第十七話
火の点が一つ、道の奥へ飛ぶ。
当たった。肩の付け根の上で毛が焦げて、その下の皮まで焦げた。焦げた匂いが届く前に、焦げた体の方が、焦げる前と同じ速さで下りてくる。
オルトは杖を下げた。
宿の裏から井戸へ落ちる細い道だ。この道に立っているのは五人。副長のディルクと若い衆が二人、ライナ、それにオルトだ。
これで三度だ。三度とも当たっている。
「もういいって。三度とも止まってないでしょ」
ライナが半歩前にいる。斧は下ろしていない。
「知っている」
「じゃあ、少し残しときなよ。まだ来るんだから」
ディルクの鉄剣は骨まで入って、入った先で噛んで抜けなくなる。それでも動かなくなるまでには間がある。後ろ足を斬られて起きられなくなった体が、頭だけで二度目を出してくるのを、これまでに何度も見ている。
鉄剣で骨を噛んでも止まらない物が、皮の焦げで止まるわけがない。
その上、ここではこれ以上強い火を出せない。両側は宿の裏の壁と物置の板で、どちらも木だ。強く出せば道ごと燃えて、火は道なりに井戸の方へ下りる。
だから絞っている。絞った火は狙った所へ届きはするが、届いた所しか焦がさない。
知っていて三度撃った。効くと思って撃ったのではない。ほかに出せる手が無かっただけだ。
効くと思って撃つのと、手が無くて撃つのとは違う。撃った後でその違いを自分に言えるところだけが、この稼業で身についたものかもしれなかった。
大牙が一匹、道の真ん中を下りてくる。
肩は大人の腰の高さで背筋の一本だけ色が濃い。口を閉じたままでも下の牙が唇の外へ出ている。焦げた側の毛が縮れて、そこだけ地肌が見えていた。
声は出さない。鼻だけが鳴っている。短く吹く音だ。
焦がした後でも何も変わらない。真っ直ぐ下りてくる速さも、鼻の音もだ。
その肩の幅は道の幅とほとんど変わらない。一匹入れば、それだけで横は空かなくなる。
道は狭い。
右は宿の裏の壁で、左は物置の板だ。どちらも人の背より高くて、掛かっている物は何もない。大人が二人すれ違うには肩を斜めにする。
上は宿の裏口の方へ続き、下は井戸へ落ちる。落ちる、というのは町の者の言い方で、実際に歩けば分かるとおり、ここは上から下まで一度も平らにならない。
抜ける所はその二つしかない。横に無い。
真ん中に溝が一本、上から下まで通っている。水を落とすために掘ってある。幅は靴一つぶんだ。
冬のあいだに流れては凍って、今は溝そのものが氷で埋まっている。埋まりきらなかった分が両脇へ溢れて、そこで薄く張った。道の真ん中を氷の帯が一本通っている形になっている。
人は溝を跨いで歩く。跨ぐ体をしていない物はその上を踏んでくる。
「副長」
ライナが言った。ディルクは既に前へ出ている。
当たる音がした。刃の音ではない。
ディルクは正面に立っていない。半歩ぶん横へ踏み込んで、来た頭の脇へ肩から入っている。受け止める当て方ではない。頭と肩の軸を横へ倒す当て方だ。
大牙は真っ直ぐしか来られない。胸と首が太くて腰から後ろが細いので、来た先で向きを変える体をしていない。だから真っ直ぐ来る。真っ直ぐ来た物を、坂の下に立った男が斜めに逃がす。
逃がした先が壁だ。壁に当たった体が一度止まる。止まったところへディルクの剣が入る。
前脚の付け根に入って、そこで噛んだ。
抜けない。ディルクは抜こうとしない。抜こうとせずに柄へ体重を乗せて、動かなくなるまで待つ。
その間、次はすぐには来られない。前の体が道を埋めていて、追い越す幅が無い。
これだ、とオルトは思った。
この道で効いているのは殺す力ではない。軸を倒して一拍だけ止めることと、止まった体で道を埋めることの二つだ。
そのどちらかなら、剣でなくても作れるかもしれない。
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ここへ来たのは半刻ほど前になる。
