第二十五話
「オルト。始めろ」
ガルドが言った。
オルトは杖の石突を雪の下の土へ差した。
北の丘陵の奥、町を出て一日歩いた先だ。丘が二つ寄って地面が落ち、その底に群れの源がある。オルトはその北の縁に立っている。すぐ横に人一人ぶんの切れ目があって、北から底へ下りられるのはそこだけだ。下は畑にすれば三枚ぶんあって、東と西の縁は雪の下が岩だ。生えている木が一本も無い。燃える物は掘っ立ての柱と、そこへ渡してある枝と皮だけになる。
町の中では絞った。両側が宿の裏の壁と物置の板で、太く出せば道ごと燃えた。ここには燃えて困る物が無い。
絞らずに出していい場所に立ったのはこの稼業に入ってから数えるほどしかない。
南の下り道に人が並んでいる。荷車が二台並ぶ幅の前へ三列だ。前が受けて、二列目が横へ出る。三列目は動かない者で、怪我をした者と荷を見る者がそこに入る。ガレアの十二と支部の九、それに館の兵。
ネッケルのパーティは南の下り道から入って、底を北まで歩いてきた。いま切れ目の内側にいる。ヒルデ・ナウマンが杖を持ち替えたのが見える。塞ぐのはこちらの四人が下りてからだ。
昨夜ヒルデは、塞いだあとで北へ出す用があるなら先に言え、と言った。誰も言わなかった。
北へ出す用を、その時は誰も思いつかずにいる。
今朝、縁へ回る前にバルトが言った。
「ガルド。昨夜話したとおり、私は南の三列目に入ります。運ぶ役は向こうが三列目から一人出します」
ガルドは南の方へ顎を向けた。
「聞いた。今日は中より塞ぐ側に怪我人が出る。そっちでいい」
「列が崩れたら、私も前へ出ます」
「出るのは最後だ。お前が前に出れば、そのあいだ治す者が一人減る」
バルトは頷いて、薬の袋を担ぎ直して南へ歩いていった。ダグマー・クレフトが同じところで布を広げている。治す者が二人とも三列の側に並んだ。
ユルゲン・ネッケルの紙の上ではこちらは五人のままだ。中へ入るのが四人だとはどこにも書いていない。中へ入ったあとの五人はガルドが動かすと昨夜そう決めて、決めたとおりに動かしている。
――――――――――――――――――――
いちばん近い小屋の屋根を見る。枝と皮で、乾いている。縁からの高さは家の屋根ほどで、火が届く。
唱え終えてから火が灯るまでのためを数える。八。八。九。町の道では両側の壁を見ながら細く絞った。ここでは絞らない。呼び水を多めに送る。送った分だけ外の火が早く寄る。指先が重くなるのはあとでいい。
「フォイグニス、イグニラ――ブレン・マール、エルドルスコット」
杖の先に火が灯る。灯ったまま伸びて、矢の長さになる。先が屋根へ向く。
放した。
炎矢が屋根の枝へ落ちて、落ちた所から燃えはじめた。乾いた皮が縮んで、火が皮の下へ入る。
煙が一筋上がった。
次を隣の小屋へ向けた。昨夜の紙にそう書いてある。枝と皮へ一つ落として、二つ目が燃えはじめる。屋根の傾きが揃っていないので火の回り方も揃わない。北の端の一つだけが先に落ちる。
小屋のあいだから物が出てくる。二本の足で立ち、肩から先が長い。手に長い木を持っている物が多い。
煙が二筋になった。煙は縁の風に持っていかれて上へ抜ける。
底の物が南へ動きはじめた。煙から遠い方へ寄っているだけだ。寄った先に下り道がある。
ネッケルの手順はこれだった。塞いだ所と塞がない所を作って、押し出す先を一つにする。押し出す先に人を並べる。
紙の上で読んだ時にはうまくやるものだと思った。
「下りる」
ガルドが切れ目へ入った。人一人ぶんなので一人ずつになる。ライナ、シア、オルトの順で続いた。
――――――――――――――――――――
下りた。
