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第三話 初めての友人

 五歳になった頃には、広場に行けばたいていガイがいた。


 いつも同じ場所に立っていた。広場の端、井戸の影が伸びる石畳の上。他の子供たちが走り回っているのに、その子だけは動かなかった。棒を持っていることもあれば、素手のこともあった。構えていることもあれば、ただ立っているだけのこともあった。


 アシュには、その「ただ立っている」が気になった。


 何もしていないように見えて、何かをしている。目が動いている。広場を走り回る子供たちを追いかけているのではなく、何かを観察している目だった。何を見ているのかは分からなかった。ただ、同じことをしている人間を、アシュは他に知らなかった。


 最初は遠くから見ていた。


 広場に来るたびに、自然と視線がガイのいる方向へ向いた。気づいたら見ていた、という感じで、意識してそうしていたわけではなかった。ガイは棒を振ることもあったが、その動きは他の子供たちとは違った。闇雲に振り回しているのではなく、何かを確かめるように、少しずつ動きを変えながら振っていた。


 一振りして、止まる。また一振りして、止まる。


 何を確かめているのか、アシュには分からなかった。ただ、見てしまった。



――――――――――――――――――――



 ある日、広場が騒がしくなった。


 アシュが石畳の端に座って通りの人の流れを数えていると、広場の奥から声が上がった。怒鳴り声ではなかった。どちらかというと、笑いを含んだ声だった。何人かの子供が集まっているのが見えた。


 ガイの周りだった。


 アシュは立ち上がって近づいた。人垣の外から見ると、ガイより頭ひとつ大きい男の子が三人、ガイの前に立っていた。七歳か八歳くらいだろうと思った。三人ともガイを見下ろすような角度で立っていた。


「なんだよ、棒振りか。弱そうだな」


 一人が言った。ガイは何も答えなかった。棒を持ったまま、三人を順番に見ていた。


「無視かよ」


 別の一人がガイの肩を押した。


 ガイが動いた。


 押された方向に体を流しながら、同時に棒を横に薙いだ。押してきた子の足が払われて、その子が石畳に膝をついた。一瞬の出来事だった。アシュには動きの軌跡が見えたが、周りで見ていた子供たちには何が起きたか分からない様子だった。


「っ、このっ」


 残りの二人が同時にかかった。


 ガイは後退しながら一人の腕を捌き、棒で間合いをとった。二対一で押されていたが、顔に焦りはなかった。ただ動きが少し遅れた。一人の拳がガイの頬をかすり、ガイがわずかによろけた。


 アシュは気づいたら歩き出していた。


 人垣を抜けて、三人とガイの間に入った。特に何か考えていたわけではなかった。ただ、そこに入った。


「なんだお前」


 一人がアシュを見た。アシュより頭ひとつ大きかった。


「やめた方がいい」


 アシュは言った。


「なんでだよ」


「三対一だから」


 男の子が鼻で笑った。


「関係ないだろ、どけよ」


 男の子の拳が来た。


 アシュには軌跡が見えた。肩の動き、体重の乗り方、拳の向き。全部が一つの線として見えた。一歩横にずれた。拳が空を切った。


 男の子が驚いた顔をした。


 後ろからガイの声がした。


「危ないだろ」


 振り返ると、ガイがアシュのすぐ後ろに立っていた。棒を構えたままだった。頬が少し赤くなっていた。


「当たらなかった」


 アシュが言うと、ガイが短く息を吐いた。


 三人は顔を見合わせた。アシュに拳を躱されたことと、ガイがまだ棒を構えていることを交互に見て、それから何も言わずに広場の出口の方へ歩いていった。言い訳をするでも捨て台詞を吐くでもなく、ただ去った。


 広場が静かになった。


 ガイがアシュの隣に来て座った。膝の泥を払った。頬を触った。


「お前、なんで入ってきた」


「三対一だったから」


「だから、なんで」


 アシュは少し考えた。うまく言葉にならなかった。理由があったわけではなかった。気づいたら入っていた。


「……分からない」


 ガイは少しの間アシュを見た。それから前を向いた。


「あいつらの動き、読めたのか」


「なんとなく」


「なんとなくで躱せるのか」


「見えた」


 ガイはまた少しの間黙った。


「変なやつだな」


 悪口ではなかった。ただそう思ったから言った、という感じだった。アシュも特に反論しなかった。


 二人はしばらく並んで座っていた。


「ありがとう」


 しばらくしてガイが言った。小さい声だった。


 アシュは何も言わなかった。言う必要がないと思った。


 夕方の光が広場に斜めに差し込んでいた。井戸の影が長くなっていた。走り回っていた子供たちがそれぞれ家の方向へ散っていくのを、二人は並んで見ていた。



――――――――――――――――――――



 それから、ガイはアシュに話しかけるようになった。


 以前は並んで座って、どちらかが何か言えばもう片方が短く返す程度だった。それが、ガイの方から先に話しかけてくることが増えた。


「今日、剣の動きで分からないとこがあった」


「どんな動き」


「こう、踏み込んで、返す動き。なんか体がずれる」


「重心が後ろに残ってる」


 ガイが止まった。


「なんで分かるんだ」


「見てたから」


「いつ」


「ずっと」


 ガイはしばらくアシュを見た。それから「気持ち悪いな」と言った。悪口ではなかった。今度もただそう思ったから言った、という感じだった。


「すみません」


「謝るな」


 それからガイは踏み込みの動きを何度かやってみた。アシュがどこがずれているかを言った。ガイが試した。また言った。また試した。


 ガイの動きが少しずつ変わっていった。


 何度目かに踏み込んだとき、ガイが止まった。そのまま動かずに何かを確かめるような顔をした。


「これか」


「そう」


 ガイは何も言わなかった。また踏み込んだ。今度はずれなかった。


 アシュはその動きを見ていた。何がどう変わったかを頭の中で追いかけていた。体の軸、重心の移動、踏み込む足の角度。全部が少し違っていた。


 ガイが棒を下ろして座った。


「お前、剣やらないのか」


「やってない」


「やればいいんじゃないか」


 アシュは少し考えた。


「動きを見る方が好き」


 ガイはまた「変なやつだな」と言った。


 アシュも「そうかもしれない」と言った。


 夕方になって、それぞれの家の方向へ歩いた。途中まで同じ方向だった。特に話さなかった。広場の角で別れた。


 振り返らなかった。振り返る必要がなかった。


 この世界ではじめての友人ができた、とアシュは思った。



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