市場通りの西の端を捨てると団長が決めて、ライナと二人で引き抜かれた。西の端の若い衆四人も、団長が下がらせた。
市場通りからこの道へ真っ直ぐ入れる道は無い。広場まで下りて、井戸の脇を回って、井戸側の口から入った。
この道の口は二つだ。もう一方は坂の上、宿の裏へ出る。あれが下りてくるのはそちらで、上から入れば、あれと同じ向きに歩くことになる。
ライナが先に入って、入ったところで一度止まった。
「聞いてる?」
「何を」
「あんたの火、ここで撃つ気」
オルトはそこで初めて壁に手を当てた。
両側の壁が近い。西の端は台を並べて商いをする通りで、筵を広げても人が通れる幅があった。ここには広げる物も、広げる場所も無い。
道の中ほどに体が一つ、壁へ寄せてある。まだ湯気が出ている。
その上でディルクが二つ目に剣を乗せていた。噛んだまま抜かずに、体重だけを預けている。
乗せたまま、こちらへ顔だけ向けた。
若い衆が二人、その後ろに縦に並んでいる。横に並べないから縦に並んでいるのであって、そう決めたわけではない。
二人とも二十歳前後だ。背の高い方が坂の上、ディルクのすぐ後ろにいる。低い方はその下だ。
上の一人は鍔の際を握っている。詰めて握れば手は速いが、そのぶん振る幅が出ない。下の一人は握りを何度も替えていて、替えるたびに柄のどこで持つかが変わる。当たる時に力が抜ける持ち方だ。
どちらも教わった形ではない。詰所の庭では打つ物が動かないから、柄のどこを握っても当たる。当たらない物の前に立って、初めてどこで持てば力が乗るかが分かる。
二人ともそれをまだ知らない。この二人に外を踏ませた者がいなかったということだ。
「二人か」
「二人だ」
ディルクは剣に体重を預けたまま、こちらを見た。
「お前の火で止まるか」
「止まらない。ここでは火を絞るしかない」
「なら、前には数えん」
ディルクはそれだけ言って、道の上へ顔を戻した。
前で振るのは四本だ。ディルクと若い衆二人の剣が三本、ライナの斧が一本。
止まらないと先に言ったのはオルトだ。言い直させる気は起きなかった。
オルトは壁から手を離して、道の幅をもう一度見た。
街道口は荷車を横に二台置ける。市場通りの西の端は台を出したまま人がすれ違える通りだ。
どちらも人を並べて塞ごうとして、どちらも塞げていない。人は横に並べても端が壁まで届かない。届かない分が空いて、空いた所から抜ける。
ここは端が空かない。一人立てばそこで幅が終わる。
団長がこの道へ三人しか置かなかったのは、三人で足りると踏んだからではないだろう。
団長が道ごとに見ていたのは、抜かれた時にいくつの戸が開けられるかだ。街道口を抜かれれば町がまるごと入る。市場通りには両側に戸が並んでいる。この道には戸が一つも無い。右は宿の裏の壁で、左は物置の板だ。
三つのうちでいちばん戸の少ない道だから、いちばん薄く人を置いた。日の落ちる前の勘定としては正しい。
その戸の並んだ市場通りを、団長は夜のうちに捨てた。捨てておいて、こちらへ二人足した。道の下に何があるかを勘定に入れ直したということだ。ここを抜かれた先は井戸で、井戸の向こうが広場になる。広場の南に何が入っているかは、この道にいる五人とも知っている。
いちばん薄く置いた道が、その先の一軒でいちばん硬い道になった。足せる人はもう無い。
「何匹入った」
「数えとらん」
ディルクは道の上を見たままだった。
「数える者がおらん」
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次が来る。
ディルクの剣はまだ噛んだままだ。ライナが横から入って、その首の下へ入れる。
入れて、そこから離れない。離れられない。一匹に手を出したらそいつが動かなくなるまで手が塞がる。
