第二十八話
槍の穂が牙人の胸へ入って、そこで止まる。
入れたのは館の兵だ。前の列の真ん中で、牙人が一体、穂を胸に受けたまま足を運んでいる。運んだ足が二つで止まった。
横から槍がもう一本入る。二列目のうちの若い衆だ。入れて、抜いて、列へ戻る。
倒れた牙人を前の列が足で外へ押し出した。押し出した先は下り道の脇の雪で、そこにもう三体が転がっている。
南の下り道の上だ。荷車が二台並ぶ幅の前に三列。前が館の兵と支部の九人で受けて、二列目のうちの十人が横から入れる。三列目にディルクと荷と、治す者が二人。
底から煙が上がりはじめてから、牙人は間を空けて上がってくる。今のところ、穂に掛かるのは一度に一体だ。一体ずつなら受けられる。
フェイは二列目の後ろを端から端へ歩きながら、列の形を見ていた。
三列目では、ダグマー・クレフトが布を広げて薬を並べ直している。並べる順が決まっているらしく、一度並べた物を触らない。バルトはその隣で袋を開けずに座っている。開ける用がまだ無い。無いあいだが、いちばんいい。
「団長。前の列の右から二人目、腕が下がっとる」
ディルクの声だ。三列目から前を見ている。右の肩に布を巻いたまま、左手に剣を鞘ごと提げて、目だけを働かせている。
前の列の右から二人目、支部の若い男の腕が下がっていた。受けた槍の柄を握り直せずにいる。
「ニコ。右の二人目と替われ」
「はい」
ニコが前へ出て、腕の下がった男が後ろへ下がる。下がった男は三列目でバルトの前に膝をついた。
バルトは魔法を使わない。腕を見て、袖を上げさせて、布を一巻きして戻す。血の少ない傷だ。それで戻せる。
巻き終わった男は立って、二列目の端へ入った。前で受けるのは無理でも、横から入れる槍なら持てる。
前の列の右で、館の兵の槍が牙人の胸に噛んで抜けなくなった。フェイは二列目のあいだを抜けて前へ出て、兵の帯を掴んで後ろへ引いた。槍が抜ける。空いた所へ二列目の若い衆を肩で押し込んでから、自分は下がる。
下がった足で二列目の左へ回った。横から入れる若い衆の槍が一本、前の列の背中に近すぎる。柄を掴んで半歩ぶん外へ直した。
剣は抜いていない。前の列へ入って剣を振れば、そのあいだ列の全体を見る者がいなくなる。
「ディルク。お前は前へ出るな。列を見てろ」
「出んよ。この肩じゃ、前へ出ても役に立たん」
ディルクは左手の剣を上げずに答えた。
「団長は列の中を歩いとれ。そのあいだ、端から端までは俺が見とく」
右の肩は、町に大牙が入った夜に裂いた。剣はまだ振れない。それでも連れてきたのは、団の若い衆の癖を全部知っている目が、フェイのほかにはこの男にしか無いからだ。フェイが列の中で人の位置を直しているあいだ、全体を見る目がもう一つ要る。だから怪我人と同じ三列目に置いて、目だけを使わせている。
持っている。
一体ずつ来る牙人を、一体ずつ倒している。町の街道口でやった夜と同じ形で、あの夜より人が多い。
多い分だけ、動かせる場所も多い。誰をどこへ動かすかは、あの夜と同じでフェイが決める。そこだけは変わらない。
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北の空へ光が二つ上がった。
底の向こうだ。北の切れ目の側で、あの斥候が筒を上へ向けている。
二つ光ったら退がる。全部だ。昨夜の相談の場でユルゲン・ネッケルがそう言い、支部のルッツが笑いかけて口を閉じた。白い髭の、支部の組のリーダーだ。昨日の朝、町の広場で外の魔法使いの壁に食い下がって、最後まで納得しなかった。
そのルッツが、いま前の列の右の端にいる。光を見上げて、見上げたまま槍を握り直した。笑わなかった。
三列目では、ダグマーが隣の男へ一言だけ言う。先に決めてあった運ぶ役だ。男は持っていた物を置き、肩へ布を巻いて北へ出ていく。
退がる。退がる先はここだ。中の二組がここへ上がってくる。
上がってくる道を、牙人が埋めている。
列を下げれば道は空く。空いた道を、先に上がってくるのは中の二組ではない。この道に今いる牙人だ。
「列は動かん」
フェイは言った。
「中の二組が上がってくるまで、この形のままだ。上がってきたら前を割って通す。割るのは俺が言う」
