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第四話 冒険者



 ガルドのパーティが全員ヴァルド家に揃ったのは、アシュが五歳の年だった。


 珍しいことではないとミラが言っていたが全員が来ることは初めてだった。個別では年に何度かある。毎回、台所から漂う匂いの量が変わるので、アシュには前日から分かった。ミラが大鍋を出す。レインが落ち着かなくなる。ガルドが少し早く帰ってくる。いくつかのことが重なると、翌日に誰かが来る。


 今日はいつもよりわかりやすかった。


 アシュは窓の外を見ていた。秋の午後の光が石畳に斜めに差していた。台所からミラが何かを刻む音が聞こえた。玉ねぎと、何か肉の匂いがする。レインが廊下を何度も往復していた。特に用事があるわけではなく、ただそわそわしているだけだった。


 レインはこういう日が好きなのだと分かっていた。普段は家族の中でも静かな方で、アシュと散歩に出るときも話す量が多いわけではない。でも今日みたいな日は、廊下を歩く足音からして違う。


 アシュには、その違いが面白かった。レインは感情を言葉にするタイプではなかった。でも体には出る。足音が軽い。飯を食う速度が上がる。そういう細かいことが積み重なって、今日のレインが楽しみにしているということが分かった。


 アシュも、嫌いではなかった。こういう特別な日はミラの料理が増える。ガルドの表情が変わる。普段は見えない家族の別の面が見える日だった。


 玄関の音がした。


 レインが廊下を駆けていった。アシュは立ち上がって、ゆっくりついていった。



――――――――――――――――――――



 ライナが最初だった。


 赤茶の髪を後ろで縛った小柄な女で、扉を開けるなり「姉さん!」と声を上げた。何度来ても変わらない入り方だった。台所にいたミラが「あら来たの」と返す。これも毎回同じだった。


 ライナはそのままレインの頭を叩いた。レインが「痛い」と言いながら笑った。それもいつも通りだった。


 それからライナがアシュの方を向いた。


 一瞬、止まった。


 毎回そうだった。笑顔のままで、でも何かが固まる。アシュの青い目を見るたびに、ライナの体の奥で何かが引っかかるらしかった。すぐに「かわいいな!」と頭を撫でてくる。悪意はない。ただ、そのあと少しだけ距離ができる。それも毎回同じだった。


 アシュは自分の目の色を知っていた。この家の者はみんな金色の目をしている。レインも、ガルドも、ミラも。青い目はアシュだけだった。なぜそうなのかは分からなかった。ただ、ライナが毎回止まる理由がその色にあることは分かっていた。


 次に緑髪の長身の男が入ってきた。オルトだった。飄々とした歩き方はいつも通りだった。部屋を見渡してアシュに目が留まる。その視線もいつも通りだった。ただ今日は何も言わなかった。前回「異血の者か」と口に出して、ライナに低く咎められたのを覚えているのかもしれなかった。


 青髪のがっしりした男が続いて入ってきた。バルトだった。オルトと双子なのに体格が全然違う。バルトはアシュの前に来ると、いつものように片膝をついた。視線の高さを合わせて、ゆっくり笑った。何も言わなかった。それだけだった。


 最後にシアが入ってきた。音がしなかった。気づいたら部屋の中にいた。シアはいつもそうだった。部屋に入ってすぐアシュを見る。笑わない。ただ何かを確かめるような目で少しのあいだ見る。それから視線を外す。毎回同じだったが、何を確かめているのかは今もわからなかった。



――――――――――――――――――――



 夕食の席は賑やかだった。


 大きなテーブルに八人が座った。ミラが次々と料理を運んでくる。煮込んだ肉と根菜、パン、スープ。量が多かった。八人分の食事を一人で用意したとは思えない速さだった。ライナが「姉さんの飯は最高だ」と言って、レインが「そうだろ」と自慢げに頷いた。


