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イテルニア黙示録 第一部 「終わりを知らない空の下で」  作者: 蝉
グレンツ防衛線

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第二十四話

 後ろの音が途中から一つになっている。


 町を出たときは足の音が幾つにも割れていた。歩く速さが違えば足の音も割れる。昼を過ぎたあたりから割れなくなった。前へ出る者がいない。遅れる者も出ない。

 シアは街道の脇へ寄って、追いつくのを待った。先へ出る役でも、日に一度は列の形を見ておく。

 外の四人が先。次が支部の九人。この町のギルド支部から出た二つのパーティで、合わせて九人だ。ガレアの十二人。その後ろがガルドたちで、館の兵が最後だ。歩く順を決めた男がいて、決めた順のまま誰も動かない。


 ガルドたちは五人だが、シアが列を離れているので歩いているのは四人だ。その四人だけが前のガレアとの間を詰めない。荷車一台ぶんほど空けたまま歩いている。

 誰も詰めさせに来ない。


「シアさん」


 脇へ並んだのはパウル・シュテックだった。同じ所で同じように待っていたらしい。名で呼んでくる。

 並ぶと目の高さが少しだけ上にある。背の差のわりに腕と脚が長い。雪の上では歩幅が合わないので半歩ずつ縮めて歩いている。薄い茶の髪を短く刈っていて、外套(がいとう)の襟から首が長く出ていた。

 背に短弓を回し、腰の前に筒を付けている。歩きながら外套(がいとう)の内から紙を出し、紙を左の手のひらへ載せて炭を走らせた。


「町からここまで道の折れは四つでした」


「三つだ」


「四つです。二つ目の畑のところで一度折れています」


「あれは畑の縁だ。道は曲がっていない」


 パウルは炭を止めて、止めた所を見た。それから一本消した。


「三つですね」


 消したところを指の腹でこすって、紙を外套(がいとう)へ戻す。


「シアさんは紙を持たないんですか」


「持たない」


「見た物はどこに書くんですか」


「書かない」


 パウルはそれ以上聞かなかった。



――――――――――――――――――――



 街道を外れた。


 丘の裾に入ると雪が深くなる。膝の下までは沈まない。踏み固められていないだけで降った量は町と変わらない。

 跡はすぐに出た。


 二つ割れの蹄。後ろに小さいのが二つ。前の足の跡だけが縁を崩して沈み、後ろは表を撫でただけだ。

 大牙(おおきば)だ。


「南向きです」


 パウルが言った。


「北を向いているのもある」


 シアは十歩東へ寄った。そこにも跡がある。西へ二十歩戻るとまた別の向きで乗っている。

 線が引けない。


 町の畑では窪(くぼ)みが一本あった。町と丘のあいだで東西に通っているのはあれだけだ。北から下りる物は必ずあそこを渡った。渡った分だけ数えれば数になる。

 ここは違う。渡らせる物が無い。丘の裾は一面が通り道だ。どこを歩いても跡の上に乗る。


「数は出せません」


「散っている。それだけだ」


 パウルは紙を出さずに頷いた。


 跡は新しいものと古いものが混じっている。古い方は縁が丸い。夜のあいだの雪をかぶって形が緩んでいる。新しい方は角が立っている。今朝も歩いた物がいる。

 町で倒れたのは二十五だ。あの朝に畑の窪(くぼ)みを横切った三十二には届いていない。


 シアは後ろを見た。列はまだ街道の上にいて、丘の裾へは入っていない。

 三十一人と兵が通る道の両側に、今朝歩いた跡がある。


「先へ出る」


「はい」



――――――――――――――――――――



 丘が二つ寄ったところで地面が落ちている。


 日はもう西の丘の肩に近い。落ちた先は畑にすれば三枚ぶんあった。底は雪が薄い。風が縁で切れて、雪を上へ持っていく。

 シアは腹這いで縁まで進んだ。パウルは三歩後ろで同じ形になる。


 底の南寄りに水の筋がある。凍っていて、日の当たる分だけ梢(こずえ)の影より明るい。

 東西に一本。底を横切っているのはそれだけだ。


 線はそれだ。


 小屋がある。


 掘っ立てだった。柱を四本立てて、枝と皮を渡してある。屋根の傾きが揃っていない。人の建てる物ではないが、雪は落ちる形になっている。

 北寄りに火の跡が一つ。灰が山になって、まわりの雪だけが黒い。その東に骨の山。


 底の物は二本の足で立っている。人の形をして、人より肩が広い。この距離では皮膚の色も顔も取れない。手に木がある。人の背ほどの長さがある。先を削ってあるように見えるが、削り口までは分からない。

