしていた友人達にひと声かけて、瑞希の方へ駆け出してくる。
「輝夫もやっぱり水着を持ってきてたのか」
「中休みの日で自由時間があるって聞いてたし、せっかく湖のそばにある合宿所に来るって事だったからね」
「そうかぁ」
やっぱりみんなそういう思惑は持っていたのか。そんな風に思って瑞希は落胆した。
「あ、あたしは持ってきてなかったけどな」
「でもその格好はとっても可愛いですよ」
「そ、そうか……」
瑞希がそう返すと、輝夫は彼女をさりげなく誘うようにその場を離れた。
「いきなり声をかけて邪魔じゃなかったか?」
「いや、瑞希さんが声をかけてくれるかと、僕も密かに期待してたし。だからちょうどよかった」
「うん、そうか。そうだな」
「だから気にせず一緒に遊ぼうね」
「もちろんだ……」
☆
そんな光景をやきもきとしながら眺めていた茜。
「ああもう、見ていられないわ。あれじゃまるで小学生の恋愛ごっこじゃないの」
砂浜からほんの少しだけ離れた石畳から親友達を、水着姿の少女がオペラスコープで観察する姿は異様な光景であるけれど、当の本人である茜はそんなことを気にしてもいなかった。
「もうちょっと頑張れ、仏光寺君。そうよ、もっと水際の方に引っ張って行って。そこよ水をかけるのよ!」
首からかけたオペラスコープを放して、茜が興奮気味に言う。
「よし、水をかけるのよ! ふふふっ、それでいいわ……」
☆
ふたりだけの空間になって、自然と砂浜に打ち上げるさざなみのそばまで足を運んでいた。
ビーチボールも浮き輪も、何も遊ぶものがあるわけじゃない。
けれども三年生の夏の思い出に、こうして湖の畔で輝夫と過ごせるだけでも、瑞希にとっては素敵な思い出だ。
「水が気持ちいいな」
瑞希は湖面に足をつけて、そんな言葉を発した。
「本当だ、もし受験生じゃなかったらふたりだけでもっとゆっくり回れたのにね」
「そ、そうだな。来年ちゃと大学に合格したら、もう一度ふたりでちゃんと来たいかも……」
「うん。それまではもう少しの辛抱だ」
輝夫がそう返した瞬間に、ふたりはちょうど見詰め合う格好になった。
「お、おう」
そう返事とともに瑞希の顔は朱色に染まっていく。
この場のちょっとしたラブラブの空間が出来上がったものの、その周辺には勉強合宿に参加した同級生たちがいる。
そんな風に思うと急に緊張感が増してきた瑞希は、たまらずにその空気を切り裂こうと湖面の水を両手ではじくように、輝夫へとかけた。
「わっ、何するんだ瑞希さん」
「だだだって、恥ずかしいじゃねえか。そんなこと真顔で言われたら!」
逆ギレもいいところだけど言い返した瑞希に、普段の真面目な表情をいたずらっぽく崩した輝夫がやり返す。
「わっ!」
「はははっおかえしだよ」
「やったなー!」
ふたりはだんだんと盛り上がるようにして水をかけ合う。
楽しくなってくると、ちょっとぐらい水しぶきを被ったところで、瑞希は気にもならなくなった。
うん、水着なんてなくったって十分に楽しい。親友の茜が言った事は本当だった。
――勉強合宿は大変だったけれど、来てよかった。
瑞希はそんな風に改めて思ったのだ。
けれど次の瞬間。
バシャリと大きく水をすくった輝夫。瑞希はその水しぶきを頭から盛大にかぶってしまった。
「あ……」
「な、なにすんだよぅ」
ちょっとだけ情けない声で瑞希は声を返した。
「ご、ごめん瑞希さん。ちょっとやりすぎたかな……?」
まさに冷や水をあびせられたように、ふたりは急激に冷静になる。
空手で鍛えあげた引き締まった肢体が、水をたっぷりと含んだタンクトップのせいで浮かび上がった。
スパッツも水気を含んだせいと陽の光で、妙な黒光りを浮かび上がらせるような具合になっている。
「ちょっとセクシーな瑞希さんもかわいいよ……」
「あ、ありがとう……」
一瞬、とまどってそんな返事をかえしてしまった瑞希だったけれど、冷静になって考えた瞬間に叫び飛ばした。
「かわいいとか言うなっ!」




