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レイチェルの態度がおかしい。

俺のことを意識しているようだ、と気付いてから口元がにやけた。

記憶を取り戻す糸口はまだ見つからない。最近は初対面に戻ったように、近づけば固まり、逆毛を立てた子猫のように警戒心を覗かせる。

普通ならそれを不服なり不快に思うところなのだろうが、それが懐かしくもあり新鮮に感じるのは俺が少々性格が歪んでいるからだろうか。

レイチェルはうまく素直に振る舞えないことに沈んでいるようだったが、俺にはそこもどうしようもなく可愛いと思った。

彼女が他の奴に目移りしないか不安はあれど俺の気持ちは冷めることはない。


「お兄様は結局のところお姉さまだったらなんでもよろしいのだと思いますわ」


サフィーに白い目で見られながら、俺は頷いた。


「記憶を失ったといってもレイチェルはレイチェルだ」


関係が恋人からお友達に戻っただけで、性格や行動原理はレイチェルのままだった。


「それは思いますわ。お姉さまったら全く変わらないんですもの」


サフィーに同意した。

一つだけ腑に落ちないことはある。

どうして俺に関することだけ忘れてしまったのか。それだけが納得いかない。

とはいえ、忘れてしまったものはどうしようもないから、また好きになってもらうしかない。

彼女の唇の甘さが忘れられない。涼やかな声で愛称を呼ばれたい。また柔らかく笑いかけてほしい。

一方で当面は無理なのもわかっていた。引きつった笑顔で石化するのが悲しいかな。俺たちの関係の現状だ。


「気分転換になっただろうか?」


「なったのではありませんの?最近思い出せないことに罪悪感を感じて塞ぎ込んでおられましたものね。実際婚約者のことだけ思い出せないのはストレスだと思いますわよ」


「一体誰が、何のために」とサフィーは唇を噛んだ。

そもそも都合よく俺のことだけ忘れるなんて精神的物理的ショックで可能なのだろうか。前回のことは俺が全面的に悪かったと反省している。しかし、今回の件に関して言うなら直前までのレイチェルとの関係はすこぶる良好だった。

しかもレイモンドは知らないという。

レイチェルとの会話の何かを隠しているようで余裕ある笑みを浮かべていたが、二度と会わせてやるもんかと心に決めた。いくら旧友でも彼女を傷つける友人は論外だ。俺は彼女を二度と泣かせないと誓ったのだ。


「やっぱり、二、三発殴っておけばよかった」


レイチェルの旧友のよしみで何とか堪えたが、後悔している。


「お兄様。何を見ていますの?」


掌の上でカフスを転がしているとサフィーが覗きこんできた。

これは亡き王兄殿下に与えられた紋章とのことだった。亡くなったはずの殿下と元宰相の関係を想像して背筋が寒くなった。

王弟殿下の追加調査によれば、王兄殿下の墓から見つかった毛髪は銀髪ではなかったらしい。弔われた遺体が別人だったというのは大問題だし、何より。


「サフィーはおばけ屋敷を知ってるか?」


「なんですの?」


「とある悪徳貴族の屋敷に踏み込んだんだ」


「まぁ」


「何年も手入れしてないようだった。蜘蛛の巣が張って、埃が積もっていて。灯の油なんて切れていて。雨漏りで床板は腐っていた」


屋根の隙間から陽の光が差し込んで床に溜まった水溜りの光を反射した。そこに宰相がいた形跡はなかった。


「ありえませんわね。空き家でしたの?」


「そんなはずがない。宰相はそこから出仕していることになっていたんだ。じゃあ彼は一体どこに住んでいたのか?」


離宮に違いない、と目星をつけた。あそこは限られた人間と王族以外は立ち入りできない。しかし、現王も王弟殿下も離宮を忌み嫌っていた。あそこは。


「離宮は前王の居住地だったけど嫌われていたから誰も寄り付かない。匿うならそこか。あとは」


王族なら別荘も沢山あるだろうと踏んだ。避暑地の何個かを隠れ家にしていたのかもしれない。


「お兄様。何のお話?」


「可愛いレイチェルを泣かせた奴に会いに行く話だよ。ちゃんと挨拶しないとね」


俺は口元を歪ませた。

サフィーが口元をひくつかせた。


「怒ってますの?」


「当たり前だろう?危うく死にかけて助かったと思ったら今度は記憶喪失だ。悪意しか感じない」


俺に対する、と付け加えた。


「逆恨みですのね?」


「逆に何の恨みがレイチェルにあるのか聞きたいのは俺の方だ。彼女の不運の大半に彼は関わっている」


三年前の飢饉の時困窮したのだって、最近ヴィッツ伯爵の取引に不渡りが出そうになったのだってそうだ。全部元宰相閣下が関わっていた。

だが、動機がわからない。レイチェルは彼に目の敵にされ怨まれるようなことをしたのだろうか。


「昼間の話はそういうことだったのですわね」


不運が立て続けに起これば必然、という話をサフィーは言っているのだろう。


「お姉さまには?」


「言わない。三年前のことは特に。面白い話じゃない」


「離宮といえば、取り壊すそうですわよ。人死にが続いて縁起が悪いとかで」


愚王の死の少し前に側妃が噴水で溺死している。その後、愚王の側近が何人か離宮で事故で亡くなったらしい。しかし。


「偶然じゃないんだろうな。取り壊す前に調べてみないと」


もう捕まえられないかもしれないと思った。

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