 手ぶらの物もいる。持っている方が数が多い。


「牙人(がじん)です」


 パウルが小声で言った。


「見たのは初めてです。底に立っているのは全部そうです。小屋を建てるのと道具を持つのは目録どおりでした」


 あの朝の三十二は一つも北を向いていなかった。


「大牙(おおきば)を押し出した側だ」


「はい」


「小屋が十一です」


 パウルは腹這いのまま紙を雪へ押し当てて描いている。


「一つの小屋に牙人(がじん)が二体か三体寝るとすれば、三十前後です」


「見た数か」


「小屋の数から出した数です。立っている分は数えていません」


「小屋は数えた」


「はい」


「中は見ていない」


「見ていません」


 パウルの炭が一度止まった。止まってから描いた小屋の枠の外へ短く何かを書き足した。


 シアは水の筋を見ていた。


 底の物は南の下り道と小屋のあいだを何度も往復する。往復のたびに同じ所で水の筋を渡る。凍った面は幅が人一人ぶんしかないので渡るときだけ一つずつになる。

 渡る向きは二つある。小屋の側から南へ出る向きと南から小屋の側へ戻る向きだ。同じ物が出て戻れば一つの物で二度渡る。

 戻る向きだけを足す。出る向きは引く。残った数が、小屋の側へ戻ったまま、また出ていない数になる。見はじめた時から小屋の側にいた分はこの数に入らない。

 一つ。二つ。三つ。

 日が西に寄っているので、戻る向きの方が多い。出る向きを引いても数は伸びる。


 十を過ぎたところで口の動きを止めた。数える時だけ口が動くと、畑を見に出た日にライナに言われている。

 十四で飛んだ。口を動かさずに足した数は十四か十五か分からなくなる。口が最後に言ったのは十だ。十へ戻して、そこから先に渡る分をまた足す。十と十四のあいだに渡った分は落ちた。落ちた分は数に入らない。

 十から先は口を動かして数える。

 二十六で影が水の筋を埋めた。


 そこでやめた。

 切れたのではない。渡る足が見えなくなった。

 影は南の縁から伸びている。北寄りの火の跡にはまだ日が当たっていた。


「小屋の側へ戻って、また出なかったのが二十六だ」


「二十六」


 パウルは復唱してから紙へ移した。


「小屋の数から出した三十前後より少ないです。はじめから小屋の側にいた分は、二十六に入っていませんね」


「入っていない」



――――――――――――――――――――



 日が落ちる前に、もう一つ見た。


 底の北寄り、火の跡の脇に、ほかが近づかない場所がある。

 骨の山の脇にも一つ。

 二つとも空いていた。空いているのではない。物がいて、まわりが空けている。


 一体は座ったまま動かない。もう一体は火の跡のまわりを三度歩いて、また同じ所へ座った。

 その三度のあいだに通りかかった一体が押しのけられた。押した方は肩の高さが違う。座っていてもまわりの立っている物と頭が並ぶ。


 歩いた跡が残った。

 歩幅が広い。沈み方も深い。同じ雪の上で、まわりの跡は表を割る程度で止まっている。


「二体です」


 パウルが言った。声の高さを変えていない。


「記録の言い方だと変異種です。特異個体でもいい。支部の紙にはどちらでも通ります」


 パウルは紙の上の二つに丸を付けた。


「記録に載っているのは、一つの群れに一体までです。二体が同じ場所にいた記録は読んだことがありません」


 シアは二つの丸を見た。

 二体とも水の筋を渡っていない。


「二十六に入っていない。二十八だ」


「二十八と、見ていない分です」


 風が縁で向きを変えた。頬の右から左へ回る。回った先は底だ。

 シアは下がった。



――――――――――――――――――――



 夜は丘の東の、雑木の込んだ所に集まった。


 火は焚かない。パウルが筒の口を布で絞って、紙の上だけへ光を落としている。布の縁から外へは届かない。

 オルトは石を三つ温めて雪へ半分埋(う)めた。手を置く所を作っただけで、光は出さない。

 人が九人、輪になって膝をついている。ユルゲン・ネッケル。ガルド。ヒルデ・ナウマン。フェイ。オルト。パウル。支部の二つのパーティのリーダーが二人。片方は髭が白い。広場でルッツと呼ばれていた方だ。館の兵の側から一人。ブルーノ・カンプは輪の外に立って、北を向いたまま動かない。

