プロローグ
落ちた実は地面に残っていない。
掘り返した土は固く、指を入れても虫が動かない。根は残っている。噛むと口の中が乾く。
毛の下まで寒さが入ってくる。水たまりに薄い膜が張り、踏むと割れる。割れた下に水はもうない。
斜面の上の方から、白いものが降りてきている。
枝を渡した寝床の脇に、細い体が一つ倒れている。動かない。誰も口をつけない。
先を削った木を持つ者が、その横を通り過ぎていく。
林を出て、尾根をひとつ越える。
幹の低いところに爪の跡がある。裂けた樹皮の縁が新しい。根元の土が濡れて、獣の匂いが濃い。
水の音のする方へ、その匂いは続いている。
そこへ入っていく。
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草の中で低い音が起きる。ひとつではない。歯を見せる顔が並ぶ。
止まらない。
いちばん近い一頭の首に手が届く。掴んで持ち上げ、幹へ叩きつける。骨の音がした。鳴き声が途中で切れる。
残りが下がる。腹を地面につけたまま後ろへ下がり、向きを変えながら杣道の方へ流れていく。
追わない。
手についた血を草へ擦りつける。
倒れている体には口をつけない。その横を通り、木の間から下の方を見る。
水は細い。石が乾いて白い。上の方に、まだ食えるものの気配がない。
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尾根の反対側に、同じ形の影がいる。
背の高さが同じ。腕の太さが同じ。近づく者がいないところも同じだ。
顔がこちらへ向く。こちらも向く。
どちらも動かない。距離は変わらない。近づきも離れもしない。
向こうが先に顔を戻す。こちらも戻す。
ほかの体は二つの影を避けて歩く。避けているという歩き方ではない。そこだけ通り道が空いている。
その空いた幅は、はじめからそうなっている。
風の向きが変わる。
南から来る。土。焼いた物。獣ではない汗。同じ場所に多く集まって、動かずにいる生き物の匂いだ。
鼻の奥がひらく。喉が鳴る。
顔を上げる者が増える。上げてからこちらを見る。
斜面を下りはじめる。
足の裏に落ち葉が滑る。滑っても速さが落ちない。
梢の間から光が落ちてきて、顔に当たる。
顔の中で、そこだけが濡れたように光を返す。
瞬きが一つ。光はまだそこにある。