誰も返事をしない。返事をする間が無い。次の一体が穂に掛かっている。
ディルクだけがこちらを見た。見て、頷いた。三列目の左手の剣が、筵と荷の前で少しだけ位置を変える。上がってくる二組を通す道を、あの男はもう頭の中で空けている。
退がれと言った男が、退がる先を守れと言っていない。言っていないが、守らなければ退がる先が無い。
紙に無い仕事だ。紙に無い仕事を、あの夜からずっとやってきた。
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後ろから音が来た。
低くて短く吹く音。鼻の音だ。
この音は町の道で一晩聞いた。今朝から穂に掛かっている牙人からは、一度も出ていない。
振り返った。下り道の南、丘の裾の雪の上に、頭を下げた影が三つ並んでいる。牙が前へ出て、前の足が雪を掻いている。
大牙だ。丘の裾に散っていた分が、煙と音の方へ来た。
列は全部、底の方を向いている。背中の側に大牙が三匹。
前を全部向けたままでは持たん。
「うちの者、後ろの五人。回れ。大牙だ。街道口と同じにやれ。真っ直ぐしか来ん」
二列目から五人が抜けて、三列目の後ろへ回った。ディルクが左手の剣を上げて、五人の並ぶ場所を示す。
抜いた五人のぶん、二列目が薄くなった。前の列が受けた牙人へ横から入れる槍が、いま半分しか無い。
大牙が一匹、真っ直ぐ来た。
五人のうち二人が穂を揃えて受ける。前の足の付け根へ二本。止まった所へ三人目が横から入れる。街道口で覚えた形だ。覚えた形は体が出す。
一匹目が横へ落ちた。
二匹目が来る。同じ形で受ける。受けた穂が一本折れて、折れた柄を持った若い衆が下がった。下がって空いた所へ鼻が入って、隣の若い衆の腿を撥ねた。撥ねられた若い衆が雪へ転がる。
残りの三人で止めた。止めたあとで、柄の折れた若い衆が落ちていた槍を拾って戻る。手の甲が裂けている。裂けたまま握っている。
「ディルク。腿をやられたのを筵へ。バルトの所だ」
「分かった」
ディルクは剣を荷の上へ置いて、左手一本で若い衆の襟を掴んで引きずった。引きずる先の筵に、バルトが膝をついている。
三匹目はまだ来ない。丘の裾で頭を下げたまま、こちらを見ている。
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東の縁の上から、牙人が下りてきた。
底の縁ではない。底の外だ。東の縁を上がった牙人が縁の上を南へ歩いて、下り道の脇へ下りてくる。四体。
下りた先は三列目の横だ。筵と荷と、治す者が二人いる横になる。
前を向いた列も、大牙を受けている者たちも、その横を見ていない。
「ディルク。三列目の横から来るぞ」
ディルクが荷の上の剣を取った。鞘を落として、左手だけで構える。一人だ。右は布の中で動かない。
一体目の木の槍がディルクへ振られて、ディルクは左手の剣で受けた。受けた剣が下がる。右の肩が布の中で引きつって、顔が歪んだ。歪んだまま剣を上げ直す。
フェイは剣の柄へ手を掛けた。
前の列で、木の槍に押されて槍が一本下がる。
後ろでは、丘の裾の三匹目がまだ頭を下げている。
柄から手を離した。
二体目が筵の方へ回った。
筵にはバルトがいた。
腿を撥ねられた若い衆を寝かせて、腿の上に巻く布を重ねて押さえている。押さえた手を離して、離した手を血の引いた所へかざす。かざしただけで、光は出ていない。
血の多い所では加護が乗らない、とこの男は言う。布で血を止めて、乗るまで待つ。待っている最中だ。
二体目の木の槍が、筵の上へ下りてくる。
バルトが立った。
かざしていた手を若い衆の腿から離して、脇に置いていた槌を取った。頭が鉄の、短い槌だ。柄を横にして木の槍を受けた。受けた柄が鳴って、バルトの体が半歩下がる。下がった半歩の後ろが筵で、それ以上は下がらない。
治す手を、離した。離した手で槌を持っている。
フェイはそれを見た。見て、前へ向き直った。
「ニコ。もう一人連れて三列目へ。バルトの前に立て」
「はい」
前の列からニコが抜けて、隣の一人を引いて走った。抜けた前の列に穴が二つ空く。
右の端でルッツが槍を突き出した。抜けた二人が戻るまで、一人で二人ぶんの前を受けている。