 シアは輪の外側にいた。パウルが紙を輪の真ん中へ置く。


「先に斥候から」


 ネッケルが言った。


「小屋が十一。小屋の数から出せば三十前後です。水の筋を渡るのを数えて、日が落ちるまでに小屋の側へ戻ったまま出なかったのが二十六。動かない大きいのが二体。合わせて二十八です。見はじめた時から小屋の側にいた分と、小屋の中は数に入っていません」


「数に入っていない分は幾つだ」


「言えません」


「言えないのか、無いのか」


「いるかどうかもまだ分かりません。小屋の中は見ていません」


 ネッケルは輪の反対側を見た。ガルドではなくシアの方だ。


「あんたの数か」


「そうだ」


「二十六は確かな数か」


「この目で見た分だ」


「小屋の中は」


「見ていない」


 ネッケルは頷いて、自分の炭で紙の端へ短く書いた。


 支部のリーダーのうち、ルッツが息を吐いた。


「三十かもしれんし四十かもしれんってことだろ」


「そうだ」


「なら数の意味がねえ」


「二十六は水の筋を渡って戻るのを見た数です」


 パウルが紙の上に指を置いた。


「三十でも四十でも、南へ押す形は変わりません。変わるのはこの二体です。ほかより大きく、水の筋を渡らずに座ったままで、ほかの牙人(がじん)が近寄りません。この二体を誰が受けるかを先に決めてください」


 誰も次を言わなかった。



――――――――――――――――――――



「地形を」


 ネッケルが言った。パウルの指が紙の上を動く。


「底へ下りられるのは二つだけです。南の下り道は荷車が二台並びます。北の切れ目は人一人ぶん。東と西の縁は雪の下が岩で、獣も上がっていません」


「上がった跡が無いのか、上がれないのか」


「跡がありません」


 ネッケルは紙の東の縁に短く書いた。


 ヒルデが石板を胸の前へ上げた。縁の紐に白い石筆(せきひつ)が下がっている。


「北の切れ目に石壁(せきへき)を一枚立てます。人一人ぶんなら一枚で足ります。土は底にあります。塞いだあとで北へ出す用があるなら先に言ってください」


 誰も言わなかった。


「南の下り道は塞がない」


 ネッケルが言った。


「塞いだ所と塞いでいない所を作る。押し出す先を一つにして、そこに人を置く」


 今朝、広場に同じ物が立って、立ったまま内側へ崩れた。土だった。

 やっていることはガルドが荷車でやったことと同じだ。あの夜、街道口で通る所を一つにしたのを、シアは荷車の陰から見ている。


「囲いはガレアと支部と兵で持つ」


 フェイが言った。


「十二と九と、兵だ。街道口ではガルドが荷車で道の片側を塞いだ。ここには荷車が無い。何で塞ぐ」


「塞ぎません」


 ヒルデが言った。


「南の下り道は荷車二台ぶんの幅です。その幅いっぱいに人を並べれば足ります。片側を塞いで通る所を細くすれば、前の列を抜けた物を二列目が横から叩く場所が無くなります」


「二列か」


「三列です。前が受けて、二列目が横へ出ます。三列目は動かない者です」


「動かない者ってのは」


「怪我をした者と、荷を見る者です。前の二列の後ろに置きます。前の二列を抜けた物はそこへ行きます。二列目で止めてください」


「こっちには後ろから当てられる者がほとんどおらん。弓はそっちの斥候一人、火はオルト一人だ。二人とも中へ入るんだろう」


「入ります。南には残りません。前の列を抜けた物は二列目が横から叩きます」


 フェイは何も言わずに肩の布を見た。副長のディルクの肩の布だ。本人は輪から一歩下がった所にいる。


「中へ入るのは二つのパーティだ」


 ネッケルが言った。


「大きい二体を、一体ずつ受け持つ。骨の山の脇の一体を私のパーティが。火の跡の脇の一体をヴァルドの五人が。ほかの牙人(がじん)は全部、南へ押す」


「何で押す」


 フェイが言った。


「火だ。ヴァルドの五人は北の縁へ回って、上から小屋へ火を入れる。小屋を出た物は火から遠い方へ寄る。遠い方が南の下り道だ。牙人(がじん)が南へ寄ってから、五人は北の切れ目を下りて火の跡の脇の一体へ向かう。下りたあとの切れ目はヒルデが塞ぐ」