底の雪は薄い。風が縁で切れて上へ持っていくので踏めばすぐ下の土が出る。
小屋が十一。二つが燃えている。北寄りに灰の山があって、その東に骨の山がある。
南寄りを東西に水の筋が一本通っている。凍った面には雪が乗らないのでそこだけが黒い。
後ろで土が動いた。下から寄って、人一人ぶんの隙間を埋める。埋めた分だけ壁の裏の足元が下がるのを、昨日の朝に広場で見た。
ヒルデの詠唱は聞こえた。そのあとに何と言ったかは聞こえなくても分かる。可です、だ。
南へ寄らなかった一体が小屋のあいだから出てきた。
人の背ほどの木の槍を持っている。木の先を斜めに削って尖らせてある。二本の足で立って、肩から先が長い。頭がこちらの目より上にある。
皮膚は灰に緑を混ぜた色で、毛は生えていない。顔は平たく、下の顎から牙が二本、唇の外へ上向きに出ている。大牙の牙と同じ向きだ。獣の方は狼の顔にそれが付いていて、こちらは人の顔に付いている。目は黒い。
牙人をこの近さで見るのは初めてだ。目録は学園で見た。集落を作る、道具を使う、討伐にはパーティ単位の連携が要る。三行で終わる項目だった。
目録には、木の槍の長さも、歩く速さも書いていない。
「フォイグニス、イグニラ――ブレン・マール、エルドルスコット」
炎矢が一つ飛ぶ。
当たった。肩から胸へかけて焦げる。焦げた側の腕が下がって、木の槍の先が雪へ落ちた。
落ちた先をこちらへ向け直すのに間ができる。
効く。
人型は火を嫌う。焦げれば手が下がるし、下がった手はもう一度上がるまで得物にならない。
獣は違った。町の道で三度当てて、三度とも速さが変わらなかった。相手が替われば同じ火が別の物になる。撃てる場所が替わればもっと変わる。
ライナが横から入る。斧が首の下へ入って、そこで止まった。
「抜けない」
「そのまま」
答えたのはシアだ。ライナは柄から手を離さない。一体に入ったら、倒しきるまで次へ移れない。町で受けた獣と同じだ。
シアが後ろから入った。短剣が膝の裏を引いて、引かれた側の膝が落ちる。落ちたところでライナの斧が抜けた。シアはもう次の一体の後ろにいる。
二体目が骨の山の方から出る。撃つ。当たった所で腕が下がって、そのまま伏せた。三体目。撃つ。下がった腕の側からライナの斧が入った。
――――――――――――――――――――
灰の山まであと小屋三つぶん。
ガルドは先を歩いている。剣は下ろしたままだ。
途中で出てきた一体を、こちらが撃つより先に片づけた。膝の外を割って、倒れた所へ一度入れる。入れてから見ない。次へ足が出ている。
同じことを、灰の山までのあいだにもう二度やった。
斬った物を見ないのがこの男の稽古の中身らしい。見ているあいだに横が空くからだ。
オルトは数えていた。
南の下り道へ抜けたのが十四。数えたのは体の方ではなく、南で人の列が動いた回数だ。前が受けて二列目が横へ出るたびに列の形が一度ずつ崩れて戻る。
こちらで伏せたのが八。ライナが四、ガルドが三、こちらの火で落ちたのが一。
足すと二十二になる。
シアが数えた分は二十六だ。水の筋を渡って小屋の側へ戻った分だけを数えて、動かない二体は入っていない。
二十六から二十二を引けば四になる。
底には四より多くいる。
もう一度数えた。小屋の脇。骨の山の向こう。燃えている屋根の裏。灰の山の脇は数に入れない。あそこは別の勘定だ。
九まで数えて止めた。九の先はどれが同じ物か分からなくなる。
四のはずの場所に九いる。
数え違いではない。二十六が間違っていたのでもない。あれは昨日の日暮れまでの数で、見はじめた時から小屋の側にいた分と小屋の中は入っていない。昨夜の相談でパウルがそう言った。夜のあいだに降った雪が跡を全部埋めたので朝は数え直しができない。
