第十四話
街道口の付与灯が一つ横へ倒れた。
薬屋から借りたものだ。杭に括って街道の方だけを向けてある。倒れた先が雪を照らして、照らされた雪の上に足が四つ乗っていた。
フェイは筵の陰から出た。
指笛が二度来ている。返したのは詰所寄りに立たせた一人だ。町の側はもう起きている。
息の音が先に来ている。
走る音はその下だ。揃っていない。揃わないまま同じ幅で寄ってくる。
付与灯の届く外は見えない。見えない方が広い。
「ガルド」
「いる」
右から返った。返しながらもう前へ出ている。
最初の一匹をガルドは待たなかった。
横へ避けない。真っ直ぐ来る大牙へ、こちらから半歩ぶん踏み込む。
狙いは首ではない。前脚の付け根、肘の少し上だ。そこへ切っ先を当てて、腕を突っ張ったまま腰を落とす。
あとは獣が自分でやった。走ってきた速さのぶんだけ、刃が胸の奥へ入っていく。
あばらの間を通っている。骨に当たらないので止まらない。
息の音が途中で切れた。鼻から泡の混じった血が出て、それが雪へ落ちる前に前脚の膝が折れる。
前ばかりが重い体は横へ倒れない。前のめりに落ちて、落ちた先で後ろ脚が二度、土を掻いた。それきり動かない。
ガルドは刃を抜いた。抜くのに力は要らない。噛んでいるものが何もない。
もうそちらを見ていない。次の一匹の方へ足が向いている。
こちらは二十年、人を相手にする稼業をやってきた。
人は斬られる前に下がる。下がるから間合いという言葉が要る。
この大牙に間合いは要らない。要るのは倒す向きの方だ。ガルドの手つきはそれを最初から知っている手つきだった。
十九人を分けて、日の落ちる前に配置させた。
街道口に八人。フェイとガルドとシア、それに若い衆が五人。市場通りの西の端に六人。ライナとオルトに若い衆が四人。宿の裏の細い道に三人。副長のディルクと若い衆が二人。残りの二人、バルトとニコは詰所だ。
団は十五人いる。十四人しか立たせていない。この前の街道口で腕をやられた一人は、まだ上がらない。詰所へ置いた。数には入れとらん。
朝にシアが数えたのは三十二だ。窪みの切れるところまでで、その先は数えていない。だから三十二より少ないことはない。
こちらは十九人。
どこから入ってくるかは分からない。分からないから、詰所の二人を残して三つへ割った。割れば、どの道にも八人か六人か三人しか立たない。
三十二がその通りに三つへ分かれて来る道理はない。半分が一つの道へ来れば、来られた道はそれで終わる。
立たせ終えた時にはそう分かっていた。分かっていて、ほかに立たせようがなかった。
人はこれ以上増えない。増えないのなら、どこかを空けて残りへ寄せるしかない。
夜のうちにどれか一つから人を引き上げて、残りの二つへ回すことになる。
引き上げた道は、そのまま通り道になる。通った先にあるのは、その道沿いの家の戸だけだ。
どこを引き上げるかは来てみるまで決められない。来る先が分からないからだ。
仮に先に決めても言えない。口から出れば団の者に伝わる。引くと決まった道には、その日からもう誰も本気で立たない。
だから今朝は指を三本立てて、それきり下ろした。下ろした分が今この口に乗っている。
若い衆が五人、荷車の内側に並んでいる。
並んでいるだけだ。一人が一匹の前に立てばその一人は次の一匹の前に立てない。
街道口の幅は荷車二台ぶんある。八人で塞げる幅ではない。
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フェイの前へ一匹入った。
跳んでこない。走ってくる。走る速さのまま真っ直ぐ来る。
半歩だけ横へ出た。牙が外套の前を掠めて、掠めた先へ剣を落とす。首のつけ根だ。
刃が骨に当たって止まった。
止まった時にはもう分かっていた。この前ここで若い衆が腕をやられたのは、副長の刃がこの止まり方をした後だ。
フェイは柄を両手で握り直して、捻りながら力任せに引いた。抜けた。
抜けたのは自分の腕が太いからで、それ以上の理由はない。腕の細い者なら抜けずに獣へ張り付いたままになる。張り付いた者は横から来る次の一匹を見ることもできない。
大牙は倒れない。首から血を出したまま、向きを変えられずに二歩行って、そこから頭だけこちらへ戻してくる。
二度目は上から落とさない。前脚の付け根の側へ入れる。