「二十六で全部とは限らん。まだいればその分も南へ来るぞ」


 ガルドが言った。


「南へ押す。ほかへは逃がせない」


「三十なら止められる。四十来たらどうする」


「今いる人数で持たせるしかない」


「持つのか」


「持つとは言えん。だが、こちらの手はこれだけだ」


 ガルドは黙った。



――――――――――――――――――――



「指揮の話が残っている」


 ネッケルが紙から手を離した。


「昨日はここを見てから決めると言ったな」


「ああ」


 ガルドが答えた。

 ヒルデが石板を持ち上げる。


「今夜、決めてください。入ってからでは不可です」


「全体は私が見る」


 ネッケルが言った。


「中で道が塞がったらどうする。あんたの返事を待っては動けんぞ」


「待たなくていい。あんたの五人はあんたが動かせ」


 ガルドが顔を上げた。

 ネッケルは紙をガルドの側へ寄せた。


「あんたの五人が動く速さは、私の紙には書けない。書けない物を私が動かせば遅くなる。入るまでと、押す先と、退がる合図は私が出す」


 ガルドは紙を見ていない。シアの方を一度だけ見た。

 それから輪の真ん中へ顔を戻した。


「指示は一つでいい。それで行く」


「確認した」


 ネッケルは紙へ書き足した。ヒルデが石板へ石筆(せきひつ)を短く走らせて、走らせてから顔を上げた。


「可です」


「退がる合図は何で出す」


 ガルドが聞いた。


「発光筒だ。空へ光を上げるだけで、言葉は送れん。だから光の数で決めておく」


「光が二つ上がったら」


「退がる。全部だ」


 ルッツが笑いかけて、口を閉じた。



――――――――――――――――――――



 紙が片づくと、ダグマー・クレフトが布を広げて薬嚢(やくのう)の中身を並べた。薬を先に、巻く布をその隣へ置く。

 バルトは横にしゃがみ、一つずつ見ていた。


「血が多く流れている所では、加護が乗りませんね」


「ええ。そこから運び出してもらわなければ」


 ダグマーは畳んだ布を薬の隣へ足した。


「運ぶ人を決めておきましょう。怪我人が出てから探していては遅れます」


「そちらから出せますか。五人とも持ち場があるでしょう」


「私は三列目に入ります。運ぶ役は三列目の動ける者から一人、先に決めておきます」


「こちらもガルドに話しておきます」


 バルトが自分の袋を開けた。出した布を先に置き、そのあとで薬を並べる。

 シアは離れた所からそれを見ていた。



――――――――――――――――――――



 ガルドが輪を離れて、シアの方へ来た。


「二十六まで見たところで暗くなったのか」


「そうだ」


「そこから先は見ていないな」


「風が底へ向いた。下がった」


「それでいい」


 ガルドはそれ以上聞かなかった。入らずに戻ったことを咎められたことは一度もない。


「明日は俺たちも入る。残りを数えようとして、一人で奥へ行くなよ」


「行かん」


 ガルドは北を見た。雑木に遮られて、ここからは底も丘の向こうも見えない。


「途中にいた大牙(おおきば)は。どれくらい残ってる」


「分からん。跡が重なっていた」


 ガルドはしばらく北を見てから、皆の方へ戻っていった。


 ライナが入れ違いに来て、隣へしゃがんだ。


「二十六も数えたんだって?」


「そうだ」


「また口、動いてた?」


「途中で止めた」


「数えにくくなかった?」


「一度、飛んだ」


 ライナが笑った。


「一度だけだ」


「うん」


 ライナは斧の柄に手を置いた。

 笑いが収まってからも、しばらく隣にいた。



――――――――――――――――――――



 明け方に雪が止んだ。


 縁まで戻って底を見た。夜のあいだに降った分が跡を全部埋めている。昨日の二十六はどこにも残っていない。

 水の筋だけが黒く残っていた。凍った面には雪が乗らない。


 後ろで革の鳴る音がした。ブルーノが、大盾を腕に固定する留め革を締めている。名を呼ばれた時に一度、呼び終わってからもう一度。

 ヒルデが杖の石突(いしづき)を雪へ差し、北の切れ目の方を見ている。パウルは腰の筒に手を掛けて、掛けたまま待っている。

 ガルドが列の前へ出た。ネッケルがその横に立って、紙を外套(がいとう)の内へ入れた。


 シアは水の筋を目で追った。

 東の端から西の端まで底を一本で横切っている。


 線はもう引いてある。

 今日はその線を、こちらから渡る。


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