「シア」
シアは南を見ていない。東の縁を見ている。
「東から下りてる」
声は大きくない。大きくないのに向きだけが通る。
東の縁は雪の下が岩だ。急で、獣も上り下りしていない。
昨夜そう聞いた。正しくは、跡がありません、と斥候が言って、ネッケルがそれをそのまま紙に書いた。
岩の上に雪が薄く乗っているだけの面に跡は残らない。残らないものは書けない。書けなかった分がいま東から下りてきている。
オルトは杖を持ち替えた。
――――――――――――――――――――
灰の山の脇で、座っていた物が立った。
立つとまわりの立っている物と頭が並ばない。並ばずにそこから上へ出る。
肩の幅が違う。腕の太さが違う。持っている木の槍も長い。人の背ほどではなく、それより一つぶん長いのを片手で提げている。
目の色も違う。まわりの物の目は黒いのに、これだけが琥珀の色をしている。日の当たっていない底で、そこだけが濡れたように光を返す。
まわりが空けていた場所から、そのまま出てきた。
提げていた木の槍が横へ動いた。手前の掘っ立ての柱に当たって、柱が根元から折れる。屋根の枝と皮が片側へ落ちて、落ちた分が雪を跳ね上げた。
狙って当てたのではない。歩いた先に立っていただけだ。
「フォイグニス、イグニラ――ブレン・マール、エルドルスコット」
炎矢が胸へ入った。
焦げた。焦げた所から煙が上がる。
腕は下がらなかった。
下がらないだけではない。琥珀の目の一体は煙の中を、煙の来た方へ歩いた。こちらへだ。さっきまでの物は火を受ければ手が落ちて足が止まった。これは火を受けた所から、火の出た所へ向かう。
歩く速さが変わらない。
シアの短剣が飛んだ。あれの頬の横に刺さって、柄が立つ。
そこへ手が上がるまでが遅い。上がった手が柄を横から払って、へし折った。あれはシアを見ていない。見ていたのは火の出た方だ。
止まらない。
ライナが斜め後ろから入った。
その背中が空いて見える。斧が肩の後ろへ上がる。
あれの顔がわずかに傾いた。目が先にライナを捉える。捉えた時に琥珀が一度濡れる。
空いている方の手が来た。木の槍ではない。手だ。斧が下りるより先に、ライナの胸の前へ開いた手が来ている。
ガルドが横から間に入った。
剣を横にして、開いた手を受ける。斬るための剣を、盾にした。
手に押されて、剣ごとガルドの体が横へ流れる。流れた先へ、あれが木の槍の柄を振った。左の脇腹に入る。音が短い。ガルドは膝を着かずに二歩下がって、剣を前へ戻す。
ライナは斧を上げたまま止まっている。下ろす所が無くなっている。
「下がれ」
ガルドが言った。ライナにだ。
言ってから、自分が前へ出た。
あれの目がガルドへ回った。琥珀が一度濡れる。
木の槍が来る。長い。長い物は先が速い。
ガルドは受けずに踏み込んだ。振りが来るより早く、その内側へ入る。踏み込みで底の土が鳴った。
入った先はあれの胸の前だ。木の槍は長い。ここまで入られると、先がガルドへ戻らない。
剣が下から膝の外へ向かう。灰の山まで来るあいだに三度、この入り方で膝の外が割れるのを見た。
今度は割れなかった。
割れる前に、空いている方の手が上から落ちてきて、ガルドの左の肩を掴んだ。
掴んだまま持ち上げて、横へ振り放した。
ガルドの体が雪の上へ落ちて、落ちた勢いのまま滑って、灰の山の裾へ頭から突っ込んだ。上半身が灰に沈んで、灰が上がる。
起きない。
「ガルド!」
ライナの声だ。斧を上げたまま、体が灰の山の方へ半分向いている。
「ガルド!」
シアも呼んだ。さっき東の縁を教えた時より、ずっと大きい。
オルトも口を開いた。喉が締まって、声にならない。