空いた穴へ、下り道から上がってきた一体が入った。入った先の支部の男が木の槍を胸に受けて倒れる。前の列がその上で閉じた。閉じるまでに、館の兵が一人、膝を着いた。着いた膝が、戻らない。
二列目から二人が出て、倒れた二人を三列目へ引いた。引いてすぐ列へ入り直す。ダグマーが筵を二枚並べて、胸を突かれた男の方へ先に着く。杖を脇へ置いて、上着を裂いて、巻く布を重ねて押さえる。押さえたまま動かない。
ダグマーは胸を突かれた男から手を離せない。バルトはまだ槌を下ろせない。
助けに人を出すたびに、別の所が薄くなる。
薄くなった所へ、次が来る。
全部を守る人数は、最初から無い。守れる所を決めて、守れない所を決める。決めるのはフェイだ。
「三列目は動かさん。ここで死守しろ」
ニコともう一人がバルトの前に立った。バルトは槌を下ろして、また腿へ手をかざす。
かざした手が、今度は光った。布で止めた分と、待った分が乗った。
二体目の木の槍が、ニコの穂に掛かる。ニコが受けて、もう一人が横から入れる。前の列で覚えた形を、後ろ向きでやっている。二体目が筵の手前で膝を落として、そのまま倒れた。倒れた木の槍の先が筵の端に触れて、バルトはそれを見なかった。手を離さないためだ。
ニコがそのままディルクの横へ回って、一体目の脇へ穂を入れた。入れて、抜いて、筵の前へ戻る。ディルクの左手が空いた。
四体のうち二体が、三列目の横で止まった。止めたのはニコと、もう一人と、ディルクの左手と、バルトの槌だ。
三体目が、止まらない。三列目の端を回って、荷の向こうへ抜けた。抜けた先は前の列の背中になる。
「後ろだ。前の列、右の後ろへ回ったぞ」
フェイの声は前の音に消えた。誰も振り返らない。
四体目も下りてきた。ディルクと、ニコが連れてきたもう一人が二人がかりで受けている。ディルクの左手の剣は木の槍を逸らすだけで、胸までは届かない。倒せないまま、筵の手前で押し合っている。
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下り道の内側の縁を、人が一人上がってきた。
牙人の埋めている道は通らずに、縁伝いに来る。武器を持っていない。革の紐で肩へ布を巻いて、両手を空けている。ダグマーが北へ出した運ぶ役の男だ。
一人で戻ってきた。誰も運んでいない。
手が空いたまま、列の脇を抜けて三列目へ戻る。戻って、ダグマーの前で膝をついた。
ダグマーは男の話を聞いて頷いた。押さえている布から、手を離さない。
フェイには話の中身までは聞こえなかった。前の列へ向き直る。
前の列の背中へ抜けた三体目に前の列が気づいていない。
フェイはもう一度、名前で呼んだ。
「ルッツ! 後ろだ」
支部のルッツが振り返る。二人ぶんの前へ出した槍を引きながらだ。引ききる前に木の槍の先が首へ入る。刺さった木の槍ごと横へ倒れる。牙人が木の槍を引き抜く前に、隣にいた支部の男がその脇へ穂を入れて、倒した。
ルッツは起きなかった。首から出た血が、雪の上で広がって止まらない。
前の列から三人が倒れた。ニコともう一人は三列目へ回ったままだ。そこをディルクと三人で受けている。後ろの五人は一人減った。その後ろでバルトが手を離さずにいる。
二列目の右で、若い衆が一人、肩に木の槍を受けて下がった。受けた側の腕が上がらない。
持っている。持っているが、崩れかけている。崩れる前に何かが来なければ、次の四体で崩れる。
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運ぶ役の男が上がってきたのと同じ縁を、今度は黒い髪の女が一人歩いてくる。
ヒルデ・ナウマンだ。杖を右手だけで持って、縁伝いに来た。北の切れ目の前から底の端から端までを歩いてきて、肩で息をしている。
三列目の横で足を止めて、石突を雪へ差した。四体が下りてきた所だ。
「ここへ一枚立てます。立ちきるまで、止めてください」
言い終えると、ヒルデは唱えた。
「エルデラ、ペトリナ――レイサ・ヴェッグ・ヘンドル」
土が寄った。遅い。膝の高さで一度止まって、それから少しずつ上がる。土は壁の方へ寄るので、そのまわりの足元が引かれて下がる。ディルクたちと押し合っていた四体目の足が、引かれた土の上で滑った。膝を着いた所へ、ディルクの左手の剣が入る。