前へ倒れた。
一匹に二手。
ガルドは一手で倒している。
右で若い衆の一人が大牙に張り付いていた。刃が入ったまま抜けない。抜こうとして足を踏み替えている。踏み替えた分だけ横が空く。空いた横を別の一匹が抜けていく。
「追うな。抜けた分は追うな」
言いながら自分でその一人の襟を引いた。引き剥がすのにも人が要る。要った人の数だけ、また横が空く。
刃の入ったままの一匹は、ガルドが来て前へ倒した。
次の一匹が荷車の脇を回った。
回った先は町だ。
もう一匹が同じところを回る。回るのを目で追っているあいだに、その後ろがもう見えなくなっている。
頭の中で三十二から先を足そうとした。
足す数を持っていない。切れた先は誰も見ていない。
「団長。塞ぎきれません」
若い衆の一人が言った。
塞ぐも塞がないもない。ここに閉める物はない。
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「俺は西の端へ行く。ここは動かすな」
「街道口はどうします」
若い衆の一人が聞いた。
「ガルドに任せる」
言ってから自分で聞き返したくなった。八人で塞ぐ幅を一人に塞がせて、任せると言っている。
言い直さなかった。あの男なら塞ぐ。見ていれば分かる。
「シアは残れ。若いのを一人つける」
シアは頷いた。頷いてから荷車の輪の陰へ戻って、そこから動かない。あの女は前へ出るための体をしていない。していない代わりに何がどこへ抜けたかは全部見ている。
「抜けた向きだけ、後で言え」
「言う」
それだけで足りる。この女は聞いていないことを言わない。
フェイは走った。
後ろに足音はない。連れていける者が一人もいない。
町の中へ入ると風が減った。
風が減った分、雪が真っ直ぐ落ちてくる。粒は街道口にいた時より大きい。夜のうちに降りの強くなる降り方だ。
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市場通りの西の端は、日のあるうちに台を全部畳ませてある。
畳んだ台は通りの北側へ寄せて縄で括った。括ったのは高さを作るためで、片づけたからではない。
通りの奥が一度明るくなって、すぐ暗くなった。オルトの火だ。
明るくなった一瞬に、通りの真ん中に三匹見えた。
「フェイさん」
ライナが台の上から下りてきた。斧は手にある。持っていて息は上がっていない。
「何匹入った」
「六。二匹はオルトが焼いた。焼いても止まらないのよ、これ」
「止まらん。前へ倒せ」
「ガルドがやってるやつね」
「そうだ」
「あの人、街道口に一人?」
「シアと若いのがいる」
「聞いたのはそこじゃないんだけど」
ライナはそれだけ言って台の裏へ回った。回りながら斧の握りを変えている。文句を言う口と、動く手が別についている女だ。
若い衆は四人。三人が通りの真ん中にいて、一人だけ奥にいる。
奥の一人は戸を叩いて回っていた。一軒につき二度叩く。叩いて、中の名前を呼んで、返事を待たずに次の家へ行く。
「上がれ。開けるな」
声は大きくない。大きくないのに通る言い方をしている。
二度叩くのは寝ている者でも起きる叩き方で、三度叩かないのは次の家があるからだ。
男がこちらへ気づいて、叩く手を止めずに言った。
「端まで行って、戻ります」
「行け」
それだけで次の家へ行った。奥はまだ四軒ある。
通りの二階の窓が順に明るくなりはじめた。一つ明るくなるとその隣がすぐ明るくなる。
三軒目が八百屋のヨナスだ。市場通りで台をいちばん遅くまで出している男で、今日は日の高いうちに畳んでいた。
その二軒先の仕立て屋は、二階の方が先に明るくなっている。手首に針刺しを巻いたままの女だ。あの家は夜も上で手を動かしている。
倅は詰所へ入れてある。ヴァルドの上の子も一緒だ。
入れる時、二人とも一言も言わなかった。
嫌だと言う子どもは中にいる。言わない子どもは出る気があるから言わない。
詰所は牢ではない。内側から開く。
鉄を持たせるかは、入れる前に考えた。考えて、木のままにした。
あれは受けた次に必ず前へ出る。鉄なら出る先が一段深くなる。深くなった分は戻れない。
木で足りる夜ではない。それは分かっている。
分かっていて渡さなかった。渡せば、出ていいと言ったのと同じになる。