 ミラは料理を運びながらも会話に入っていた。ライナの話に笑い、オルトの皮肉に軽く返し、バルトには何も言わずに多めによそった。全部を同時にやっていた。慌てていなかった。こういう日のミラは普段より少し楽しそうだとアシュは思った。


 ガルドが珍しく口数が増えていた。家の中のガルドは普段寡黙なのに、この四人がいると少し違う顔になった。普段は見せない顔だった。その顔も、アシュは頭の中に入れておいた。


 アシュはその様子を見ながら食べていた。


 レインはライナの隣に座っていた。普段の夕食では黙って食べることが多いのに、今日は話していた。ライナが何か言うたびに受けて返す。その速度が普段と違った。楽しんでいるのは分かった。ただ、それ以上の何かがあるような気もした。アシュはそれを観察したが、まだ言葉にならなかった。


 アシュの隣に座っているのはオルトでその隣にはバルトが座っていた。

オルトは飄々としていて口が達者で、バルトはほとんど喋らなかった。ライナとオルトが言い合いになりかけたとき、バルトが一言だけ何かを言った。オルトがそれで黙った。何を言ったのかは聞こえなかったが、効果があった。


 シアは食事中もほとんどしゃべらなかった。ただ、たまにアシュの方を見た。アシュが気づくたびに、シアは視線を外した。逃げているのではなく、気づかれたから止めた、という感じだった。


 食事が一段落したころ、アシュはオルトに聞いた。


「冒険者って、何をする人なの」


 テーブルの端でオルトが杯を置いた。ライナが「説明上手いから任せた」と言った。オルトが少し嫌そうな顔をしたが、まあいいかという感じで口を開いた。


「依頼を受けてこなす。それだけだ」


「依頼って」


「魔物を倒してくれとか、荷物を安全に運んでくれとか、危ない場所を調べてきてくれとか。それをギルドが取りまとめて、冒険者に割り振る」


「ギルドって」


「冒険者の組合みたいなもんだ。登録するとカードをもらえる。ランクが刻まれてる。依頼の難しさによってランクが決まってて、自分のランクより上の依頼は受けられない」


 アシュは聞きながら頭の中で整理した。


「ランクはいくつあるの」


「下からE・D・C・B・A・Sの六段階だ。Eが一番下で新人。Sは……まあほとんどいない。大陸に数人いるかどうかだ」


「父さんは」


「Aランク」オルトが言った。「大陸全体で見ても上の方だ」


 アシュはガルドを見た。ガルドは杯を持ったまま特に何も言わなかった。照れているのか、それとも当然だと思っているのか、表情からは読めなかった。ライナが「ガルドさんなしじゃパーティ成り立たない」と言った。レインが「当然だろ」と言った。


「魔物って、強いの」


「ピンキリだ」ライナが割り込んだ。「弱いのは一人でも倒せる。強いのは……まあ、パーティで束になってかかる」


「束になってもやばいのはやばい」レインが付け足した。


「やばいやつはAランクが相手にする」オルトが続けた。「だから俺たちがいる」


 バルトが静かに頷いた。それだけだった。


「怪我するの」


 アシュが聞くと、テーブルが少し静かになった。


「する」ガルドが言った。短く、それだけ言った。


 アシュはガルドの脚を見た。怪我の夜の包帯はもうなかった。でも、あの夜明けの素振りの横顔を思い出した。誰にも見せるつもりのない顔で空を見ていた、あの横顔を。


 何も言わなかった。


「でも帰ってくる」ライナが明るく言った。「帰ってくるから冒険者なんだ」


 その言葉がどこから来ているのかを、アシュは少し考えた。習慣で言っているのではなかった。どこかで自分に言い聞かせてきた言葉のような響きがあった。ライナがガルドのパーティにいる理由の一端が、その一言に滲んでいるような気がした。