返事が無い。灰の山の裾で、上着の背だけが見える。動かない。
行きたい。行けば、後ろから火を出す者がいなくなる。正面はライナとシアの二人だけだ。
足はここから動かなかった。
ライナが正面へ出た。
斧の頭を上げて、あれと灰の山のあいだに体を入れる。振るためではない。通さないための斧だ。
あれの目がライナへ移った。移った時に、目の光が一度濡れる。
木の槍が来た。ライナは受けた。受けた斧ごと体が後ろへ飛んで、雪の上を二度転がり、三度目で膝が立つ。左の腕で体を起こす。
右の腕が上がってこない。斧の柄は握っている。握っているのに、肩から先が上へ動かない。
それでもまた正面へ戻った。灰の山の前だ。後ろは見ない。見れば、そこに何があるか分かってしまう。
二つ目が来る。ライナの斧が上がりきらない。
シアが横から出た。あれの木の槍を持つ腕の内側、いちばん危ない所だ。短剣がその手の甲を引いて、木の槍の先が下がる。下がった先がライナの頭の横を過ぎた。
あれの目がシアへ回った。回ると同時に、空いている手が来る。
シアは転がって外へ出た。外套の背が肩から腰まで裂けている。中の布まで届いていない。届いていないのは、シアが先に転がっていたからだ。
見られてから、手が来る。見られる前なら、届く。オルトはそれを見た。見ただけで、まだ何とも結んでいない。
小屋のあいだから二体が出た。燃えている屋根の裏からもう一体。
どれも目が黒い。まわりと同じ牙人だ。
さっきまでは、四人がその黒い目を一体ずつ引き受けて順に片づけていた。今は琥珀の目の一体を受けている横から来る。受けられるのは三人だ。ガルドは灰の山にいる。
ライナは正面を離れられない。小屋から出た二体のうち、近い方の膝の裏へシアが短剣を入れて倒した。もう一体が、止まらないままこちらへ来る。
あれの木の槍が、ライナの斧の上から下りてきた。受ける腕が一本しか無い。
オルトは火を出した。ためを八まで待たない。待てない分を呼び水で払う。あれの顔へ。
焦げた。止まらない。止まらないが、あれの目が火の出た方へ回った。木の槍がライナの上で止まって、体がこちらへ向く。
こちらへ来る。歩く速さが変わらない。効かない火に一つ使って、買えたのはライナが息を一つ吸う間だ。
撃てるのは、あと二発だ。息が浅くなっている。学園で習った消耗の順番の、二つ目だ。
シアが灰の山へ走った。ガルドの所へだ。
あれの目がそれを見た。木の槍を持つ腕が横へ伸びて、シアと灰の山のあいだをその先が薙ぐ。シアが止まる。止まって、下がる。
通さない。倒れている物の所へも通さない。
誰かを助けるたびに、別の所の余裕が無くなる。ライナを助ければ火が減る。ガルドへ行けばシアが止められる。こちらへ来る一体を、今は誰も見ていない。
こちらへ来る。あれではない。小屋から出た方だ。杖を横にして受けるしかない。受けても止まらない。
ライナが斧を上げた。痛めた右の腕を、左で下から押し上げている。次は受けきれない。オルトには分かる。ライナにも分かっている。
こちらへ来る一体は後だ。ライナへ木の槍を上げているあれの顔へ、杖を向けた。あと二発のうちの一発だ。使えば、北へ持っていく物が一発になる。
ためを数える。八。
「撃つな。ライナ、右へ流せ」
声だ。灰の山の側から来た。
ライナの体が動いた。受けずに、斧の腹で木の槍を右へ滑らせる。滑った先が雪を割って、ライナの右の脇を通った。あれの体が振った勢いのぶんだけ流れる。
その声で、オルトの杖も止まっている。
ガルドが立っていた。
灰の山の裾に、剣を右手だけで提げて立っている。顔の右半分が灰で白い。左の肩の上着が裂けて、裂けた所の下が赤い。左の腕は下がったままで、上げようとして肩の高さで止まった。