また来る。若い衆が二人とも出た。高い方が首へ、低い方が前脚の付け根へ入れて、一匹に二本が噛んだまま抜けない。
四人とも手が塞がった。
その次が来たらどうなるかを、オルトは考えなくてよかった。次はここまで来られない。
三匹ぶんの体が道を塞いでいて、そのどれも道の半分を空けていないからだ。
オルトは杖を持ったまま、いちばん下に立っている。
前の四人は三匹に手を塞がれていて、道の上を見ている者が一人もいない。何匹待っているのかも、列がどこで切れているのかも、この中の誰にも見えていない。
見えないまま押されるのと、あと何匹かを知って押されるのとでは腕の残り方が違う。
やることがある。当たっても止まらない火を撃つことではない。
オルトは大牙の頭より高い所へ杖を向けた。
「フォイグニス、イグニラ――ブレン・マール、エルドルスコット」
炎矢が宿の裏の壁を打ち、一拍だけ道の上を照らす。
火は壁に焦げた跡を付けて消えた。燃え移ってはいない。三度撃った時と同じだけ絞ってある。
その一拍で見えた分を数える。
「四」
声を出した。
「上に四だ。詰まってる」
ライナは返事をしない。
斧を引き抜こうとしていた手を止めて、大牙が動かなくなるまで柄へ体重を掛けて待つ。
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その後も、上が見えなくなるたびに同じ火を壁へ当てた。二度目に照らした時は四のままで、三度目で三になった。
減った一つは道の中へ入ってきている。上の数が減ったのではなく、下へ移っただけだ。
三度目に照らした後で、指先が重くなった。
学園ではこれに名前がついている。呼び水を多く送りすぎた時に最初に来る症状で、次が息の浅さ、その次が視界の端の色が抜けることだ。順番は決まっている。決まっているからどこまで行ったかを自分で言える。
唱え終えてから火が出るまでのためを数える癖も学園のものだった。三十から始めて十まで縮められれば上出来で、オルトは二年かかった。学園を出てからずいぶんになるが、一つ唱えるたびに頭の中で数が動く。八。八。九。
九になった。ためが一つ延びた。
道の中へ入ってきた一つに、ディルクが剣を入れた。入れた後で、頭だけがもう一度来る。
道の上で音が変わる。
噛んで抜けない剣を、ディルクが左手で引いている。右が使えていない。
「副長」
ライナが言った。声だけがこちらを向いている。
「肩をやられた」
「言うな」
こちらに向けた言葉ではない。後ろの二人に聞かせるな、だ。
副長が持っていかれたと分かれば、あの二人の目は道の上から外れる。外れた先にあるのがこの男の肩で、そちらを見ているあいだに次が来る。
オルトはもう一度火を出した。道の上ではなく、ディルクの脇の壁へ当てた。照らすための火だ。数を読むためではない。
ディルクの肩から下が黒い。血は流れているのではなく、上着に染みて動きに合わせて広がっている。それでもこの男は下がらない。下がる場所が無いのではなく、下がれば四人になるからだ。四人でも道は埋まるが、埋まるまでに一匹ぶんの間ができる。
右が使えない。剣を持つ手だ。団の帳面を付けているのも同じ手になる。
聞くまでもない。この夜のあいだ、この男が字を書くことはもう無い。
この道に治癒師はいない。
いたとしても血の多い所ではレーベンヴィタの加護が乗らない、と治癒師をしている双子の片割れは言う。なぜすぐに手を出さないのかを一度だけ訊いて、返ってきたのがそれだ。理屈の方は聞いても分からなかった。
分かったのは二つだけだ。血の気配が引くまでは待つ。待つには場所と時間が要る。今夜のこの町に、そのどちらも余っていない。
だから肩は朝の話になる。朝の話にできる傷なら上等だ。
次が来た。上から下りてきた一つだ。
ディルクが横へ踏み込む。踏み込みが浅い。右の使えない体は、当てる肩から先に力が乗らないので、足の方も同じだけ遅れる。