 シアが一度だけアシュを見た。何も言わなかった。



――――――――――――――――――――



 食後、大人たちが杯を傾けながら話しているあいだ、アシュはオルトの隣に座っていた。


 オルトが先に口を開いた。


「異血の者は変わった力を持つ者が多い。さっきそう言ったな」


「うん」


「アニマが何か、知ってるか」


「しらない」


 オルトは少し考えてから話し始めた。


 この世界のあらゆるものに宿る力のこと。人間も動物も植物も大地も、生きているものなら多かれ少なかれ持っている。魔法はそのアニマを使うか、自然に存在するアニマを借りることで発動する。アニマには量だけでなく密度がある。異血の者には通常とは違う力の使い方ができる者がいる。理由は分からない。


 アシュは全部聞いた。五歳の子供が黙って最後まで聞いていたことが、オルトには少し意外だったらしい。話し終えてからもう一度こちらを見た。


「分かったか」


「だいたい」


 オルトはまた少し笑った。今度は少し長かった。


「魔法を使えるようになるには」


「アニマを鍛えることと、精霊の加護を得ること。それと……まあ、師匠を探すことだな」


「師匠」


「独学でやれないこともないが、遠回りだ」オルトが杯を傾けた。「ちゃんとした師匠につくのが一番早い」


 アシュは少し考えた。


「この町にいる?」


 オルトが少し間を置いた。


「まあ……いることはいる」オルトが何かを思い出すような顔をした。「街外れに変な爺さんが住んでる。古い塔に一人でこもってる。何年もあそこにいるらしい。魔法に詳しいらしいが、変わり者だから弟子を取るかどうかは分からん。というか、取る気があるのかどうかも分からん」


「会える?」


「会いに行くのは勝手だ」オルトが肩をすくめた。「ただ、追い返されても知らんぞ。まあ、追い返されたらそれはそれで収穫だ」


 アシュは何も言わなかった。少し考えた。


 頭の中で、路地の奥に見えた古い塔の輪郭と、オルトの言葉が静かに重なった。煙突から薄い煙が出ていた塔。空気の密度が違う感じがした場所。アニマという言葉を知ったばかりだったから、あの感覚の名前もようやく分かった気がした。


 あそこに行けばいい。


 アシュはそう思いながら、テーブルの向こうで笑っているガルドを見た。怪我をした脚でも夜明けに剣を振る父親。帰ってくるから冒険者だと言ったライナ。無言で膝をついて視線を合わせたバルト。


 この世界には、まだ知らないことがたくさんある。


 それだけは、はっきりと分かった。




――――――――――――――――――――



 夜になって四人が帰っていった。


 ライナが「また来ます!」と玄関で声を上げた。ミラが「いつでもおいで」と返した。バルトが無言で頭を下げた。オルトが出がけにもう一度アシュを見て、何か言いかけてやめた。シアは音もなく出ていった。


 玄関の扉が閉まった。


 家が静かになった。


 レインが「今日は豪華だったな」と言いながら自分の部屋に戻っていった。ガルドが台所でミラと何か話していた。声は聞こえたが内容は聞き取れなかった。


 アシュは自分の部屋に戻って、布団に入った。


 天井を見ながら今日のことを順番に整理した。


 ライナが青い目を見て止まった理由はまだ分からない。文化的なものだとは思う。でも詳しいことは知らない。オルトは観察眼が鋭い。こちらを測るような目をしていたが、悪意はなかった。バルトは言葉がない分、行動で全部出るタイプだと分かった。シアは何かに気づいていた。何に気づいていたのかは分からなかった。


 冒険者というのは、依頼を受けてこなす仕事だ。ギルドがあって、ランクがあって、魔物がいる。怪我をする。でも帰ってくる。


 アニマというものがある。この世界のあらゆるものに宿る力。魔法はそれを使って発動する。


 街外れの古い塔に、変な爺さんが住んでいる。魔法に詳しい。


 アシュは目を閉じた。


 布団の中で、今日知ったことと今日見たものを頭の中に並べた。まだ分からないことが多かった。でも、分からないことが何かは分かった。それで十分だった。


 次は塔に行こう。


 そう決めて、眠った。


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