息を吸うと、体が一度止まる。左の脇だ。木の槍の柄が入った所で、吸うたびにそこで止まる。踏み出した右の足が、雪の下で一度揺れた。
戻った。戻っただけだ。勝てる形には、まだ誰も立っていない。
小屋から出て、こちらへ来ていた一体を、シアが後ろから膝の裏を引いて倒した。倒れた所へガルドが一つ入れる。片手だ。入れてから見ない。
三人が四人に戻った。戻った四人の誰も、さっきまでの四人ではない。
琥珀の目がガルドへ戻った。灰の山から立った物を、また見ている。
北の空へ光が二つ上がった。
発光筒だ。北の切れ目の側にいる斥候が上げている。言葉は送れない。送れるのは光の数だけだ。
二つ光ったら退がる。全部だ。昨夜ネッケルがそう言った。
ガルドが北を見た。
見た瞬間に木の槍が来た。見ている顔の高さへだ。
ガルドは剣の腹で受けた。受けきれずに刃が滑って、木の槍の先が右の頬の横を抜ける。頬から血が一筋下りた。
北を見る間は無い。
退がる先は南の下り道しかない。
東の縁を、今度は四体が上がっていく。さっき東から下りてきた物とは向きが逆で、底の中から縁へ出た四体だ。上がりきって、縁の上を南へ折れて行くのが見える。縁の上は底の外で、外を南へ行けば下り道の脇だ。三列は底の方を向いて立っている。背中から来る物を、あの列は誰も見ていない。三列目には怪我をした者と荷と、治す者が二人。その一人がバルトだ。
北は石壁で埋まっている。北にはもう一体いて、四人で受けていた。その四人の光が今、二つ上がった。
南へは行けない。北へも行けない。目の前のこれから離れられない。
指示は一つになった。退がる先は一つも残っていない。
あれの木の槍がライナへ振られた。ライナは左手だけの斧で受けて、受けきれずに膝を着く。
ガルドが木の槍の先へ体を入れて、ライナへ行く二つ目を止めた。止めた剣がまた盾だ。止めた時に左の脇で息が切れて、剣が下がる。
四人が一体に押されている。
シアの声がした。
「投げた時は、こっちを見なかった。手を斬った時は、振り向いてから速くなった」
短い。それだけだ。
オルトも見ていた。同じ短剣で、同じ女で、速さが違う。
こちらの火もそうだ。焦げた所ではなく、火の出た方へ目が回った。目が回った先へ、体が向いた。
「目だ」
シアが言った。今度は、ガルドへ向けて言った。
「見た方にだけ速い。見てない方は、ほかのと同じだ」
ガルドは答えない。剣を下げたまま、あれの目を見ている。
見ている先には、目で追えない手が出る。見ていない先には出ない。
入る所は同じでいい。入る時に、見られていなければいい。
「ライナ」
ガルドが言った。
「正面に立て。目を取れ。受けるだけでいい。入るな」
「うん。入らない」
ライナが前へ出た。右の腕が上がりきらないので、斧の頭を左の手で押し上げて胸の前に立てる。
琥珀の目がガルドからライナへ移った。移った時に、目の光が一度濡れる。
シアは小屋の側へ回った。燃えている屋根の裏から出た一体の前へ入って、こちらへ通さない。
「オルト。火はあと何発出せる」
「二発だ」
「顔だ。止めなくていい。目を潰せ」
順番の三つ目まで行けば、視界の端の色が抜ける。二発撃てば、たぶんそこまで行く。
残す理由を探した。北に持っていく先がある。
探して、やめた。北へ持っていく前に、ここで四人が立っていなければ北は無い。
ためを数える。八。八。九。二発ぶん。残さず使う。一発目に半分、二発目に残りだ。
「フォイグニス、イグニラ――ブレン・マール、エルドルスコット」
右の目へ。