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「団長」
ニコが広場の方から走ってきた。息が上がっている。広場からここまでの距離ではない。
「宿の裏。入りました」
「何匹だ」
「数えてません。副長が――」
ニコはそこで一度息を継いだ。
「三人じゃ足りん、と」
ディルクは足りないと言う男ではない。帳面に書けることしか言わない男だ。
その男が足りないと言ったのなら、もう間に合っていない。
宿の裏の細い道は井戸へ落ちる。
井戸は広場だ。広場の南にランドの店がある。店の二階に子どもと年寄りが入っている。
あの店の裏口は行き止まりへ出る。突き当たりが井戸だ。
抜けられないから塞げる、と今朝言ったのは自分だ。
抜けられない道は中からも出られない。その突き当たりへ、今そいつらが下りている。
フェイは通りの真ん中を見た。
三匹。縄が一本切れて、畳んだ台が一つ通りへ落ちている。
ライナとオルトを引けばここは若い衆四人だ。
焼かれた二匹も止まっていない。入った六匹に、四人だ。
「ライナ」
「うん」
「オルトを連れて宿の裏へ行け。副長のところだ」
「ここは」
「引く」
ライナは一度だけこちらを見た。
さっきは同じことを二度聞いた女だ。ここでは何も聞かない。
引くとどうなるかを聞かずに分かる程度には、この稼業が長い。
「オルト。行くよ」
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「引くぞ」
若い衆が三人、顔を上げた。
「戸を開けるな、二階へ上がれ。それだけ言って下がれ。二度言うな」
「団長。中の人は」
「閂の内だ」
「戸だけで持ちますか」
「閂の掛からん家は昼のうちに直させた」
大工に戸枠を削らせて閂の落ちるようにしたのは二軒だけだ。残りは掛かることを昼に確かめてある。確かめただけだ。それが牙の前で持つかどうかは、まだ誰も見ていない。
三人は下がりはじめた。下がりながら一軒ずつ叩いて、叩いた家の前で立ち止まらない。
通りの奥から一人が戻ってきた。二度ずつ叩いていた男だ。
「団長。端の二軒、まだ叩いていません」
昼に大工を入れたのがその二軒だ。通りは西へ行ってそこで切れ、北の畑へ抜ける。中の者は上がれと言われていない。
「置いていけ」
「はい」
男は「はい」と言った。
言ってから通りの奥へ走った。下がる三人とは反対の方だ。
呼んでも戻らない。連れ帰るには自分が入るしかない。
入れば奥にいるのは男と自分の二人になる。二人とも出てこないこともある。
あの男だけなら一人で済む。
フェイは追わなかった。
奥で戸を叩く音が二度した。
次の二度は来なかった。
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広場まで下がった。
詰所の前にバルトが筵を出して、その上に街道口から運ばれた若い衆を寝かせている。脚だ。布を巻いた上からもう血が来ている。
「骨まで来てます」
バルトは手を止めずに言った。
「今夜のうちは動かさないでください。動かせば止まりません」
運んできた二人が肩で息をしている。二人とも街道口へ戻る顔をしていた。
「戻るな。広場にいろ」
「団長」
「一人運ぶのに二人要る。戻して二人減らすくらいなら最初から出さん」
二人を連れて広場の北の縁まで出た。市場通りを抜けた物は、広場へはここから入る。
広場の南は暗い。
ランドの店は灯りが漏れる造りだ。今夜は漏れていない。中で伏せている。日の落ちる前に入れたきり、こちらからは一度も行っていない。
行かないのが正しい。行けば場所を教えることになる。
井戸の方から音が来ていた。
鉄が石囲いに当たる音と、その合間の人の息だ。大牙は声を出さない。向こう側から返ってくる音は一つもない。
その音が続いているうちは、まだ誰かが立っている。
音が止んだのはそれからしばらくしてからだ。
止んでから、止んだのだと分かるまでに間があった。
止んだのだとして、止めた側が残っているとは限らん。確かめるには行くしかない。行けばその一人がここから減る。
出さん。
ニコが戻ってきた。今度は走っていない。
「副長は」
「細い道の下の端までは行きました。そこで来るなと言われました。まだ通していないと伝えろ、これも持っていけ、と」