軸が倒れない。倒れなかった体は壁へ行かずに、そのままディルクの胸へ入ってくる。
オルトは道の上を見ていなかった。
真ん中を見ていた。溝だ。上から下まで一本で通っていて、来る物は残らずその上を踏んでくる。跨ぐ体をしていないからだ。
この道でだけ効く。街道口でも西の端でも、濡らしたところで横から回られて終わる。横の無い道はここしかない。
「フォイグニス、カロリス――ブレーザ・イース・ヘンドル」
融熱には形が無い。飛ぶ物も、光る物も出ない。
ためが明けると、溝の氷の表がひと皮ぶん溶ける。溶けた水はそのまま上に残る。
狙った面を温める。それだけの術だ。学園では一年目に習う。湿った薪を乾かし、竈の火を夜のあいだ落とさずに置き、凍った水差しの口を開けるのに使う。武器の表には一度も載らない。オルトも載せたことがない。
濡れた氷を前の蹄が踏んだ。
前が重い体だ。目方の大半は肩より前に乗っている。滑ったのは片方だけで、片方で足りた。流れた前脚の側へ胸が落ちる。顎が氷を打った。
それでも止まってはいない。速さが半分になっただけだ。
半分になった分で、ディルクの浅い踏み込みが間に合った。倒れた軸が壁へ行って、行った先で剣が入る。
剣にはならない、と思った。
剣が入る一拍を作っただけだ。
だが、さっきディルクが作っていたのもその一拍だ。この道で要るのは殺す力ではなく、そちらの方だった。
そして、さっきまでその一拍は誰にも作れなくなっていた。
溝一本を濡らすのに、壁を照らす一つぶんを三つ送った。
指先の重さの次が来ているのが自分で分かる。順番は決まっている。
――――――――――――――――――――
「副長。団長が――」
下から声が来た。オルトの後ろだ。
井戸の方から細い影が一つ入ってきて、入ってきた勢いのまま上がってこようとする。ニコだ。
「来るな」
ディルクの声は大きくない。大きくないのに道の下まで通った。
「上がったら出られん。ここは中からも出られん道だ」
ニコが止まった。止まった位置はオルトの二歩ほど後ろだ。そこから上は人と体で詰まっていて、隙間が一つも無い。
「団長に何と言えばいいですか」
「言うことは無い」
「何も聞けなかったじゃ、もう一度行けと言われます。ここはまだ通していないと伝えていいですか」
「そう伝えろ。これも持っていけ」
ディルクが左手を外套の内へ入れて、帳面を出した。
団の帳面だ。人員の割りも当番も、この町へ来てからの数も全部そこに入っている。それを道の下へ投げた。
オルトが受けた。表紙が湿っていて、血の匂いがする。
ディルクはもう道の上へ顔を戻している。
オルトはニコの手にそれを載せた。
「これだけですか」
「これだけだ」
ニコが行った。足音が井戸の方へ遠くなって、消えた。
オルトは空いた手を見ていた。
外へ出たのは帳面が一つだ。中にあるのは団の割りと当番で、今夜のこの道は一行も入っていない。入れる者はこの中にしかいない。
風が上から下りてくる。
この風は町の方へ向いたままで、向いた先を落ちきったところが井戸になる。だから匂いは上から来て、こちらの匂いは上がらない。あれは匂いでこちらを見つけていない。音と、目だ。
その二つしか使えない相手が、一列に並んで順番を待っている。
――――――――――――――――――――
いちばん下まで押された。
終わりの方で、背の低い方が溝に足を取られた。上で溶かした分が下まで流れて、そこで薄く張り直していた場所だ。
取られて膝をつく。つく前にライナが襟をつかんで後ろへ投げた。投げた分だけ列が下がる。
下がった先が井戸だ。
押されたのは、伏せた体のぶんだけ立つ場所が無くなったからでもある。
押されているあいだに、オルトはもう一度上を照らした。四度目だ。
上に四と言ってから、道の中に伏せたのは二つ。残りは二だった。