炎矢が目の上で弾けて、顔の右側が焦げる。右の目が閉じた。まぶたが動く。開こうとしている。
あれの手が顔へ上がる。目を取っているのはライナで、ライナの方を見ている目は左だけになった。
「フォイグニス、イグニラ――ブレン・マール、エルドルスコット」
もう一つ。同じ所へ。
閉じた目の上へ重ねて入った。右の側が黒く焼けて、頬の皮が縮む。
視界の端の色が抜けた。オルトは杖に体を預けた。膝は着かない。
ガルドが動いた。
正面からではない。右からだ。閉じた目の側から入る。
木の槍は来ない。木の槍を持つ手はライナに向いている。
空いている手も来ない。来る手は、見た物にしか出ない。
一つ目は膝ではなかった。木の槍を持つ手の手首へ入って、手首から先が木の槍ごと落ちた。落ちた長さぶん、雪が割れる。
あれの左の目がガルドを探して回った。回った先に、もう剣はいない。
二つ目。腕の付け根の下から胸へ。骨に噛ませない角度で入れて、入れた先で止めまで持っていく。
二歩と二つだ。
オルトは自分の数え方で数えていた。入るまでに二歩、入ってから二つ。町の道では入ってから一つだった。一つ増えている。
木の槍の内側へ入ったのは一度目と同じだ。今度は、あれがそこを見ていなかった。
その二歩を通すために、四人が要った。
琥珀の目の一体が前へ倒れた。倒れた先の雪が飛んで灰の山の灰が一緒に上がる。
誰も次へ動かなかった。
ガルドは剣を下げたまま息をしている。息の音がここまで聞こえる。吸うたびに左の脇で一度止まる、途切れた音だ。この男の息の音を、オルトは今まで聞いたことがなかった。左の肩の裂け目から血が袖へ下りている。頬の血は顎で止まっている。
ライナは斧を左手だけで持っている。右の腕を上げようとして、肩の高さで止めた。
屋根の裏から出た一体は、シアの足元に倒れている。シアは東の縁を見ている。短剣は三本のうち二本しか手元に戻っていない。
オルトは杖に預けた体を、まだ起こせない。
北の光は、上がったまま消えていない。
「シア。東の縁を何体上がった」
「四だ」
ガルドは南を見た。それから北を見た。
「ライナ。ここは持て」
「持つよ」
左手だけの斧を、ライナは持ち直した。
ガルドが走る。走り出す前に、剣を握った右手の甲で左の脇を一度だけ押さえた。押さえて、離した。
北へ行く。骨の山の側にもう一体いて、そちらにはネッケルのパーティがついている。治す者を南へ回した四人だ。四人で受けて、光が二つ上がった。
さっきまでの速さではない。それでも北へ走る。
オルトは追わなかった。追ってもこの足では追いつかない。
ライナもシアも、ここを離れられない。
――――――――――――――――――――
小屋の火が三つ目に移った。
燃えている屋根の下から出てきた分をライナが受けている。受けた物の後ろへシアが回って、膝の裏を引く。二人で一体ずつだ。オルトは火を出さない。
出せる火が無い。二発とも顔へ入れた。あの一体を倒すために要った火だ。北へ持っていく物は残っていない。
だが、小屋からはまだ出てくる。
視界の端の色がまだ戻らない。順番の三つ目だ。三つ目の先は学園でも教わっていない。
オルトは外套の内から石板を出した。出して、そのまま持っていた。
指が重い。石筆を挟むだけの力が、まだ戻っていない。
骨の山の方に、もうガルドの背は見えない。南の下り道の三列目にはバルトがいる。
石板を戻した。
杖の石突の先に灰が乗っている。焼いた分だ。雪へ差せば落ちる。
差さずに持ち替えて、南を見た。
水の筋が見えない。
踏んだ雪と土と灰が上に乗って、底のどこも同じ色になっている。
昨日この水の筋を境に数えたシアは、東の縁を見上げたまま動かない。




