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第十一話 琥珀と青


 広場に出ると、ガイがいた。


 いつもの場所で棒を振っている。

 アシュが来たことに気づいて、手を止めた。

 構えを解いて、棒を肩に担ぐ。

 それだけで終わりにするつもりらしい。

 アシュは広場の端に座った。

 ガイはそれを見て、また棒を振り始める。


 アシュはガイの動きを見ていた。


 相変わらず切り替えが速い。

 踏み込みが浅い代わりに、方向を変える速さがある。

 右に出て、すぐ左に切り返す。

 それが体に染み付いている動き方だ。

 考えてからやっているのではなく、体が先に動いている。

 ガルドとレインの稽古を見たときも思ったが、剣術というのは人によってこんなに違う。

 同じことをしているのに、全然違う動きになる。


 しばらくして、ガイが止まった。

 息を整えながら、アシュの隣に来て座る。


「最近どこ行ってたんだ」


「家にいた」


「そうか。全然来なかったから」


「妹が産まれた」


 ガイが少し目を丸くした。


「そうなのか」


「うん」


「いつ」


「少し前」


 ガイが棒を地面に置いた。

 少し考えるような顔をする。

 それから「おめでとう」と言った。

 言ってから、自分で少し照れたような顔をした。

 言い慣れていない言葉なのかもしれない。


「ありがとう」


「男か女か」


「女。リアって名前」


「リア」ガイが繰り返した。「いい名前だな」


「ミラが決めた」


「そうか」


「ガイのときは誰が決めたの」


「親父だと思う。聞いたことなかった」


 ガイが少し考える。


「ガイって、意味があるのかな」


「知らないの」


「知らない。聞いてみようかな」


 アシュはそれを聞きながら、ガイが父親のことを話すときの声の調子を確認していた。

 特別な感情が乗っているわけではない。

 普通の話題として話している。

 それがガイとフェイ・クラインの距離感なのかもしれなかった。


 風が広場を通り抜けた。

 遠くで荷馬車の音がしている。


「リアの目は何色だ」ガイが聞いた。


「金色」


「お前と違うな」


「ガルドと同じ」


 アシュは少し間を置いた。


「目の色って、家族でも違うことあるんだな」


「俺も親父も琥珀(こはく)だ」ガイが言う。「だから余計そう思う」


「フェイさんも琥珀なの」


「そうだ。全く同じ色。よく言われる」


 ガイが自分の目の辺りを軽く指で触れた。

 確認するような仕草だ。


「俺の目、変な色だと思うか」


「変ではない」アシュは言った。「珍しいとは思う」


「お前の目の方が珍しいだろ」


「そうかもしれない」


 アシュはすぐには答えなかった。

 青い目は、この町では「異血の者」と呼ばれる。

 ガイはそれを知っているはずだ。

 でもガイは今、変な色かどうかを聞いた。

 悪意のある聞き方ではない。

 ただ、自分の目について気になっている。

 それだけの話だった。


「琥珀って、他にいるの。この辺で」ガイが言った。


「分からない。あまり見たことない」


「だよな。俺もほとんど見たことない。親父と俺だけって感じ」


「親子で同じ目の色なんだ」


「そう。不思議だよな。親父は背も高くて体もでかいのに、目の色だけ同じで」


 ガイが笑う。

 不満ではなく、少し面白がっているような笑い方だった。


「俺、親父に似てるのかな」


「動き方は似てないと思う」アシュは言った。「ガイは小さく動く。フェイさんは大きく動くって、前に言ってたから」


「そうそう。だから似てない。でも目だけ同じなんだよな」


 アシュは目の色と何かの関係について考えている。

 ゼドルに「これまで見たことがない目だ」と言われた。

 でもそれ以上は教えてもらえなかった。

 フェイとガイが同じ琥珀目で、二人とも体の動かし方が優れている。

 それが何かと関係しているのかどうか、アシュには分からなかった。

 今は分からないことにしておく。


「お前の目は」ガイが言った。「異血の者って呼ばれてるやつだよな」


「そう呼ばれてる」


「気になるか」


「何が」


「そう呼ばれること」


 アシュは少し考えた。

 気になるかどうか。

 正確に言えば、気になるというより、理由が知りたい、という方が近い。

 なぜそう呼ばれるのか。

 青い目が何を意味するのか。

 ゼドルは「これまで見たことがない目だ」と言った。

 でもそれ以上は教えてもらえなかった。


「理由が知りたい」


「呼ばれることが嫌じゃないのか」


「嫌ではない」


「そうか」


 ガイが少し意外そうな顔をする。

 それから「そういうやつだよな、お前は」と言った。

 何がそういうやつなのか、アシュには正確には分からない。

 でも悪い意味ではなさそうだった。


「ガイは気になる?自分の目」


「まあ、少しな」ガイが言う。「なんで親父と同じ色なのかって。体は全然似てないのに」


「聞いてみれば」


「聞けるか、親父に」


「聞けないの」


「……聞けなくはないけど、そういう話しないからな」


 ガイが棒を手に取った。

 手の中で少し回す。

 考えているときの癖のようだ。

 それからアシュを見た。


「お前は自分の目のこと、誰かに聞いたことあるか」


「少しだけ」


「誰に」


「ゼドルさんに」


 ガイが少し目を細めた。


「塔の爺さんか。何か教えてもらったか」


「少しだけ」


「何を」


「変わった力を持つ者が多い目だって。それだけ」


 厳密に言えば、それはオルトから聞いた話だ。

 ゼドルに言われたのは別のこと――「これまで見たことがない目だ」。

