プロローグ
街道の先に、町の壁が見えてきた。
男は御者台で手綱をわずかに引き、馬の歩みを緩めさせる。
急ぐ旅ではない。
急がないことが、この商いの半分だ。
荷台には木箱が積んである。
中身は針と糸、塩の塊、それから子ども向けの飴。
どれも高い品ではない。
高価な贈り物は相手の胸に警戒と負い目を残す。
断るほどではなく、忘れるには少し嬉しい。
手土産はその高さに揃える。
長い年月をかけて覚えた型だった。
胸元には書状が一通。
侯爵家の封がついた紹介状だ。
これで領主の館には入れる。
入るのは簡単で、難しいのはその先にある。
町の人間に好かれること。
商いの本体はいつもそちらだ。
奪う者は憎まれる。
売る者は値切られる。
与える者だけが、招かれる。
だから男は、最初の季節に何も売らない。
まず与える。
笑い、名を名乗り、相手の名を覚える。
嘘は一つもつかない。
嘘は帳簿に穴を開ける。
誠実だけが、利子をつけて返ってくる元手だ。
この町には先に来た者たちがいたと聞いている。
縄と数で語るやり方だ。
しくじったらしい。
当然だと思う。
人は奪われれば固く閉じる。
与えられれば自分から開く。
閉じた町の錠前を外しに行くのが、自分の役目だった。
依頼の文面を、男は胸の内でなぞる。
求める色は、青。
金額の欄に、数字は書かれていなかった。
珍しい色ならこれまでいくつも帳面に書き留めてきた。
だが青だけは、どの帳面のどの頁にもない。
本当にあるのかどうかさえ、書面の上では確かめられていない色だ。
だから自分が来た。
買うためではない。
それがどこにあるのかを、正確に書き留めるために。
門の前で荷を検められた。
男は御者台を降り、外套の埃を払って、番の男に深く頭を下げる。
「都から参りました。人と家の縁を結ぶ、仲立ちの商いをしております。しばらく世話になります」
検めの礼だと言って、塩をひと塊、詰所の卓に置いた。
番の男の顔がわずかにほどける。
名乗りは求められなかった。
求められれば、いつもの偽りのない名を渡すだけだ。
誰の値段も口にしないまま、荷馬車は壁の内側へ進んだ。
門が開くとき、客人はまず笑う。
男はその型のとおりに、笑った。