ライナが振った斧の刃が、囲いの石に当たった。
丸くて背の低い囲いだ。どこに当たっても同じ高さで鳴る。鳴った音が広場の方へ抜けていくのが分かった。
ここから先は広場で、広場の南にランドの店がある。あの店の二階に町の子どもと年寄りが入っている。日の落ちる前に入れた。
誰もそれを口に出さない。
あの音は店まで届いたはずだ。
届いて、中の者には鉄が石に当たった音としか分からない。誰が振った鉄かも、当たった相手が何かも分からない。分からないまま、止むか続くかだけを聞くことになる。
聞かせたい音ではなかった。
「オルト」
「あと二だ」
上を照らす火の五度目を出した。照らすのはこれで最後になる。指先ではなく息の方が浅くなっていて、音が少し遠い。順番でいえば次だが、次まで行くほどの数は、もう上に残っていない。
二匹のうち先に来た方は、上でディルクと背の高い方が挟んだ。挟んだ二人とも、そこから動けない。
最後の一匹が、ディルクではなくオルトの方へ真っ直ぐ来た。
真っ直ぐしか来られない体が、真っ直ぐの先にいる者を選んだだけだ。杖では受けられない。受ける気も無い。
オルトは下がらなかった。
下がれば横を通る。ディルクと背の高い方は前の一匹から離れられない。ライナは井戸の囲いの向こうだ。すぐには届かない。
下がった先が井戸で、井戸の向こうが広場になる。
溝はオルトの足下まで来ている。上から下まで一本で通っている道だ。
ここの氷は、さっき上で溶かした分が流れ下って張り直したぶんだ。薄い。
詠唱は出た。ためが半分しか来ない。濡れたのは溝の一跨ぎぶんだけだった。薄い氷にはそれで足りる。
それでも前の蹄がその上を通った。通った先で一歩ぶん遅れる。
その一歩ぶんでライナが先に着いた。
横から入って首の下へ入れて、そのまま体ごと物置の板へ押しつける。押しつけた先で動かなくなるまでこの女もそこから離れられない。
オルトの立っている所とその頭のあいだは腕を伸ばせば届く。届く所で見る大牙の目に入っているのは、腹が減っていることと、前に何かがあることの二つだけだ。
それが二つとも消えるまでに少し間があった。
ライナが息を吐いた。
「間に合わなかったらどうするつもりだったの」
「下がっても通すだけだ」
ライナは斧を引き抜いた。返事はしなかった。
――――――――――――――――――――
音が止んでからも誰も座らない。
五人とも道の中に立ったままだ。上を向いている。上から来る物がもう無いことは、来なくなってしばらくしないと分からない。しばらくたっても分からない。
若い衆の二人は腕と頬に掠り傷がある。低い方は腰から下が濡れている。膝で割った氷の下を、まだ水が流れていた。その氷を薄くしたのはオルトだ。ライナは傷が無い。オルトは息が浅い。ディルクの左手が剣を提げていて、右は下がったままだ。
ディルクは道の上から目を離さない。離せば離した所から来ると思っている顔だ。
オルトは数えた。
道の中に体が九つある。上から順に伏せていて、どれも道の半分より多くを塞いでいる。
着いた時に一つあった。ディルクが二つ目に乗っていた。そこから先で数えたのが七だ。一と一と七で九になる。
合っている。合っているのは道の中に入ってきた分だけだ。この道の前に何匹立っていたかは、この道の中からは見えない。
「副長」
オルトは外套の内から石板を出した。記録用に持ち歩いているものだ。今夜はまだ一度も出していない。
「帳面はもう無いからな。数だけ書いてやる」
ディルクは道の上を見たままだった。
「九だ」
「知っている」
書いた。九、と一つだけ。
「団長に出すんですか」
背の低い方が聞いた。溝で膝をついた男だ。
「聞かれれば見せる」
オルトは石板を外套の内へ戻した。
「じゃあ、何のために書いたんですか」
「お前たちがここで何匹止めたか、誰も書いていないからだ」