土は上がりつづけて、フェイの目より上で止まった。
立ちきった時には、四体とも列の中へ入ったあとだ。土が足を滑らせたのは、最後の一体だけになる。
「間に合いませんでした」
ヒルデが言った。声の高さが変わらない。
「間に合った分がある」
フェイは言った。立ちきった土の向こうには、もう下りてくる牙人がいない。東の縁の上に、下りてくる影はもう無い。
塞いだ所と、塞いでいない所ができた。塞いでいない所は、いま前の列が受けている下り道だけだ。
ヒルデは杖を抜かなかった。差したまま、土の横に立った。
立てた物を崩さずに置く。これで、東の縁から横へ下りてくる牙人を受けずに済む。
丘の裾の三匹目が、そこで来た。
頭を下げたまま、真っ直ぐに。後ろの四人が穂を揃える。二本が前の足の付け根へ入って、三本目が横から入る前に、大牙の体が四人の真ん中へ倒れ込んだ。倒れた体の下から若い衆が一人這い出して、立った。立てる。
三匹とも横になった。丘の裾に、頭を下げた影はもう無い。
後ろが空いた。空いた後ろから二人を前へ戻す。
「残りの二人は筵と荷を脇へ寄せろ。中の二組が上がってくる所だ」
戻した二人を入れても前の列は三人ぶん足りない。足す人数が、もうどこにも無い。
「ディルク。代われ。列はお前が見ろ」
ディルクは返事をしなかった。左手の剣を下げて、前を見た。今朝からずっと、この男の目はそこで働いている。
フェイは剣を抜いて、前の列の空いた所へ入った。
木の槍が来た。
肩が動いてから木の槍の先が来る。二十年、見てきた動きだ。町の道で受けた獣には、その間が無かった。
肩が動いた所で半歩ずらして、木の槍の先を外へ流した。流した先の胸へ刃を入れる。抜く。
次の一体が上がってくる。同じ所で肩が動いた。同じ所へ入れた。
――――――――――――――――――――
下り道を上がってくる牙人が、途切れた。
途切れてから、前の列が二つに割れた。割れ、と言ったのはディルクだ。フェイは割れた左の側に立って、剣を下げた。割れた間を、底から人が上がってくる。
先に上がってきたのは中装の男と、痩せて手足の長い斥候だ。ネッケルとパウル・シュテック。二人だけで、盾の男がいない。
ネッケルは前の列の割れた所で一度足を止めて、列の顔を端から端まで見た。見てから、何も言わずに通った。
そのあとに、ガルドの所の四人。ガルドは左の脇を押さえて歩いている。ライナは右の腕を下げたままで、シアの外套は背が裂けている。オルトは杖に体を預けて、預けたまま足だけ動かしている。
上がってきた者は誰も、底の方を振り返らなかった。
「動けん者は何人だ」
ガルドが言った。
「四人だ。そのうち三人は死んどる」
フェイは答えた。答えてから、三列目の方を顎で示した。それから前の列を出て、三列目へ歩いた。
筵の脇でバルトが膝をついている。腿を撥ねられた若い衆の血は止まっていて、バルトの手は今、動いていない。手のひらを上に向けて、膝の上に置いたままだ。
支部のもう一人は、運ばれてきた時には息があった。ダグマーが手を尽くしているあいだに止まった。
待たなければ乗らない。乗らない手をかざしても、治すことにはならない。ダグマーもバルトもそれを知っている。知っている者が二人ついていて、それでも間に合わなかった。
「お前まで立たせたな」
フェイは言った。バルトは手のひらを見たまま答えた。
「立たなければ、寝かせていた若い衆に当たっていました」
「そうだな」
フェイはそこで黙った。バルトも手のひらから目を上げなかった。
ディルクが左手で帳面を開いた。帳面は右の肩の布の下に挟んで持ってきていた。
「団長。うちは死人無し。怪我が三。腿をやられたのは歩けん」
「支部は」
「二人死んだ。館の兵も一人。兵の怪我は、向こうで数えとる」
「書いとけ」
ディルクはペンを出さずに、炭で書いた。左手の字は右手より大きい。大きい字で、三つの数が並んだ。
フェイは三列目の横の土を見た。立ちきった土は、日が当たっても表が光らない。
その横に、ヒルデが杖を差したまま立っている。列はもう受けていない。それでも抜いていない。
「もういい。杖を抜け」
フェイは言った。
ヒルデは壁を見た。それから石突を引き上げる。
杖を抜いても、土は崩れなかった。