副長がそう言ったのは音が止むより前のはずだ。
ニコが帳面を差し出した。副長のものだ。
受け取って外套の内へ入れた。開かない。開いても今夜は書ける中身を持っていない。
預けたのは、自分が持っていられんと思ったからだ。そこまでは分かる。その先は聞いていない。
ニコはそこで言葉を切って、市場通りの方を見た。
「西の端は」
「捨てた」
「詰所の子どもは」
こちらから聞いた。
「二人とも中です。さっき見ました」
さっき、が何刻前かは聞かなかった。聞いたところで今は行けない。
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真夜中を過ぎた頃から、街道口へ来る大牙が減った。そう言いに来た者が二度あった。
同じ頃、支部の前へギルドの組が出たと聞いた。五人の組が一つだそうだ。
呼んどらん。呼べる筋もない。北の依頼は板に出ていないので、出たところで金は付かん。
自分の泊まっとる通りへ入られたから出た。団が呼んだとは書かせん。
減ったのは片づけたからではない。町の中で散っただけだ。
どこへ散ったかは今夜のうちには出ない。北へ戻ったものがいるかどうかも、明るくなって雪を見るまで分からない。
戻ったところで上は埋まっている。食う物のない場所へ帰る獣はいない。
戻れない大牙は町のどこかにいる。今夜そこまでは追えない。
館からは何も来ていない。日が暮れてからだと言ったきりで、その日が暮れて明ける。
支部が上へ回した紙の返事は早くてあと六日だ。六日のうちに片がつく話ではない。
空が薄くなりはじめた頃に、街道口の方から人が下りてきた。
ガルドだ。外套の右半分が濡れて、濡れた分だけ重くなっている。血は自分のものではない。
「街道口は」
「立った所は抜かせていない」
「そっちの死人は」
「おらん」
ガルドはそれだけ言って、広場の北の縁の、家の壁のところに立った。座らない。今夜も座らない。
こちらは一人出した。あちらは出していない。数はそれで足りる。何匹片づいたかは聞かん。
「西の端を引かせた」
「聞いた」
「止めるか」
「終わった話を止められる者はおらん」
ガルドは壁から離れずにそう言った。責めても庇ってもいない。起きたことをそのまま言っただけの言い方だ。
庇われるより、こちらの方がいい。
シアが後から下りてきて、壁の手前で足を止めた。
「西の端の方へ回ったのが十四匹。宿の裏の方へ回ったのが九匹」
「残りは」
「南の路地へ入った」
「何匹だ」
「数えていない。数えられる場所を通っていない」
南の路地は突き当たりで一度折れる。折れるところに人が立っていれば数は出る。
今夜そこに立たせた者は一人もいない。
――――――――――――――――――――
明るくなってから市場通りの西の端へ入った。
畳んだ台は縄ごと通りへ落ちて、そのうちの三つは板が割れている。
戸口は五軒やられていた。やられているのは下の方で、牙の跡が下から上へ流れている。跳びかかった跡ではない。鼻を差し込んで押し上げ、掘ろうとした跡だ。
一つも開いていない。
西の端から二軒目の家の前で男を見つけた。
戸は閉まっていた。閂は内から掛かっている。
顔に雪が乗っていた。乗ったまま溶けていない。
二度で足りる叩き方を誰に教わったのかは聞いていない。聞くのはいつでもできると思っていた。
運ぶのに二人要った。
人が出てこない。
朝になれば開く戸が、この通りは五軒とも閉まったままだ。開けていいと誰も言いに行っていない。
言いに行く者を出さなければならない。出せる者は昨日より二人減っている。一人は死に、一人は脚をやられた。
ディルクが肩に布を巻いて来る。外套の内の帳面を渡すと、その場で開いた。右が上がらないので左で書く。字は歪む。数だけは読める。
「街道口。市場通りの西の端。宿の裏」
「西の端は書き方が違う」
「どう書きます」
「引かせた、と書け」
「誰がです」
「俺だ」
ディルクは書いた。書いてから、書いた行を一度だけ読み返す。
「数は」
「出せん」
「出せないと書きます」
「書け」
通りの奥で二階の窓が二つ開いた。
削ったばかりの戸枠が二軒ぶん、まわりの木より色が新しい。閂はどちらも内から掛かったままだ。




