プロローグ
氷の粒が指の腹で潰れた。
作っては潰す。潰しては作る。声を出さずにできることの中で、いちばん手間がかからない。
部屋は暗い。窓を板で塞いであって、板と板の隙間から入った光が卓の端まで届いている。その端に紙が一枚ある。
紙は人が運んでこない。決まった日に、決まった場所へ置かれている。取りに行って、読んで、返す。置いた者の顔を見たことは一度もない。
書いてあるのは短い。品と、値と、期限の欄だけだ。
戸が開いた。音はしない。
二人のうちの若い方が入ってきて、窓の板の隙間に目を当てた。そのまま言った。
「詰所に灯り四つ。表に団の者が二人。交代は日が落ちてから」
「町は」
「変わっていません。壁も、門の刻も」
若い方は卓の紙を見た。見るだけで読まない。
「同じところからの依頼ですか」
「同じだ」
二度目になる。
一度目は自分たちで取りに行って、取り落とした。そのあと移送の途中で持っていかれた。夜に町を出て、送り先には着いていない。
持っていった相手が、いま同じ紙を置いている。拾われた側に断る道は無い。
「何人で行きますか」
「二人だ。そう決まった」
前は夜が明ける前から、あの子の父親と傭兵団に追われた。今度は四人のうち残りの二人が、団と父親を町の外へ出す。出ている日に入れば、追ってくる大人はいない。
「足りますか」
「子どもが一人だ。足りる。前は魔法が使えると知らなかったから油断しただけだ。今度はずっと眠らせる」
若い方は頷いて、また窓の板の隙間へ目を戻した。
雪が解けるまでは動かない。
期限の欄は空いたままだ。二年、誰も取りに行かなかった。
指の腹でまた粒を作った。
今度は潰さずに、溶けるまで置いておいた。