 でもそこまでガイに話す必要はない。

 出どころを分けて話す必要も。

 まだ自分の中で整理できていなかった。


「そうか」ガイが言う。「まあ、目の色なんて生まれつきだからな。どうしようもない」


「そうだな」


「でも気になるのは気になる」


 ガイが立ち上がった。

 また棒を構える。

 話が終わった、という動きだ。

 アシュはそれを見ながら、ガイが話を切り上げるタイミングが上手いと思った。

 引っ張らない。

 ちょうどいいところで次に移る。

 それがガイだった。


 アシュも立ち上がる。


「また来るよ」


「おう」


 ガイが棒を振り始めた。

 アシュは広場の端を歩いて、路地の方へ向かった。


――――――――――――――――――――


 路地を歩きながら、さっきの話を頭の中で整理した。


 フェイとガイが同じ琥珀目。

 親子で同じ。

 体の動かし方は似ていないが、目だけ同じ。

 琥珀目の二人はどちらも体の使い方が優れている。

 ガイは同い年の中でも抜けて速い。

 フェイは、ガルドが「本物だ」と言う人間だ。

 目の色と体の使い方に何か関係があるのか、ないのか。

 アシュには判断できなかった。


 自分の青い目については、ゼドルが「これまで見たことがない」と言った。

 意味はまだ分からない。


 リアは金色だった。

 ガルドと同じ。


 同じ家族でも全員違う。

 ガルドが金色で、レインが金色で、リアが金色。

 アシュだけが青い。

 なぜ自分だけ違うのか。

 それも、まだ答えが出ていない問いの一つだった。


 気づくと塔の路地に入っていた。


 足が自然にそちらに向いたのだ。

 行くつもりではなかったが、気づいたらそうなっていた。

 煙突から煙が上がっている。


 アシュは少し止まった。

 それから扉に向かって歩く。

 行くつもりでなくても、来てしまった。

 それはそれで構わない。

 問いがあるなら、来る理由がある。


 扉を叩いた。


「入れ」


 アシュは扉を開ける。


 ゼドルはかまどの前にいた。

 今日は何か書き物をしている。

 石板に何かを刻んでいた。

 アシュが入ってきたのを見て、手を止める。


「また来たか」


「来るつもりじゃなかったです」


「ほう」


「足が向いた」


 ゼドルが少し目を細めた。

 それから「座れ」と言う。

 アシュは椅子に座った。

 ゼドルは石板を脇に置いて、向かいに座る。


「聞きたいことがあるか」


「印の意味を知りたい。どの精霊の印かが分かるようになりたい」


「急ぐことはない」


「急いでいるわけじゃないです。でも見えているのに意味が分からないのは気持ち悪い」


 ゼドルがしばらくアシュを見ていた。

 それから棚の石板を一枚取り出す。

 前回アシュが見たものだった。

 地盤を固める術式の石板だ。


「前回、これにエルデラの印が刻まれていると言った」


「はい」


「精霊には種類がある。大きく六つに分かれている」


「六つ」


「炎、水、嵐、土、命、死だ」


 アシュは頭の中に並べた。

 六つ。

 それぞれに精霊がいる。

 エルデラは土の精霊だ。


「それぞれに名前がありますか」


「ある。炎はフォイグニス。水はヴァッサークア。嵐はテンペシュトゥルム。土はエルデラ。命はレーベンヴィタ。死はエンデリスだ」


 アシュは一つずつ聞きながら記憶に入れた。

 六つの名前。

 覚えるだけなら難しくない。

 でも印の形と結びつけるには、実際に見ないと分からない。


「それぞれに印の形がありますか」


「ある。今日は全部は無理だ。一つ見ろ」


 ゼドルが石板を卓に置いた。

 アシュは石板を見る。

 光っていた。

 収束型の流れ。

 その中に刻まれた形。

 前回確認したのと同じ印だった。


「これがエルデラの印です」


「そうだ。形を覚えろ。次に来たとき、別の印を見せる」


 一つずつ、ということだった。

 急かしても意味がない。

 ゼドルのペースがある。

 アシュはそれを分かっていた。


 石板の印を目に焼き付けた。

 線の組み合わせ。

 どこから始まってどこで終わるか。

 角の数。

 交差しているかどうか。

 全部見た。


「覚えたか」


「はい」


「では帰れ」


 アシュは少し止まる。

 今日はこれだけだった。

 一つの印の形だけ。

 でもゼドルはそれだけと決めている。

 それ以上引き留めても得るものはない。


 立ち上がった。


「ありがとうございました」


「ああ」


 扉をくぐる前に来訪者術式を見た。

 かすかに光っている。

 印がある。

 まだ何の精霊かは分からない。

 今日覚えたエルデラの印とは形が違う。

 ということは、別の精霊の印だ。

 次に印を覚えるたびに、見えるものが増えていく。


 アシュは路地に出た。


――――――――――――――――――――


 空が少し橙色(だいだいいろ)になっていた。

 夕方だ。


 歩きながら、今日のことを整理した。


 精霊は六種類。

 炎・水・嵐・土・命・死。

 それぞれに名前と印がある。

 今日はエルデラの印を一つ覚えた。

 次に来たとき、別の印を見せてもらえる。

 一つずつ増えていく。


 ガイとフェイが同じ琥珀目だという話も、まだ頭に残っていた。

 目の色と、何かの関係。

 アニマの話、精霊の話、印の話。

 全部がどこかでつながっている気がする。

 でもまだ線になっていない。


 いつかつながると思った。

 急がなくていい。

 問いがあれば、来る理由がある。

 それだけでよかった。



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